24.親友の好きな人
カミーユはウィリアムから『確認して欲しい』と言われていた事を思い出した。
「ソフィー嬢、ウィリアムから君の胸の傷について聞いたんだけど、何処で治療したんだい?」
傷?とソフィーはきょとんとした。
「傷は元々ございません」
「え!?ない!?」
カミーユは驚いてローテーブルへ身を乗り出し、ソフィーの胸元を見つめた。
目の前に迫って来るカミーユに危機を感じ、ソフィーは両手で胸を隠して身を捩った。
「ご、ごめん!!」
顔を真っ赤にして反省するカミーユの姿にソフィーは再び笑った。その表情にカミーユの心臓が大きく跳ねる。
その動悸を落ち着かせようと、カミーユはソファに背中を預け一度深呼吸をする。
「そうか―・・ウィリアムに伝えておくよ。ずっと心配していたからね」
カミーユの言葉に、ソフィーは『冷酷王太子』の噂を思い出した。
「婚約された皆様の肌をご覧になった理由がわかりました」
「無理やりではないから!噂のような事は、その・・・」
カミーユは慌てて弁解するが、過去に一度だけあった事を思い出し語尾が上手く纏まらない。
「はい、セリーヌから聞いております」
「セリーヌ・・・セリーヌ・バーグマン伯爵令嬢か!ルーカスの!」
「はい」
二人の名前を出され、ソフィーは嬉しくなった。その表情を見てカミーユは呟く。
「君こそ―――幸せにならないと」
微かな声はソフィーの耳には届いていなかった。
ローテーブルに並べられたお菓子の中に、赤い木の実のタルトがあった。カミーユはナイフで綺麗に切り分ける。
「知ってた?このタルト、君に食べさせたくてウィリアムが料理長に作らせたんだ」
「はい、聞きました」
そう答えながら微笑むソフィーを、カミーユは目を細めて見つめた。
「君が大事にしていた本は俺が教会から持って帰ってきた」
「カミーユ様が?ありがとうございます」
「と言ってもウィリアムの両手が鳥の亡骸で塞がっていて代わりに、って感じだったけど―――」
目の前でみるみる青ざめていくソフィーに気付き、カミーユは丁寧に説明した。
話を聞く彼女の表情は11年前に欠けたままの記憶のピースを合わせているようだった。
あの日、知らない間に付いていた胸元の血の滲みは、教会を元気に飛び回った小鳥のものだったのだ。助けられなかった悔しさと悲しみに、ソフィーの肩は震えた。
目を伏せ、暗い顔をするソフィーにカミーユは慌てて声を掛ける。
「あの本、ウィリアムが持ってるんだ。取り返しに行こうか?」
言葉を交わしながら常に思っていた事―――、もう一度ウィリアムに会わせてあげたい、その一心だった。
「・・・いいえ」
首を横に振る彼女の心を察した。
(叶わぬ恋なら、せめて持っていて欲しいという事か・・・)
「―――よし!図書館に行こう!」
王立図書館の受付では司書達の甘い溜息が漏れていた。
泣き腫らした顔を隠すため扇を広げていたが、彼の令嬢だと認識されているようだ。
「(小声)ソフィー様だ・・・」
「(小声)僕、昨年お見かけした事あるよ・・・」
「(小声)お前いいなぁ・・・」
「おーい!」
カミーユの呼び掛けに、司書達は一斉にソフィーから視線を外した。
「王太子殿・・・じゃない、カミーユ様!お疲れ様です!」
“身代わり”の話を聞いたばかりのソフィーは、カミーユが名を呼ばれている事を不思議に思い、カミーユを見上げた。気付いてカミーユが耳打ちする。
「(小声)王宮に長く居るとさ、“王太子殿下によく似た側近”で通るんだよ。あ、公爵家ってのは内緒だけど」
ソフィーが微笑むと、司書達は美しい伯爵令嬢に再び釘付けになった。
「ソフィー様、本日はこちらで王太子殿下をお待ちになられるのですか?」
「違う違う。ソフィー嬢は俺と過ごすんだよ。俺の婚約者だからね」
「え!?」
「え!?」
「えぇ!?」
(王太子殿下は!!?)
司書達に見つめられ、居た堪れないソフィーを助けようとカミーユは彼女の腰に手を掛けた。
「ソフィー嬢、奥へ行こうか―――」
「カミーユ!!」
廊下の向こうから声を掛けられ振り向くと、グランヴィルが館内へと歩いてきた。
ソフィーは慌てて扇を閉じ、カーテシーで迎えた。腫れたその瞳にグランヴィルは一瞬息を呑んだ。
「・・・ソフィー嬢、久しぶりだね。―――カミーユ、話がある」
「ソフィー嬢、掛けて待ってて」
二人は図書館から一番近い部屋へと入って行った。
何事が起きても飄々とかわすグランヴィルが何時になく息を荒げていた。
「一体どうなっているんだ!?今回の顔合わせで全て打ち明ける算段じゃないのか!?兄上の執務室へ彼女を連れて行く事になっているだろう!!」
「全部話したさ!!話して・・彼女はウィリアムへの想いを終わらせると断言した」
「―――兄上の11年はどうなる!!?」
「彼女の11年だって同じだ!!それでも・・・越えられない壁はあるんだよ・・・」
カミーユはグランヴィルを残し部屋を出た。
足早に図書館へと戻るがソフィーの姿が見えない。
キョロキョロするカミーユに、受付の司書が声を掛けてきた。
「ソフィー様でしたら、以前ご覧になった本の続きを読まれています。今、ご案内を―――」
「いや、いい、どの辺だ?」
司書から棚の場所を聞くと、真っすぐ向かった。
通路を曲がったところで、棚の本に手を掛けたソフィーの後ろ姿を見付けた。
カミーユはゆっくりと近づく。
ソフィーのすぐ後ろに立つが、彼女は本に左手を添えたまま動かない。その手に後ろから左手を重ねた。
カミーユも見た事のある背表紙の本から、そっと、ソフィーの手を離した。
右手で広げた扇で彼女の顔は見えないが、細い肩は弱く震えていた。
「ソフィー・・・」
カミーユは後ろから優しくソフィーを抱きしめた。
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