44.接触⑤
エリックが案内された部屋の前には衛兵が二人立っていた。そこは数時間前、第二王子に連れてこられた王太子殿下の執務室だった。
コンコンコン
「連れてまいりました」
「入れ」
ガチャ、
開かれた扉の先には執務机に向かう王太子殿下が、その両脇を挟むようにカミーユとグランヴィル殿下が立っていた。
エリックは慌てて頭を下げる。
「ご苦労。人払いをしてくれ」
王太子殿下の言葉に男は扉を閉めると、衛兵を連れて執務室から離れて行ったようだ。
(靴音が遠くなっていく・・・)
「久しぶりだな、エリック。元気にしてたか?」
王太子殿下の問い掛けに頭を下げたまま、廊下に向いていた意識を正面に戻した。
「王太子殿下におかれましては」
「堅苦しいのはやめだ」
「・・・ですが―――」
「頭を上げろ。時間が惜しい」
その冷ややかな声色に、エリックは私情を内に仕舞い顔を上げた。
「アーサー・ブランソンとは家族ぐるみで仲が良いようだな」
途端、投げかけられたその問いにエリックは冷静になれた。
「はい」
アーサーの名を出され、先刻の第二王子との面談を思い出した。
(全てお見通し、か・・・)
抗う事の出来ない勅令なのだと自分に言い聞かせ、全ての質問に肯定する心構えをしていた。が、
「彼は視線がいやらしい」
「は・・い・・・」
予想外の返しに、エリックはうっかり気の抜けた返事をしてしまった。両脇のカミーユとグランヴィル殿下は呆れて溜息をつく。
「まぁ、話はそれだけではないが――――」
王太子殿下は第二王子をチラリと見上げた。彼はその視線の意図を汲み取り、側近を連れて執務室を出て行った。
バタン。
「エリック」
王太子殿下に呼ばれ、閉められた扉へ向いていた顔を慌てて正面へ戻すと、エメラルドグリーンの瞳が柔らかく揺らいでいた。
「俺とカミーユが並んでても動じないって事は、もう分かってるんだな」
側近を連れた王太子殿下への謁見、初めての者は瓜二つの姿に必ず動揺する。
「・・・・」
無言のエリックへ、王太子殿下は話を続ける。
「俺が12年前の教会のカミーユだって、分かるんだな」
「・・・・・はい」
王太子殿下は嬉しそうに12年前の思い出を語り始めた。
「あの可愛いタイトルの本はまだ持っているのか?・・・フフッ」
「僕の物ではないと、当時も申しましたが!?」
意地になって否定するエリックに懐かしさを覚え、王太子殿下は更に嬉しくなった―――が、その懐かしさは最後にソフィーに触れた記憶も呼び起こした。
「・・・・」
エメラルドグリーンの瞳が虚ろになっていく様を見てエリックが口を開く。
「あの嵐の日。姉は教会で一人、横たわっていました。崩れそうな建物の中、唯一雨風が凌げる場所でした。―――王太子殿下、あなたですね?」
「そうだ。ソフィーを教会から連れ出したのは伯爵家だったんだな。それなら良かった・・・」
「―――何故、姉を一人にしたのですか?」
「違う・・・!」
否定し、“助けを求めに”と続けるのを王太子殿下は躊躇った。一人、ソフィーを残して離れた事は事実なのだから―――。
「・・・エリック、さっきニコル伯爵に会って、ソフィーとの婚約を申し込んで来た。今度こそ、ソフィーは必ず俺が守る!」
「・・・・」
(―――自分は今、どんな顔をしているだろう?)
数時間前、執務室で見たリストをエリックは思い出していた。若い令嬢達との婚約を繰り返し、破棄した姉とまた婚約するとのたまう目の前の王太子に、エリックは怒り、震えた。
「姉には・・・カミーユ・フット様と幸せになって欲しいと思っています。―――失礼します」
「エリック!!」
バタン!!




