28.王太子と公爵令息②
「随分警戒されてるなぁ」
ニコル伯爵夫妻への挨拶を済ませ、ソフィーの案内で別室へと移動する途中、カミーユが感じた視線は全て弟のエリックからだった。
「そうかしら?昔、教会で王太子殿下にお会いした時もあんな感じだったけれど」
ソフィーからすれば、縁談が来ていた頃からなのでいつも通りだ。
だが王宮で特別な訓練を受けていたカミーユには、エリックの目は疑念と不安で震えているように見えた。
「俺じゃないって気付いてるのかな?」
ポツリと呟き、エリックの姿を横目に案内された部屋の扉を閉めた。
その部屋は伯爵家の一番奥にあり、ニコル伯爵が商談に使用する一室だった。入口の扉と小窓が一つ、会話が外に漏れない配慮がされている。
「突然、挨拶に来て驚いただろ?」
「少しね」
二人の間に畏まった態度はなかった。王城での顔合わせでお互いに醜態を晒したせいか、今後の覚悟を決めた為か―――。
「あれから公爵家へ報せを送ったんだ。暫くすると王侯貴族との審議が始まる」
「身代わりの件ね」
「そう。父は元々納得していなかったから、かなりやる気だよ。結果が出る前に公の場に出る事を望んでる」
公の場といえば舞踏会だろう。しかし審議を前に、王族が主催する舞踏会を公爵が選択するだろうか。無言で考え込むソフィーを目の前にカミーユは微笑んだ。
「オーツー公爵家の婚姻パーティーに呼ばれてる」
ソフィーは目を丸くした。カミーユはその愛らしい表情に思わず声を出して笑ってしまった。
「ふふ、ごめんっ、父の代わりに行く事になったんだ。ニコル伯爵の所にも招待状が届いているだろう?」
「ええ、そうね―――」
ソフィーは空返事をしながら真意を探った。
公爵子息としての復帰には申し分ない場だ。オーツー公爵家主催のため王族からの干渉はほぼなく、しかも貴賓中心のパーティーになる。内外への周知も短期間で済むだろう。
外堀を埋めてしまえば審議は優位に進める事が出来る。それも考慮されての選択なのだろうか?数日でのフット公爵の采配にソフィーは心底恐れ入った。
口数が少なくなるソフィーを、カミーユは興味深く見つめる。
「普通の令嬢はまず考えないけどね・・・―――さて!挨拶も済んだし、今日は失礼するよ。伯爵家は夏の間、領地へ行くんだろう?」
ソフィーは我に返り、夏の予定を伝える。
「スコット区へは父と母の二人で数日だけよ。オーツー公爵家のパーティーが近いし、今年はエリックの事もあるから・・・」
「弟くんは何かあるのかい?」
奥の部屋を見つめ続ける息子に、夫人が釘をさす。
「エリック、邪魔してはダメよ」
リビングへ連れ戻すとお茶を勧めた。
エリックはティーカップに口を付けるが姉が気になってお茶の味がしない。
「しかし、よく似ておられる」
「え?」
父の言葉に反応して思わず声が出た。
「母君が姉妹とはいえ、ウィリアム王太子殿下と瓜二つだ」
「・・・そんなに似ているのですか?」
エリックは問いながら何故か外で見た『カミーユ』を思い出した。
「ああ、そうか、エリックはまだ王太子殿下にお会いする機会がなかったな」
成人を迎えると国王への謁見はあるが、全ての王族へお目通りがあるわけではない。公的且つ、然るべき手順で可能となる。但し、王城で政務にあたる者は例外だ。ニコル伯爵は当主として登城し、王太子殿下はじめ、王族に拝謁する事もあった。
「夏が終わる前にはエリックもお会いする事になるだろう」
エリックはその時に全てが明確になる予感がした。
帰り際、カミーユは玄関ホールでニコル伯爵夫妻に一つ、要望した。
「卿、今から彼女の時間を少し頂けないでしょうか」
丁寧な口調に夫妻は二つ返事で送り出した。
伯爵邸から近くの広場へ二人で歩いて向かった。着くなりソフィーをベンチへ座らせると、カミーユは広場の先にある店舗が立ち並んだ通りへと駆けて行った。
ソフィーが腰かけたベンチの裏の林は初夏の陽を遮り、周辺を丸ごと涼しくしていた。
目まぐるしく変化するこの数日、ソフィーは気持ちを整理する事が出来ていなかった。そんな中、広場の噴水で遊ぶ子供達や、ベンチで休む人、通る人々はソフィーの心を穏やかにしていった。
ガサッ
ふいに林の中から聞こえた音が気になり振り返ろうとした所へ、誰かに後ろから抱きしめられる。
「・・・ひっ!」
「ソフィー」
耳元で名を囁かれた。
聞き覚えのある甘い声にソフィーの心臓が跳ねる。
抱きしめられている腕の力が強くなり、鼓動は一気に速くなった。
「ソフィー、必ず迎えに来る」
声の人物はソフィーの身体からゆっくり離れると、林の中へと消えて行った。
カミーユが通りから戻ると、ベンチでソフィーが俯いていた。待たせ過ぎたと、慌てて手にした物を差し出す。
「ソフィー、俺の今の気持ちだよ」
真っ赤なバラの大きな花束を見上げたソフィーは頬を染め、瞳を潤ませていた。
その表情は自分に向けられたのだと、カミーユは信じて疑わなかった。




