26.協力者
ハドリー王国の北側、広大な領地を治めるオーツー公爵家。夏の休暇で領地を訪れていたセリーヌとルーカスの元へ、王家から先触れが届いた。それはバーグマン伯爵家からセリーヌが嫁いで僅か10日後の事だった。
「セリーヌ、王太子殿下がお見えになられる」
「はい、ルーカス様」
ソフィーから届いた手紙をテラスで読み返していたところへ、ルーカスに呼ばれた。親友からの嬉しい報せと同じ頃、ルーカスの元へも王太子殿下から書状が届いていた。王族と懇意にしている公爵家ならば、王太子殿下直々に訪れる事も珍しい事ではないのだろうが・・・。
ルーカスはテラスで微笑むセリーヌの手元を見て苦い表情をした。
「少々厄介な事になるかもしれない」
セリーヌはその言葉の意味を、間もなく到着する王太子殿下の口から聞く事になる。
「ソフィー・ニコル伯爵令嬢を王太子妃に迎えたい」
ウィリアムはオーツー公爵家のソファーに座るや否や、突然話し出した。
状況がわからず呆然とするセリーヌとは対称的に、ルーカスは右手で眉間を押さえた。
「殿下。まず、伯爵家を候補に挙げる事を改めて頂きたく―――」
「そうか。私が伯爵家との婚約を進めていなければ一緒になれなかっただろうな。知っているぞ、夜会でいつもセリーヌ嬢をチラチラ見てい」
「何をご所望ですか!?」
「公爵家次期当主の協力を仰ぎたい」
そう言いながらウィリアムはセリーヌを見つめた。
「あなたはソフィーと二人だけでお茶会をするほど親しいと聞く―――いや、すまない、調べた」
王族が軽々しく謝罪の言葉を述べるのは好ましくないが、ソフィーへの一途な想いが伝わる。そこが、セリーヌには引っ掛かった。
「何故、今になって彼女なのですか?王太子殿下は初恋の方を探して―――あ」
言いかけ、隣に座るルーカスへ視線を向けた。王太子殿下が婚約破棄を繰り返す理由を、彼は知っているのか、話して良いものか、セリーヌは考えあぐねいていた。
「ソフィーが私の初恋の女性だ」
ウィリアムの告白に、セリーヌの瞳が見開かれた。
「彼女も私を待っていた。と、思う」
続けた言葉の曖昧さに、セリーヌは思わず口に出す。
「胸元を見て、婚約破棄されたのではないのですか?それに・・・彼女は私に、好きな人が王太子殿下の側近だったと言いました」
「好きな人・・・と言ったのか?」
複雑な表情をするウィリアムに「はい」と伝えると、セリーヌは話を続けた。
「その公爵家の方との縁談を進めているそうです」
ウィリアムはゆっくりと瞬きをした。
「・・・なるほど」
ソフィーとカミーユの顔合わせの日、深夜にグランヴィルが執務室に乗り込んできた理由をウィリアムはやっと理解した。
「セ、セリーヌ、今、何と?側近で公爵家と言ったのか?」
隣に座るルーカスが声を震わせセリーヌへ訊き直すと、今度はウィリアムへ向け一言、確認する。
「フット公爵家ですか?」
「そうだ」
その返答にルーカスは全て覚り深く息を吐いた。
「・・・殿下の側近にお会いした事はありませんが、彼は表に出て来ない御仁だと耳にしていました。ならば一見辻褄が合わない殿下と妻の話が同じだとわかります」
「公は敏くて助かる」
横に座るセリーヌを置いて話は急速に進んでいく。
「申し上げるのも憚られますが、伯爵位を王族に迎え入れる事は公爵家として容認出来ません」
話は振り出しに戻る。それほど高位貴族には受け入れ難い事だった。
「陛下の許可は随分前に下りている」
「周りの貴族が黙っていないでしょう。史乗から逸脱し過ぎています。最低でも侯爵です」
熱弁するルーカスにウィリアムが問う。
「公ならどうする?」
上手く誘導された!と、ルーカスは一瞬眉をひそめたが、観念して少し考え、提案した。
「爵位を侯爵へ引き上げます。しかし決定には全ての公爵家の承認が要ります。最終的に宰相の判断が必要になりますので一年や二年でどうこう出来る事ではありません」
「一ヶ月だ」
こうしている間にも二人の縁談は進む。有余はなかった。
「・・・っ、無茶を言わないでください。何代もかけて王家へ忠義を尽くし、尚且つ領地も領民も安定した経営と生活が大前提です。持ち直したとはいえ、一度落ちかけた伯爵家では話にならない。匹敵するような―――いえ・・・」
言いかけルーカスはウィリアムから目を逸らした。それはとても危険な、没落だけで済まない提案を口にするところだった。
しかしウィリアムは後に続く話を察した。それは自身が考えていた案と同じだとわかり、口角が僅かに上がった。
「そろそろ失礼する」
王宮の白い馬車の扉が御者の手で開かれた。
ウィリアムは見送りに並んだ公爵家の一同を見渡し、ルーカスの横に立つセリーヌに声を掛けた。
「夫人と少し話がしたい」
邸に並ぶように立つ大樹の下、広がる涼しげな木陰はウィリアムとセリーヌへ降り注ぐ陽射しを和らげていた。
「話を聞こうか」
ルーカスとの話が進む中、セリーヌの表情が暗くなっていた事にウィリアムは気付いていた。
セリーヌは恐る恐る口を開く。
「・・・ソフィーは公爵家の方との縁談を進めています。私は彼女の新しい人生を応援したいのです」
それはセリーヌの本心だった。だがウィリアムも揺るぎない決意があった。
「私はもう、ソフィーに誓いを立てているんだ」
婚姻式で行われる誓い。
ハドリー王国では生涯の相手として右手の甲に口づける。
11年前、嵐で崩れた教会で、ウィリアムは横たわるソフィーの右手に口づけた。
「――――」
セリーヌは驚き言葉を失った。
「彼女は目を閉じていた。私とあなたが言わなければ公にされる事はない」
ウィリアムはセリーヌとの視線を外し、大樹を見上げた。
「ソフィーの胸には、私の不注意でつけてしまった傷があったんだ」
セリーヌは胸元を確認した理由を知り、再び驚いた。
「実際には傷を負っていなかった。傷をつけてしまった責任を取ると理由をつけて彼女を王太子妃に・・・なんて浅はかな考えをしていた事もあった」
ソフィーがカミーユとの婚約を申し出たあの日、自分でなくとも彼女は幸せになれるのだと思い知らされ、11年間を終わらせようとした―――が、
「私は心底、惚れているのだよ。ソフィーに」
そう言い切ったウィリアムのエメラルドグリーンの瞳には、木漏れ日が光っていた。




