38.忘れ物を届けに②
「王太子殿下・・・!!当家へご足労頂けるとは・・・何か不手際などございましたでしょうか・・・?」
ニコル伯爵の取り乱した表情と邸内の慌ただしさに、先触れを出すべきだったとウィリアムは息をついた。
邸の奥へと案内されながら二人の姿を探す。
(エリックはグランヴィルが城へ呼んだと言っていたな)
更に見渡すが、一番会いたい姿が見えない。
「王太子殿下、こちらへどうぞ」
伯爵に通された部屋へ一歩踏み入れると、目を惹く家具が視界に飛び込んできた。
「これは―――美しいな」
お世辞にも広いとは言えない応接間には、不釣合いな高級家具が備え付けられていた。どれもこれも真新しい、珍しいデザインが更に目を惹く。
「恐れ入ります」
「卿自慢の領地の木材が使われているのだな」
「左様でございます。まだ市場に出ていない品々ですが、粗方目処は立ちましたので流通方法を模索している所です」
「楽しみだな」
流行に敏感な貴族達はこぞって購入するだろう。
しかし、一度伯爵家が落ちかけたとは思えない、この手腕。再興に関してはソフィーの名が社交界で上っているが、ニコル伯爵の経営者としての能力は間違いなく本物だ。ただ運が悪い。そう、運が――――。
「本日はどの様な事でお越しになられたのでしょうか?」
ソファに腰を掛けたウィリアムの目の前にお茶が置かれ、正面にニコル伯爵夫妻が座った。
「―――ご息女は在宅か?」
「ソフィーでしたら先程、カミーユ様とフット公爵家の馬車で出掛けましたが・・・」
伯爵の返答にウィリアムの胸の奥に黒いもやがかかる。
カミーユとソフィーの婚約を許可して以降、自身の側近の動向が把握出来なくなっていた。
(自分で蒔いた種だろう・・・!ソフィーひとりじゃなくて良かったじゃないか!カミーユは帯剣している。危険が迫れば彼女を守れる!)
心の中でそう言い聞かせた。
(本当は俺が・・・)
「ソフィーが何か失礼をしましたでしょうか?」
ニコル伯爵の問いにハッとする。
「いや、直接渡したい物があったんだが・・・卿に預ける」
ウィリアムは手にした木箱をテーブルへ置いた。
「ほう・・・」
見事な装飾の木箱にニコル伯爵夫妻から感嘆の声が漏れた。
「こちらをソフィーに?」
「ああ、渡せば分かる」
「確かにお預かりしました」
ソフィーに一目会いたかったが、少しずつ距離を縮めて誤解を解いていけば良いだろうとウィリアムは席を立つ。
「これで失礼する。突然すまなかったな」
「とんでもございません!お見送りいたします」
玄関先へと向かう途中、王太子殿下の歩みの妨げにならないように廊下の脇で頭を下げていた侍女の手元から手紙の束が滑り落ち、ウィリアムの足元に散らばった。
「も、申し訳ございません!!!」
慌てて拾う侍女達にウィリアムは手を差し伸べた。その姿にニコル伯爵夫妻が侍女達以上に慌てた。
「王太子殿下!お手が汚れます!」
「大丈夫だ―――」
拾い上げた一通の手紙。宛名は、
“ソフィー・ニコル”
(――――)
気になり、ウィリアムは他の手紙も拾い上げる。宛名は、
“ソフィー・ニコル”、“ソフィー・ニコル”、“ソフィー・ニコル”―――。
(―――・・・っ!!?)
全てソフィー宛ての手紙だ。
「ニコル伯爵・・・これは?」
ウィリアムが恐る恐る尋ねる。
「はい、ソフィーへの縁談でございます。カミーユ様との婚約の話が進んでいるはずなのですが、最近何故か縁談の申し込みが増え、この様にソフィー宛てで手紙も届くのです」
それはオーツー公爵邸のパーティーでのウィリアム自身の発言が原因だと容易に分かった。先に訪れていたペンドリー公爵との会話にも違和感を覚えたからだ。
会場の中央で晒されていた彼女を助けたい一心で、自分と『いずれ婚約する令嬢』だと公言した。意見する者はいないだろうと思っていたが結果は裏目に出た。
『カミーユ・フットと婚約はしておらず、王太子殿下ともまだ婚約していない令嬢』
と、捉えられたのだ。しかもソフィー・ニコルは
『王族と三大公爵家双方から目を掛けられる令嬢』
となり、今まで以上に注目を浴びる事になってしまった。
(これも・・・こっちも・・・)
縁談と恋文の束を目の前に、ウィリアムは焦り始める。
「一体何が起きているのやら・・・」
ふと、隣で溜息をつくニコル伯爵を横目にある疑問を感じた。
(ソフィーは伯爵にパーティーの報告をしていないのか・・・?)
そう考えながらも、目の前の現状にウィリアムはなりふり構っていられなくなり意を決して口を開いた。
「ニコル伯爵。もう一度・・・ソフィー嬢との婚約を申し込みたい」




