36.忘れ物を届けに①
王都の西側、決壊していた橋の復旧後の視察に訪れていたウィリアムは、同行していた臣下達に残務処理を任せ単独で馬車を走らせていた。
向かった先はペンドリー公爵邸。数日前、オーツー公爵邸で開催されたガーデンパーティーについて自ら検証したい事があった。
「ようこそおいで下さいました」
笑顔で出迎えたペンドリー公爵夫妻はウィリアムを応接間へ案内すると、侍女にお茶を用意させた。
「件の用件で話したい」
開口一番、ウィリアムからの要望にペンドリー公爵は人払いをした。
「オーツー公爵家のパーティーでは公の考えを読めなかった」
あの見せしめは、カミーユが三大公爵家の一員としての良否を見極めるものだった。
視線を下げたウィリアムに、夫妻は困った表情を見せた。
「私共も至らず申し訳ございませんでした。ニコル伯爵のご息女とのご婚約がまだだったとは―――」
ペンドリー公爵の言葉に違和感を持ちつつウィリアムは返答する。
「いや、合っているが?」
「?」
「一度、婚約破棄している」
笑いながら告白するウィリアムに、ペンドリー公爵夫妻は初めて見る冷酷王太子の笑顔に困惑し、額に汗を滲ませていた。
「し、失礼ながら王太子殿下、フット公爵家の嫡男とニコル伯爵のご息女のご婚約の噂は―――」
「ああ、合っている」
穏やかにそう答えたウィリアムの表情の中に僅かに見えた愁いを、ペンドリー公爵は見逃さなかった。
「・・・何かご事情がありそうですね」
公爵の問い掛けに、ウィリアムは言葉を発せず僅かに笑ってみせた。
「ならば、お気をつけ下さい」
続けて公爵は危機感を示した。
「王太子殿下もあの者には気付かれたでしょう」
ウィリアムの顔から笑みが消えた。
「代々選出される身代わりは王族に近い者しか知り得ない史乗です。彼の地位では理解できず茶番の様に見えた事でしょう。しかし婚約者の話は違います。自身の長女を王太子妃にと躍起になっている。―――ニコル伯爵のご息女の身が非常に危険です」
公爵の忠告はウィリアム自身も認識していた。
12年前、ソフィーとの突然の別れに憔悴し、己の先走る感情が招いた過ちが、その原因だという事も理解している。
公爵はソフィーへの危害が出る前にパーティーでの発言の撤回が望ましいと考えているのだろう。それでも尚、
「私が守る」
彼女以外、王太子妃は考えられなかった。
ペンドリー公爵夫妻に昼食を勧められたが、訪問の目的がオーツー公爵邸での礼である事、この後に予定がある事を伝え断った。
「ニコル伯爵の所へ行く」
「・・・・そうでしたか。お気を付けて」
ウィリアムは見送りも断ると、すぐ様、馬車へ乗り込んだ。
座席に腰を掛け、横に置いてあった装飾が施された木箱に手を添える。
「出してくれ」
動き出した馬車はカラカラと車輪を鳴らしながら、王都にあるニコル伯爵邸へと向かった。




