43.接触④
(お父様・・・お母様・・・)
どのくらい時間が経ったのか。娘の心の中の葛藤を夫妻は静かに見守り、出した答えに寄り添う決意をしていた。
「―――分かりました。一緒に確認してください」
「ありがとう」
娘の言葉に夫妻は心からの感謝を述べた。
箱の蓋にソフィーの手が掛けられる。
カタン・・・
「!!!」
夫妻が息を呑んだ。視界に飛び込んで来たのは、カサブランカの刺繍が入ったスカーフだ。何かを包んでいる。ソフィーが手に取り広げると、それは赤い木の実の枝だった。
「―――その実・・・!」
夫人は目を見開き珍しい赤い木の実に驚いていたが、ソフィーの意識は箱の中に入っていたもう一つの物に向いていた。
「こ・・れ・・・」
12年前、ベント地区の教会で失くし、叶わぬ想いと共に王太子殿下の元にある筈の本だった。
(どういう事・・・?)
箱にはそれ以外何も入っていない。
(―――返され・・・た?)
ソフィーの呼吸が荒くなる。
「ソフィー!?ソフィー!?」
目の前で名を呼ぶ父と母の姿が歪む。
(迷惑なのですか・・・?)
瞳に溢れた涙が零れ落ちた。
その日、ソフィーは初めて両親の前で大声を出して泣いた。
嗚咽が止まらない娘の背中を、幼子をさする様に夫人は優しく声を掛ける。
「ソフィー。大丈夫よ、大丈夫」
震える愛娘の肩を抱きしめながら夫であるニコル伯爵を見上げた。
伯爵は軽く頷くと、ソフィーに話し掛けた。
「王太子殿下からはこの箱と、言伝を預かっている」
ソフィーは身体を大きく反応させた。
(聞きたくない・・・聞きたくない・・・っ)
咄嗟に耳を塞ごうとしたが――――
「もう一度、ソフィーへ婚約を申し込みたいそうだ」
伯爵の言葉にソフィーは自身の耳を疑った。
「・・・え?」
「ソフィーへ婚約を申し込みに来られたんだよ」
ソフィーの濡れていた頬がみるみる乾いていく。
「返事はしていない。お前の気持ちが最優先だ。―――ソフィーは王太子殿下をどう思っている?」
「・・・私は・・・・」
『ソフィー、よく聞いて』
オーツー公爵邸でのセリーヌの言葉が脳裏をよぎった。
『あなたに直接、婚約破棄の白紙を申し出たい、と』
(―――)
ソフィーの心の奥底に閉じた思いが騒ぎ出した。
『ソフィー、必ず迎えに来る』
耳に残る優しい声。
(・・・私は何を迷っていたのかしら)
11年間、探し続けた教会の彼を簡単に諦める事など出来ようものか。
ソフィーは真っ直ぐ伯爵を見つめた。
「私は、王太子殿下の傍にいたい!」
ハッキリと、そう答えるソフィーに夫妻は驚いたが、本当の気持ちを打ち明けてくれた事に心から喜んだ。
「分かった。王太子殿下へは早急に返事をする。お前の気持ちも一緒に、必ず伝えよう」
「お父様・・・っ」
ソフィーは嬉しさのあまり再び瞳いっぱいに涙を溜めた。
しかし、向かい合う夫妻はスカーフの上の赤い木の実をチラリと見ては何か言いたげだった。が、娘の幸せな表情にそれ以上は口を噤んだ。
「エリック・ニコルはいるか!?」
王城の一室、慌ただしい議場に突然響いた城仕えの男の声は、間近に迫った接遇に一秒たりとも無駄に出来ない成員達の手を止めた。
「わ、私です!」
名乗り出たエリックに男は頷いた。
「王太子殿下がお呼びだ。ついて来るように」
(――――!)
突如訪れた再会にエリックは息を呑んだ。




