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40.接触①

 ニコル伯爵邸の玄関ホールで、王太子殿下からの申し出に夫妻は勿論、その場にいた使用人達も耳を疑った。

「あの、」

「本気だ」

 ウィリアムはニコル伯爵の質問を遮り、再度懇願した。

「ソフィー嬢との婚約をもう一度―――」


ガラガラガラ・・・


 外から聴こえる馬車の走る音が玄関の扉の向こう側で止まった。

「・・・・」

 何かを感じ、ウィリアムは扉へと歩を進める。



(・・・え?)

 カミーユから少し遅れて、ソフィーも白い馬車に気付いた。

(あの白い馬車は・・・)

 何も期待してはいけない、と思いつつ、ソフィーの鼓動は速くなっていく。

 フット公爵家の馬車が玄関前にゆっくりと停まり、御者が扉を開けた。先にカミーユが降り、ソフィーをエスコートする。しかし懸命に走った彼女の足は未だ回復せず力が入らない。加えて視界に入る白い馬車が気になり、ステップを踏み外してしまった。

「・・きゃっ・・・!」

「ソフィー!!」

 後方へと倒れるソフィーの身体をアーサーが支えた。

「よそ見は禁物ですよ」

 正に彼はソフィーが白い馬車に気を取られていた事を察していた。

(気付いて・・・っ)

 全てお見通しのアーサーに、ソフィーは再び顔を赤くした。

 しかし、愛らしいその表情とは裏腹に足は震えたまま。自力で馬車を降りる事は困難だった。

「ソフィー、手を―――」

 カミーユが手を伸ばした所でアーサーが一言、


「掴まって下さい」


 ソフィーを抱え上げ、軽やかに馬車から降りた。


「きゃあ!!」

 突然の出来事に、ソフィーは思わずアーサーの肩へ腕を回した。

「ブランソン公爵!!」

 カミーユが声を荒げ静止を求めたが、アーサーは気にする事無くソフィーを抱えたまま邸の玄関へと歩き出した。



 玄関の扉の向こうから聞こえた女性の悲鳴にウィリアムは素早く反応した。扉へ駆け寄り、自ら両手でハンドルを握ると勢いよく開けた。


「!!!」


 目の前に突如現れた愛しい人に、ウィリアムの胸は早鐘を打った。


「ソフィー、―――・・」


 思わず表情が綻ぶ。しかし彼女は見知らぬ若い男に抱え上げられていた。


 ソフィーも王太子殿下の姿に瞳を輝かせるが、それは一瞬で消えた。彼の表情が徐々に険しくなり、何かを抑える様に静かになっていく――――オーツー公爵邸で見た『冷酷王太子』だった。


(王太子殿下・・・)


「ウィリアム・・・っ」

 二人の後を追い掛ける様に現れたカミーユに、ウィリアムは鋭い視線を向けた。

「カミーユ・・・!」

 三人の僅かなやり取りに、アーサーは何かに気付いてソフィーをその場に降ろした。

「さあ、ソフィー嬢。着きましたよ。今夜はゆっくり休まれると良いでしょう」

 ふらつくソフィーを支えながら優しい言葉を掛ける若い男にウィリアムは嫉妬し、思わず彼の肩を強く掴んだ。


「彼女から離れろ!」

「―――」

「ウィリアム!!」


 カミーユが慌ててウィリアムの手を肩から離した。

 アーサーは一息つき、一日に二度掴まれた肩に目をやり呟いた。

「先が思いやられるなぁ・・・」



 突然始まった言い争いに、ニコル伯爵が仲裁に入った。

「何事でございますか!?」

 伯爵の登場に、アーサーはソフィーを支えながら声を張る。

「ニコル伯爵!アーサーです!アーサー・ブランソンです!!」

 ヘーゼルの瞳を向ける青年に、伯爵はハッとする。

「ブランソン・・・君がアーサーか!ジェニファー、ジェニファー!」

 離れて様子を見ていた夫人を呼んだ。

「アーサー、顔をよく見せて・・・ふふっ、彼女の面影があるわ」

 アーサーに支えられながら、ソフィーは談笑する三人に声を掛けた。

「何故、いらっしゃる事を教えてくださらなかったのですか?」

 三人は顔を見合わせ、アーサーがソフィーに笑って答えた。

「久しぶりに会う親友(エリック)を驚かせたかったので、内緒にしてもらいました。子供の様だと笑って下さい」

 僅かに首を傾げた姿は少年の様だった。

「ソフィーには先に伝えても良かったんだが、隠し事が苦手だからな。現に―――」

 伯爵は王太子殿下をチラリと見、言葉を続けるのを止めた。

「でも、あなたには伝えておくべきでしたね」

 アーサーは言いながらソフィーの右手を取った。その行動にウィリアムはピクリと反応するが静観した。

「エリックがいつも自慢する姉君がこんなに美しいとは思いませんでした」


 それはわざとなのか。

 ウィリアムとカミーユからソフィーを離す様に、アーサーは身体をずらした。

 ウィリアムの位置からは、手に取ったソフィーの右手へ男の頭が近付く様に見え、まるで口づけをしているかの様に――――。

 刹那、ウィリアムは怒りに震えた。


「―――貴様―ッ!!!」


 王太子殿下の突然の激昂に、アーサー以外の人間は一瞬で身体が強張り、畏怖した。

 カミーユは周りの状況に逸早く気付き、親友の腕を掴むと邸の外へと向かった。

「ブランソン公爵!ここで失礼する!」


バタン!!


 大きな音をたて、玄関の扉は閉められた。

「一体どうなされたのだ・・・?」

 立ち尽くす伯爵家の人々の中、アーサーだけは険しい表情をしていた。




「離せ!カミーユ!」

 側近としての実力を見せつける様に、主を難なく王宮の白い馬車へ乗せると、扉を開閉出来ない様、外側から帯剣で固定した。

 ガタガタと揺れる車体を気にもせず、王宮と公爵家の御者それぞれに指示を出した。

 話を終え、固定していた帯剣をしまうと、自身も白い馬車へと乗り込む。

「カミーユ!」

 親友の正面に座り、淡々と話し出す。

「ウィリアム。気付いていないわけじゃないだろう?」

「――――」


コンコン


 カミーユは車内から御者の背裏側を二度叩いた。出発の合図だ。

 王宮の白い馬車は王城へと走り出す。その後をフット公爵家の馬車が続いた。


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