20.再会後
「フフ、あなた大胆な事をするのね」
ソフィーはバーグマン伯爵家へ足を運んでいた。
二人きりのお茶会という名の、セリーヌへの報告会だ。
王太子殿下から婚約破棄を言い渡された後、護衛にと側近を紹介された時の衝撃は、今も鮮明に思い出す事が出来た。
あの夜、王宮から用意された白い馬車で帰路についた。
小窓から外を見ると馬車と並走する黒い馬に、カミーユは跨っていた。横顔が月明かりに照らされ、その凛々しい表情にソフィーが釘付けになっていると、視線に気付いたのかカミーユは、はにかんで見せた。
恋焦がれたカミーユを目の前にして、ソフィーの胸は―――高鳴る事はなかった。
記憶にあるシルバーブロンド、ハドリー王国では珍しいエメラルドグリーンの瞳、そして名はカミーユ。
(王太子殿下によく似た人・・・)
カミーユとの婚約を願い出た時、ソフィーはその場で何らかの進展があると考えていたが、ウィリアムは一貫していた。
『後日、話の場を設ける』
その言葉にソフィーは焦ったが、帰りの馬車に揺られながら安堵した自分に嫌気がさした。
ニコル伯爵家へ到着すると、使用人が数名出迎えた。内一人が伯爵夫妻を呼びに慌てて邸の中へ入って行ったが、カミーユは待つ事なく、
「おやすみなさい。良い夢を」
と、笑顔でソフィーに伝えると帰って行った。その後ろ姿にウィリアムが重なり、後悔の念が押し寄せる―――。
「心ここにあらず、ね。―――ところで、先日あなたから届いた手紙は、何か訊きたい事があるような内容だったけど?」
セリーヌの言葉にソフィーは膝の上に置いた手に力を込めた。
「赤い木の実のタルトの事なんだけど・・・」
「なぁに?赤い木の実って」
(―――え?)
王太子殿下との顔合わせ前、セリーヌから聞いた話の中に赤い木の実の話題が無かった事がソフィーは少し気になっていた。2回目の食事会、自室でのお茶―――。
「私は顔合わせの日に婚約破棄を言い渡されたわ。オーツー公爵家のルーカス様への想いもその場でお伝えしたの。だから2回目の食事会も無いし、王太子殿下の自室にも招かれていないわ」
「では、どちらでドレスの中をお見せになったの?」
「応接間よ。会食後のお話は全てそちらで。―――ねぇソフィー嬢、王太子殿下はあなたを初恋の人だと思ったのではないかしら?」
「私を・・・?」
「結果は違ったけれど・・・。次はその赤い木の実で王太子殿下の初恋の人を探せそうね」
(王太子殿下の初恋の―――)
ソフィーは胸の奥でジリジリする感覚をセリーヌに気付かれぬよう、話題を変えた。
「父から、来月オーツー公爵家との婚姻式が行われると聞いているわ。忙しい時期だと分かっていたけれど、直接お祝いを伝えたくて。セリーヌ嬢、おめでとうございます」
「ありがとう・・・ソフィー」
セリーヌは目に涙を溜め満面の笑顔をソフィーに見せた。
「本当におめでとう、セリーヌ」
ソフィーの瞳にも涙が溢れる。
「王太子殿下の計らいで王城で行うの。大司教様がお越しになるわ」
(王族でもないのに王城で、しかも大司教様?)
ソフィーは驚いた。
「婚約破棄という汚名を雪ぐ、と殿下はおっしゃっていたけど・・・あの方にこそ幸せになっていただきたいわ」
セリーヌの言葉に、ソフィーは胸の奥が再びジリジリとした。
「落ち着いたら公爵邸でパーティーを開く予定なの。ぜひ皆さんでいらして」
「ありがとう、楽しみだわ」
太陽が天高く昇る季節、セリーヌはオーツー公爵家令息、ルーカスの元へと嫁いで行った。
同じ頃、ニコル伯爵家に王家から登城に関しての報せが届いた。
“フット公爵家令息、カミーユ・フットとの婚約について”
(フット公爵家!!だから二人は似ているんだわ!)
王妃陛下とフット公爵夫人が姉妹だという事は、貴族社会では周知の事実だった。しかしカミーユの話題は聞いたことがなかった。
(確かデビュタントを終えた双子のご令嬢が―――)
「ソフィー、気が進まないか?」
ニコル伯爵の問い掛けにソフィーはハッとする。顔を上げると父、母、弟のエリックが目の前にいた。伯爵家のリビングで書状の確認をしていた事を思い出す。
「いいえ、そんな事は―――」
「あるわけないですよ、カミーユですから。まさか、あのフット公爵家とは・・・」
「ご令息がいたなんて初耳だけど・・・エリックはソフィーのお相手の方を知っているの?」
夫人の問いにソフィーが慌てて割って入る。
「エリック!」
「はいはい」
全てを話してしまえばフット公爵家の評判を落としかねない。ソフィーはエリックへ11年前の出来事を口外しないよう目で訴えた。
「ふむ。城で顔合わせを行うようだな。日程も直近だ。急いで登城の準備をしなければ」
顎に手をやり唸るニコル伯爵が見ていた書状―――。
要件のみの文面の最後には、ウィリアム王太子殿下のサインが印されていた。
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