41.接触②
王都の中心街での襲撃―――。カミーユの一つ目の報告は、ウィリアムの精気を容易く奪っていった。己の浅慮で愛する人を失っていたかもしれない恐怖に手の震えが止まらない。
「ウィリアム殿下」
自分をそう呼ぶ目の前の親友にハッとした。
ニコル伯爵邸でのアーサーへの態度を思い出す。本来ならソフィーを助けてくれた恩人として彼に感謝を述べ、そして―――
「彼は―――ウィンバリー王国第二王子、アーサー・ウィンバリーか・・・」
ハドリー王国への来訪に敬意を表さなければならなかったのだ。
東の隣国、ウィンバリー王国から国賓を迎える接遇まで数日と迫っていた。20年振りの国交に、東の国境では厳戒態勢が敷かれ続けている。
そしてハドリー国内では接遇にあたる王侯貴族にウィンバリーの現状を共有させ、黒い歴史を繰り返さないよう警戒させた。
特に王太子の側近であり“身代わり”であるカミーユは、ハドリー国内で収集出来る情報の全てを把握していた。その内容は細部にわたり、特に重要人物であるウィンバリー王国の第二王子に関しては、その名、容姿、癖や特徴、ウィンバリー王国内での評価にまで至った。
それが、ソフィーを助けた男と一致したのだ。
偶然と思われた出会いが確信に変わるまで、それほどかからなかった。差し出された右手を握り返した時の違和感――「剣だこ」。高級家具を求めて伯爵家へ足を運ぶような人間の手の平ではない。加えて気品と佇まい。ウィンバリーの上位貴族だと思った。
そして決定的だったのは「名」だ。
『アーサー・ブランソンと申します』
ブランソンはウィンバリー国王妃の生家、公爵家の家名。
彼はアーサー・ウィンバリー、ウィンバリー王国の第二王子で間違いなかった。
しかし同乗したフット公爵家の馬車内でも、ニコル伯爵邸でも『ブランソン』を強調していた・・・。
「伯爵は彼がウィンバリーの第二王子だと知らない・・・?」
カミーユの二つ目の報告に、ウィリアムは疑問を投げかけた。
「何処で伯爵家と繋がったのか分からないが・・・もしかしたらアーサー殿下は親友のエリックにだけ身分を明かしているかもしれない」
カミーユの言葉にウィリアムは暫し考える。
「・・・グランヴィルがエリックを城に呼んでいる。戻ったら早急に会おう」
そう提案し、窓の外へ目を向けるウィリアムに、カミーユが問う。
「いつ、第二王子だと気付いた?」
「―――扉を開けた時だ」
その返答にカミーユは目を見開いた。そんな親友の表情を尻目に、ウィリアムは外を眺め先刻の出来事を思い出していた。
伯爵家の扉を開けたと同時に、アーサーの纏う風が高貴な香りを運んで来た。真っ直ぐ見つめてくるヘーゼルの瞳の奥に、自分がいつも見ている光景が重なり、瞬時に分かった。
(あぁ・・・こいつは俺と同じ王族だ)
だからと、ソフィーに触れた事に平常を装う事も、許せる程寛容にもなれなかった。
しかし今思えば、意図的にウィリアムの感情を揺さぶっている様に見えた。
(何のために?両国の関係修復のための訪問ではないのか?)
隣国の第二王子の行動に思考を巡らせるが、胸の奥にかかる黒いもやが邪魔をする。
「ウィリアム、ウィンバリーから提出された日程だとアーサー殿下が王城に見えるのは二日後だ。どうする?」
カミーユの問いに、ウィリアムは親友の顔を見つめた。
「ウィリアム?」
「・・・ブランソン公爵家としてニコル伯爵を訪ねている。公務でない以上、当日までは何もしない」
「そうだな。でも次にアーサー殿下にお会いする時は王太子殿下として対応してくれよ」
少々困った様に微笑んだ親友の顔は、ウィリアムの胸の奥を更にざわつかせた。
(二人であの本を探しに行っただって?俺の手元にあったのに何故俺に言わない?何故ソフィーはカミーユに―――)
ふとニコル伯爵の言葉が脳裏をよぎった。
『カミーユ様との縁談が進んで―――』
(どこまでだ?どこまで進んでいる?―――聞きたい)
「ウィリアム、大丈夫か?顔色が悪いぞ」
「・・・あぁ、大事ない」
カミーユは、爪が食い込むほど強く握られていたウィリアムの拳を緩めると、自分のスカーフをその手に巻いた。
(カミーユはこういう男だったな・・それに引き替え俺は・・・)
ウィリアムは伯爵家で目にしたソフィー宛ての手紙の束を見て焦った自分を心の中で笑った。
「―――敵わないじゃないか・・・」
ポツリと呟いたその言葉はカミーユの耳には届いていなかった。
この時、自分とソフィーを繋いでいた唯一の『箱』を伯爵家に置いてきた事を、ウィリアムは深く後悔した。
王城の門を二台の馬車がくぐった。
ゆっくりと停まり、白い馬車の扉が開くと、そこにはグランヴィルが立っていた。
「待ちくたびれましたよ、兄上」
「エリックは?」
グランヴィルの嫌味には微動だにせず、ウィリアムは馬車から降りると足早に城内へと向かった。後に続く様にカミーユが馬車から降りてくると、グランヴィルは目を丸くして驚いた。
「・・・本当に視察?」
てっきり兄は不在がちな側近を「視察」という名目で自ら監視しているのだと思っていたからだ。
「ソフィー嬢には会いに行ってないのか・・・?」
「グランヴィル!」
ウィリアムに強く名を呼ばれ、グランヴィルの全身に緊張が走る。慌てて振り向くと『王太子殿下』の兄がこちらを見据えていた。
「エリックは何処だ!」
「奥の議場で他の者達と接遇の調整中です!何事かあったのですか、兄上!」
「アーサー・ウィンバリーがニコル伯爵邸に滞在している」
そう言い捨て、ウィリアムは城内へと進んで行った。
想定外の出来事にグランヴィルは開いた口が塞がらなかった。そのまま隣に立つ側近に冷ややかな視線を向けると、カミーユはそれをかわす様にそっぽを向いた。
「・・・やっぱりソフィー嬢に会いに行ったんじゃないか・・・」
グランヴィルは呆れて開いた口が塞がらなかった。




