30.婚姻パーティー①
ニコル伯爵家の玄関ホールは荷物を抱えた使用人達で慌ただしかった。
「旦那様、間もなく出発出来ます」
使用人頭からの報告にニコル伯爵は頷くと、見送りに出ていたソフィーとエリックへ声を掛ける。
「領地の様子を見たらすぐに戻る。オーツー公爵家のパーティーには間に合うはずだ」
「はい」
二人の返事に安堵し、ニコル伯爵夫妻は領地があるスコット区へと馬車を走らせた。
しかし、パーティーを控えた前日、早馬で届いたニコル伯爵からの手紙には滞在の延長と、ソフィーとエリックの二人でのパーティーへの出席を促す旨が書かれていた。
(やっぱり何かあったんだわ)
ソフィーは数日前に父から伝えられていた事を思い出す。
「領地へ行かれるのですか?」
邸の最奥にある商談室で雑務を手伝っていたソフィーの手が止まる。今年は領地へは行かないと言っていた矢先の事だった。
帳簿を広げながらニコル伯爵は唸った。届いたばかりのオーツー公爵家の婚姻パーティーの招待状、加えてエリックへの予期せぬ招集。息つく暇もない日程だ。
ニコル伯爵は手元の帳簿へ視線を落としたままソフィーに話し掛ける。
「なに、パーティーの二、三日前には戻る。少し様子を見て来るだけだ」
父のその横顔に、ソフィーは7年前の伯爵家を思い出す。
(変革のような時期ではあったけれど、今冷静に振り返っても、お父様の手腕が間違っていたとは思えない。あの頃は何故か全てが後手に―――)
引っ掛かっていた古い記憶は疑念へと変化し始めた。
(子供だった私の思い付きを、お父様が再興の足掛かりとしてくれた時、経営に係わる人物が近しい人間のみになっていたわ・・・)
雇えなくなり暇を出したと思っていたが、その中に漏洩の疑いがある人物がいたと考えると合致がいく。同時に嫌な予感が脳裏をよぎった。
(暇を出した後、戻ってきた使用人は―――・・・)
「ソフィー」
ふいに呼ばれハッとする。
「何かあったらカミーユ様を頼りなさい」
父の言葉に、カミーユの出自を把握しているのではないかと、ヒヤリとした事まで思い出した。
「姉上、父上からの手紙、続きは何と?」
夫妻が領地から戻らぬ理由を一瞬で理解した上で、当主である父からの指示をエリックは欲した。
「オーツー公爵家のパーティーへはカミーユと一緒に行くように、と。カミーユが迎えに来てくれるらしいわ」
「・・・カミーユ・・・」
視線を外すエリックが気になり、ソフィーは声を掛けた。
「エリック?」
「―――何でもありません。邸の者達に伝えて早急に準備させます」
表情から覚られないよう、エリックは素早く姉に背を向けると足早にその場を離れた。
翌朝、フット公爵家の馬車がニコル伯爵邸に到着した。
「カミーユ、急にごめんなさい」
「いいや、俺としても願ったりだよ。エリック、今日はよろしく」
「・・・お願いします」
素っ気ないエリックの返事にもカミーユは嬉しそうだった。
王都にあるオーツー公爵邸へと向かう馬車の中、ソフィーは再度カミーユへ礼を言う。
「父があなたへお願いするとは思わなかったわ」
「そうかい?本質をよく見ている方だよ。―――正直に言うと、公爵家からの招待に伯爵家から当主不在で出席するのは印象が良くない。でもフット公爵家次期当主の俺のエスコートなら話は別だ」
頷くソフィーに、カミーユは苦笑する。
「逆の意図もあるんだよ」
カミーユの言葉に、ソフィーの隣に座るエリックが口を開いた。
「社交界での特別な存在、ですね」
カミーユはエリックに向かって微笑んだ。
「そもそも王宮でも公爵家の名は伏せていたのに突然フット公爵家嫡男だなんて、疑念だらけで受け入れ難い。それがどうだ、頭の固い行き遅れが選んだ男なら信憑性が高くなる」
そこへ更にエリックが付け加える。
「姉上の存在で、カミーユに箔が付くという事ですよ」
「・・・買いかぶり過ぎよ・・・」
ソフィーは戸惑い、困った表情で謙遜した。
(ただ、王太子殿下に夢見て・・・諦めきれなかった臆病な女なだけよ・・・)
馬車が速度を落とし始めた。窓から進行方向へ目を向けると、その先に連なる馬車が見えた。
オーツー公爵邸はもう目の前だ。




