32.婚姻パーティー③
「お初にお目にかかります。フット公爵家長男、カミーユと申します。ご挨拶が遅れて申し訳ありません。以後お見知りおきを―――ペンドリー公爵夫人」
「・・・・」
無言の夫人へ、カミーユはそのまま話を続ける。
「確かに私は王太子殿下の側近をしておりますが、『噂』になっているような身分ではありません。そして彼女―――ソフィー嬢は私の婚」
「祝いの席での会話とは思えないな」
カミーユの言葉を遮った低く冷ややかな声の主は、庭園から邸内へと繋がる芝生のアプローチから現れた。
「ウィリアム王太子殿下!!!」
その場にいた全ての者が一斉に頭を下げた。
公爵家が私的に開いたパーティーに、王族が、しかも王太子が招かれる事などあるのだろうか?思考が追い付かない一部の貴族は身体を震わせていた。
ソフィーも頭を下げたまま、だが会場にいる誰よりも困惑しながらある事に違和感を持った。
王宮の庭園を一緒に歩いた時、食事を共にした時、王城でエスコートされた時、そして・・・
『ソフィー』
名を呼ばれた時・・・。
(―――こんなに低い声だったかしら・・・)
王太子殿下は頭を下げたペンドリー公爵夫人の元へと向かった。
夫人の後ろで低頭するエリックは、近づいて来る見覚えのある顔に思わず声が出た。
「カミーユ・・・」
夫人の前で王太子殿下は歩みを止めた。
「久しいな、ペンドリー公爵夫人。息災で何よりだ」
「はい。王太子殿下におかれましては、西側に続く橋の復旧に多大なるご尽力を頂き、感謝の言葉もございません」
「国民を思うその言葉、さすが夫人だ」
王太子殿下からの称賛に、穏やかな空気が会場に流れた。
「が、忠告しておこう」
一瞬で緊張が走る。
「カミーユ・フットは私の側近ではあるが、いずれ宰相となる重要な男だ。先のようなやりとりは疑義を抱く」
王太子殿下はペンドリー公爵夫人に頭を上げる隙を与えなかった。
「最近耳にする『噂』の出所はあなたか?」
「滅相もございません!!」
ペンドリー公爵夫人は更に深く頭を下げた。
王太子殿下自ら否定した“身代わりの『噂』”。ソフィーは思わず右隣で同じく頭を下げるカミーユをちらりと見た。
(え?)
目を見開き、一点を見つめたままのその様子から、王太子殿下の口から出た身代わりの否定はカミーユにとって想定外の事だったのだろう。
「もう一つ」
まだ何か・・・?と頭を下げたままの貴族達は王太子殿下の顔を覗く。
「そこにいるソフィー・ニコル伯爵令嬢はいずれ私と婚約する令嬢だ。覚えておくといい」
(え・・・)
ソフィーは耳を疑った。
今度はカミーユがソフィーへ振り向いたが、すぐ隣にいるというのに、その視線は他の貴族達からの視線に埋もれた。
ソフィーは置かれた状況が飲み込めず、ペンドリー公爵夫人を見下ろす王太子殿下の表情を、頭を僅かに上げて伺った。
(・・・!!)
そこにはソフィーが知らないウィリアムがいた。
その瞳は冷たく、その口元は無、その場に立つ姿は全てを見透かしているかのようだった。
ソフィーは気付いた。婚約者に対する非道な噂の“冷酷王太子”ではない。国王になるべく、自ら“冷酷”を身に纏っているのだ。
刹那、王太子殿下の身体がソフィーへ向いた。上げた頭を戻すのが遅れ、視線が合う。
途端、ウィリアムの冷たかった瞳は熱を帯び、煌めいた。その変化にソフィーは高鳴る鼓動を抑えられず顔を紅潮させた。
(あ・・)
思わず名を呼んでしまいそうになり、ウィリアムとの視線を慌てて逸らすとそのまま深く頭を下げた。
そしてウィリアムの瞳は再び冷たくなっていく―――。
誰も気付く事のない、二人の小さなやり取りを、ソフィーの隣にいたカミーユだけは終始瞬きせず見ていた。
「そのくらいにして頂けませんか」
張り詰めた空気に、穏やかな男の声が響いた。
「ペンドリー公爵か」
公爵は庭園の入口からゆっくり王太子殿下の方向へと歩みを進めた。
夫人の手を取り、頭を上げさせると、自身は頭を下げた。そして王太子殿下の立つその奥を見つめ、口を開いた。
「本日のガーデンパーティーの主役達がお目見えですよ」
後ろを振り向くと、芝生のアプローチの先からこちらへ歩いてくる二人の姿が見えた。
美しく着飾られたセリーヌと、その姿を愛おしそうにエスコートするルーカスの登場に、その場の雰囲気が一変する。
「二人共、おめでとう」
王太子殿下が掛けたその一言で場は本来のパーティーへと戻っていった。
「感謝する」
ウィリアムはペンドリー公爵にだけ聞こえる様な小さな声でそう伝えると、その場を去った。
カミーユはその後ろ姿を追おうとしたが、ペンドリー公爵に呼び止められる。
「君の毅然とした姿勢は評価に値する。フット公爵は良い子息に恵まれたな」
それは審議への口添えを約束された言葉だった。




