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33.婚姻パーティー④

 静かな庭園の中央で賓客に囲まれ、ルーカスとセリーヌはお互いに見つめ合っていた。

「それでは改めて、誓いを」

 案内人が大司教の代わりに進行する。

 王城で二人きりで行われた婚姻式の再現だ。セリーヌのお披露目のみの予定だったが、ルーカスの希望で行う事になった。

 ルーカスは跪くとセリーヌの右手を取り、甲に自身の口を近付ける。

 ハドリー王国では、男性は女性の手の甲に口づけてはならない。敬意を表する時に口を近付ける事を許される。そして口づける時は、生涯愛する事を誓う時である。

 ルーカスは右手から顔を離すと、セリーヌを見上げ、見つめた。もう一度甲に口を近付け、そのままゆっくりと触れる様に口づける―――。

 庭園に感嘆の声が静かにあがった。

 ルーカスが立ち上がった所へ、案内人がリングピローを差し出した。ルーカスはリングピローから指輪を取ると、セリーヌの左手薬指へとはめようとした。が、なかなかはまらない。彼の焦る姿をセリーヌはクスクスと笑っていたが、そんな姿もお互いに愛おしいと感じていた。

 ルーカスの左手薬指にも指輪がはめられ、感極まって思わずセリーヌを抱きしめた。

「ル、ルーカス様?」

「夢のようだよ・・・」


 それはセリーヌがルーカスの存在に気付くずっと前、気になる女性に声も掛けられない男の片想いは、


『オーツー公爵家のルーカス様です』


 彼女の勇気ある告白で実を結んだ。


「セリーヌ、必ず幸せにする」

 二人は再び見つめ合うと、深く口づけを交わし抱きしめ合った。その姿へ盛大な祝福の拍手が送られた。


(おめでとう、セリーヌ・・!)

 貴賓達から少し離れた場所でソフィーは瞳いっぱいに涙を浮かべた。その涙を愛おしそうに見つめるカミーユのすぐ隣で・・・。


 バルコニーに戻っていたウィリアムは、庭園で行われているルーカスとセリーヌの婚姻式を見守っていた。そしてソフィーを見付けるとその姿を目に焼き付け再び階段を降り、今度は庭園とは逆の玄関ホールへと向かった。


 ホールには当代のオーツー公爵夫妻と従者が数名、ウィリアムの見送りに並んでいた。

「王太子殿下、先程は私共が仲裁に入るべき所を―――」

 続く公爵の謝罪を、ウィリアムは手を上げ止める。

「私の方こそ祝いの席に水を差した」

「滅相もございません!・・・ただ、ペンドリー公爵の考えを酌んで頂ければと思います」

「ああ、わかっている」

 カミーユ・フットが次期公爵として足る人物かどうか、見極める心積もりだったのだろう。出過ぎた真似をしてしまったな、とウィリアムは悔やんだ。

ルーカス(子息)に無理を言ってすまなかったと伝えてくれ。また来る」


 ウィリアムは王宮の白い馬車で早々にオーツー公爵邸を後にした。

 馬車に揺られながらルーカスとセリーヌの仲睦まじい姿を思い出しては微笑み、自身とソフィーを重ねてその先の未来を夢見ていた。



 祝いのパーティーの最中、主役の一人であるセリーヌは貴賓への挨拶の合間にソフィーの元へと駆け寄った。隣にはカミーユと弟のエリックがいたが、構わずソフィーをその場から連れ出すと邸の奥の部屋へと向かい、すぐ様扉を閉めた。

 ソフィーはセリーヌが慌てる理由がわからなかったが、笑顔を向け祝いの言葉を伝えようとした。

「セリーヌ、おめで―――」

 刹那、セリーヌから手を握られ、驚いて言葉が止まる。

「ソフィー、よく聞いて」

 握った手に力を込め、ソフィーを見つめるセリーヌの瞳は真剣そのものだった。

「王太子殿下に今日のパーティーに呼んで欲しいと言われたの。あなたに直接、婚約破棄の白紙を申し出たい、と」


『ソフィー、必ず迎えに来る』


 耳元に残る優しい声。


(――――)


「このままカミーユ様との縁談を進めてしまっていいの?」


 ソフィーの心が大きく揺らいだ。




 ソフィーとセリーヌが向かった先を、カミーユとエリックはじっと見つめ待っていた。ソフィーがいつ戻って来ても即座に守れるように。

 それは、ウィリアムの一言で貴賓達から好奇の目を向けられるようになってしまったからだった。

いずれ(・・・)婚約する、だって?)

 カミーユは眉間にしわを寄せた。

 ウィリアムの17歳の式典以降、公的に発表しなかった婚約者の存在を自ら晒した事、しかも破談となったソフィーを再び婚約者にした事にカミーユは憤りを感じていた。

(彼女を振り回し過ぎだ・・・っ)

 唇を噛みしめる。

 耳にガラガラと響く馬車の走る音が、遠退いて行くのがわかった。

(ウィリアムが帰ったのか・・・)


「カミーユ様」


 隣で一緒にソフィーが戻るのを待っていたエリックがカミーユに声を掛けた。

「僕は、あなたなら姉を幸せにしてくれると信じています」

 視線を合わせようとはしなかったが、ウィリアムが帰ったのを見計らってのその会話は、全てを理解しているのだろうとカミーユは気付いた。

「ああ」

 力強く返事をし、エリックの言葉を胸に刻んだ。




 ウィリアムが帰城し、執務室へ入った途端ノックが3回鳴った。

「入れ」

 許可と同時に扉が開いた。

 グランヴィルだ。

「早いお帰りで。今日はどちらへ?」

 厄介な国賓の対応で苛立ちを隠せないグランヴィルなりの嫌味だった。が、

「オーツー公爵家のパーティーへ行って来た」

 淡々と答える兄に何かを察した。

「・・・ソフィー嬢がいたのでは?」

「ああ。カミーユにエスコートされていた」

 グランヴィルは目を見開き、兄を見つめた。構わずウィリアムは続ける。

「思わず感情的になって、ペンドリー公爵に助けられた。いや、夫妻の思惑通りだったのかもしれないな。手の上で踊らされたようで少々悔しいが・・・これで“同じ条件”だ」

 真意が読めず眉をひそめるグランヴィルに、ウィリアムはこれから起きるだろう事態を説明した。

「フット公爵家からの申し立ての審議が始まる。カミーユの身代わりの任についてだ。ペンドリー公爵家は肯定派だったが、フット公爵家初の嫡男に興味が湧いたのだろう。そして今日、カミーユ本人を見て否定派になったはずだ。ペンドリー公爵家に賛同する貴族は多い。仮に大公と相反する意見になったとしても、間違いなくカミーユは解任される」

 それはグランヴィルにとっても、願ってもない事だ。

「・・・それと“同じ条件”とは何か繋がりが?」

 その質問にウィリアムは苦笑した。カミーユを“親友”と言いながら、心のどこかで彼の境遇に同情していたのだ。

 ソフィーへ婚約破棄を言い渡したあの日。彼女が望んだカミーユとの新たな婚約、そして申し出を拒否しないカミーユ―――二人の婚約を許してしまった事をウィリアムは今も後悔する。


「もう遠慮はしないという事だ」

 兄の強い眼差しにグランヴィルは笑った。


「ソフィーを迎えに行く」


 そう言い切った数時間後、ウィリアムが国王陛下の自室に呼ばれたのは言うまでもない。


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