25.12年目の夏
寝静まった王城に煌々と光る一室があった。
コンコンコン
「どうぞ」
許可されカミーユが入室すると、呼び出した人物は机に向かってペンを走らせていた。
「こんな夜更けに何か御用ですか、グランヴィル王子殿下」
嫌味に聞こえる話し方には見向きもせず、目を通していた書類の最後にサインを済ますとグランヴィルはゆっくりと顔を上げた。
「結局、兄上には会わせなかったんだね」
「・・・彼女が会わないと言ったんだ。無理強いは出来ない。ウィリアムだって待っていないだろう。俺とお前が勝手にやろうとした事だ」
その通りだ。今日の顔合わせも兄が決めていた。
『私が城で顔合わせをさせると言ったんだ。案内も私がする』
兄はそう言って頑なに譲らず侍従長を困らせていた。きっと兄自ら動くのだと思っていたが、ソフィーを案内した後、執務室には戻らずそのまま姿を消してしまった。ソフィーが帰った今も行方がわからない。
(彼女を追いかけて行ったのだろうか・・・?)
それは憶測ではなくグランヴィルの願望だった。
「グランヴィル、いくつか報告がある」
カミーユはソフィーと二人きりの顔合わせで確認出来た、彼女自身について伝えた。
胸の傷は元々ないという事、11年前のカミーユがウィリアムだと気付いていた事、ソフィー自身も『カミーユ』を探していた事、そして身分差はどうしても埋められないという事・・・。
「それと―――グランヴィル、俺はソフィーと正式に婚約しようと思う」
「・・・何言ってるんだ!!」
「俺の王宮での役目も限界になってきた」
歳を重ねても王妃似のままのウィリアムと違い、二十歳を過ぎてからのカミーユの容姿は父であるフット公爵に似てきた。事実、王宮では二人を間違える者は少なくなってきている。
「近いうちにお役御免になる。まだ公爵家に戻れるかわからないが、彼女は了承済だ」
「・・・っ」
グランヴィルの思考が追い付かない。
(今日だけでそこまで話が進んだのか・・・っ)
手元の書類に視線を落とすと、カミーユは声を掛けず部屋を出て行った。
ゴッ、ゴッ、ゴッ、
荒々しく廊下を歩くグランヴィルを、すれ違う城仕え達は驚きの表情で見送っていた。
平常は物静かな王子殿下に何事が起きたのか。
廊下の端で頭を下げ見送ろうとしていた一人の城仕えの手にしていた物にグランヴィルの目が留まる。
「その飲み物は何処へ持って行くんだ?」
「王太子殿下の執務室でございます」
「兄上は戻っているのか!ならば私が持って行こう!」
ポットとティーカップが二つ載ったトレイを奪うと、兄の執務室へと足を速めた。
コンコンコン
「兄上、入ります」
返事を待たずにグランヴィルは入室する。そこには側近であるカミーユの姿は無く、男の従者が一人、執務の補佐をしていた。
グランヴィルは書類が広げられた兄の手元に無造作にトレイを置いた。ウィリアムは溜息をつくと従者へ目で合図をし、退室させた。
二人きりになった執務室でソファに座り直すと、ウィリアムはティーカップへお茶を注ぎ始めた。
「ソフィー嬢はあの日、胸に傷を負っていない」
グランヴィルの突然の言葉に手元が揺れ、カチャン、と音を立てた。
「カミーユが顔合わせで確認した。しかも彼女はずっと兄上を探してた。・・・兄上、いいの?」
「・・・・今日中に机の物を片付けないとならない。―――入っていいぞ!続けよう!」
ウィリアムは声を張り、廊下で待機していた先程の従者を執務室へ呼び戻した。
「兄上!ソフィー嬢に会ってくれ!早く・・!」
“カミーユと婚約してしまう―――”
そう言いかけ止まる。
任を解かれた後のカミーユを思うと、その言葉を口にする事は出来なかった。
バタン。
グランヴィルが退室すると、ウィリアムは執務室のサイドテーブルから白いカードを二枚取り出した。一枚にペンを走らせ、封筒へ入れると王家の封蝋を押した。もう一枚には届け先の名を記し、従者へ渡した。
「ここへ早急に届けてくれ」
「承知しました」
従者は再び部屋を出て行った。何事もなかったようにウィリアムは再び書類へ目を通す。
お茶が注がれた二つのティーカップは口を付ける事なく冷めていった。
「姉上、どうでした?」
邸に着くなりエリックがソフィーの元へ駆け寄ってきた。
ソフィーは丁度、玄関ホールで侍女のリゼの出迎えを受けていた。
「そうね・・・まずはお父様達へご報告しないと」
ニコリと微笑みそのままリビングへと歩き出す姉の横顔が、11年前と違う事にエリックは困惑した。
コンコンコン
「只今戻りました」
ソフィーの姿を目にし、夫妻は掛けていたソファから腰を少し浮かした。
「ソフィー、どうだった?」
「目が腫れているようだけど・・・」
「お優しい方でした。嬉しくて涙してしまいました」
その言葉に夫妻はゆっくり腰を沈める。そのままソファに背を預け、息を吐いて安堵した。
侍女の用意したお茶を飲みながら談笑が始まる。
エリックは玄関ホールでの姉の横顔を思い出すと、心から笑う事が出来なかった。
その日の真夜中、ソフィーの部屋に灯が浮かんだ。
机に向かい、ペン先にインクをつけ便箋の上を滑らせる。
“親愛なるセリーヌへ
公爵家の方と縁談を進めています。”




