37.遭遇①
朝から簡素な衣服に身を包んだソフィーは、これまた質素な外套を羽織った身なりのカミーユのエスコートで馬車へと乗り込んだ。
「いってらっしゃいませ」
侍女のリゼに見送られ、二人を乗せたフット公爵家の馬車は王都の中心街へと走り出す。
「あれから変わりないかい?」
向かいに座ったカミーユに優しく声を掛けられ、ソフィーは笑顔で返した。
「私は大丈夫よ。エリックは少しピリピリしているけれど」
オーツー公爵邸で催されたセリーヌの婚姻パーティー。会場で起きた出来事を全て父へ報告―――は出来なかった。問われた事にのみ答えたが、それ以上の詮索は無く納得している様子だった。
伯爵からの質問の中に、王太子殿下との婚約については勿論無かったが、翌日から届く長女宛ての手紙や縁談の量に只々困惑しているようだった。
(本当に・・・何故・・・)
ソフィー自身も不思議でならなかった。
(あの会場では、カミーユとの婚約は周知されていると感じたけれど・・・)
窓の外を眺めるソフィーの横顔に、カミーユは焦りを感じて性急だと思いつつ提案してみる。
「ソフィー、俺の審議が終わったら正式に婚約発表をしたいんだけど」
「―――ええ」
返答に僅かに間があった。が、カミーユは気付かない振りをした。
中心街の広い通りに馬車を止め、高級店が立ち並ぶ表通りから細い横道へと入る。進む度に薄暗くなっていく道を右へ左へ。奥に見える微かな光を目指し更に進んで行くと、裏路地は広場につながった。表の高級店とは比べ物にならないが、大小様々な店舗はどこも賑わっている。
「貴族の令嬢はこんなとこ来ないんだけどなぁ・・・」
カミーユが漏らすのもそのはず、裏路地に並ぶ店は中古品や訳あり商品を主に扱っている。表の大通りが貴族御用達の高級店なら、裏路地は平民が足を運ぶ商店街だ。
「絶版本だもの。ここなら可能性はあるわ」
「―――ウィリアムに返して貰おうとは思わないんだね」
12年前に失くし、王太子殿下の手元にある、古い論文を集めた経済学の本。デビュタント前のソフィーが父ニコル伯爵の仕事に興味を持ち、母のジェニファーが与えた思い出の本だった。
珍しい隣国の生産や流通、更には資金調達まで、本を開く度に得られる知識は領地の経営難を救う鍵にもなった。
「・・・王太子殿下にはお会いする事もないでしょう?」
セリーヌに言われた言葉は伯爵家に帰った後もずっと忘れられなかった。事実、パーティーでの彼の姿に、閉じたはずの想いが溢れそうだった。そして目が合った瞬間、ソフィーは少しだけ心の奥で期待してしまった・・・。だが、数日が経っても王太子殿下から音沙汰は無く、ソフィーは本当の終わりだと気付いた。
「王立図書館の入館申請を待ちつつ、探す事に決めたの」
元は母の所有物だ。古書でも手に入れ持ち帰りたい。
頑なに考えを曲げないソフィーを目の前に、カミーユは溜息を洩らすと商店街を指差した。
「三軒先が古書店っぽいよ。行ってみる?」
その言葉にソフィーは笑顔を見せた。つられてカミーユも微笑んだ。
ギィ――――・・・
埃っぽい店内に、床の軋む音が歩く度に響いた。敢えてゆっくり歩を進め棚を探していく。ソフィーは店の奥から、カミーユは出入口付近の棚から。
「ねぇソフィー、店の主に訊いてみた方が――――――」
その声に奥の棚からソフィーが顔を出すと、急にカミーユに覆いかぶさるように前に立たれ、驚いて声を出しそうになった。
「ソフィー、今日は帰ろう」
ニコリと笑顔を向けられ肩を抱き寄せられる。そのまま足早に出入口へと向かった。
「突然どうし―――」
ソフィーに質問する間を与える事無く、カミーユは耳打ちをしてきた。
「(小声)店を出たら表通りへ全力で走るんだ。公爵家の馬車に保護して貰って。いいね?」
(え・・・?)
ギィ――――・・・
店の扉が開かれた。
「走って」
カミーユに背中を軽く押される。
「・・・っ」
理由は分からなかったが小走りをした。
「キャア―――!!」
「うわぁ―――!!」
突然背後で聞こえた人々の叫び声にソフィーは走りながら後ろを振り向くと、カミーユがナイフを手にした数人の男を相手に抗戦していた。
「カミーユ・・・っ」
その光景に色々な憶測が入り乱れる。王太子殿下と間違われているのか、審議の反対勢力の貴族による襲撃なのか―――。いつの間にかソフィーは恐怖でその場に立ち竦んでいた。
「走って!!!」
(!!!)
カミーユの叫び声に我に返る。
視線を向けると、男達の一人と目が合った。カミーユの体勢の脇からソフィーへと向かってくる。
(いや・・・いや・・・・っ)
震える足は動かない。刹那、目の前に迫るナイフの先が宙へと舞った。間一髪のところでカミーユが男の襟を掴み身体を倒した。
「走るんだ!!!」
(・・・っ)
カミーユの声に、力を振り絞りソフィーは再び走った。
(私!?私なの!!?)
狙われているのが自分だと気付き、無我夢中で走った。そして後ろから追ってきているのではという恐怖に混乱して表通りから徐々に離れている事にソフィーは気付かなかった。
カミーユが特別な訓練を受けた王太子殿下の側近だとしても、相手に傷を負わせず抗戦するには限界があった。
帯剣を抜けば早々に片は付くだろうが、商店街に集まる平民達を巻き込む恐れがあり且つ身分が露見する。
ふと、視界に一人の男がソフィーの逃げた方向へ走り出す後ろ姿が見えた。
「くそ・・・っ!」
出来れば男達を拘束し、後に尋問したかったが手段を選択する余裕が無かった。
カミーユは男達に軽く当て身を喰らわせ気絶させていくと走り去った男を追った。
「ハァ、ハァ!」
走っても走っても裏路地から抜け出せず焦りが募る。
「どこ行った!」
(!!)
男の声に再び足が震えた。
走る事が出来なくなったソフィーに男の影が近づいてくる。
(・・・・っ!!)
右側から別の男に手首を掴まれ、ソフィーの顔から血の気が引いていく。
「(小声)こっちだ!」
男は手首から手へ握り直すと、ソフィーを連れ表通りへと走りだした。




