14.それぞれの確信
午後2時。
二人だけの遅めの昼食会が始まった。
向かい合い食事を進めるが、チラチラとお互いを見ては目を逸らし、緊張で声も掛けられない雰囲気が漂う。
ウィリアムはミネラルウォーターが注がれたグラスを胸の高さで少し傾け、そこに映るソフィーの姿を見つめた。
(ソフィー嬢は『カレン』だ)
先刻の図書館での会話に確信を持ったウィリアムは、早急に確たる証拠が欲しかった。
「ソフィー嬢。この後、私の部屋で話がしたい」
「・・・はい」
ソフィーはセリーヌ伯爵令嬢の言葉を思い出していた。
(王太子殿下の寝室・・・“ここ”を確認するんだわ)
胸に手を乗せ息をのんだ。
メインの料理が運ばれる中、様子を見ていた侍従長が少し溜息をもらす。
「殿下、まずは食事をお楽しみください」
「あ・・あぁ、勿論」
目の前の置かれた一皿に、ソフィーはある事に気付いた。
「赤い木の実・・・」
それを見つめるソフィーに侍従長が声を掛けた。
「お気づきになられましたか。ハドリー王国では珍しい、赤い木の実です。ソースに使用すると肉との相性がとても良いのです。アクセントとしてそのままの木の実も添えてありますが、木の実は苦手でございましたか?」
「い、いいえ!綺麗なソースで見惚れてしまいました」
「恐れ入ります。その木の実は11年前、殿下がベントの別邸の森で摘んでこられまして・・料理長に“頼む”と、それはそれは―――」
「ゴホン!・・そこまでだ」
ウィリアムは咳払いで話を止めるとソフィーをチラリと見た。
皿を見つめ微動だにしないソフィーの気をひくため、侍従長の話の続きを自ら語り始めた。
「その実の木は別邸の森にあるんだ。小鳥のエサにと採っていたんだが、口にしたら思いの外美味しくてね」
「小鳥のエサ・・・」
「!いや、酷いものじゃない!」
慌てて取り繕うウィリアムの姿に記憶の中のカミーユが重なり、思わず言葉が出た。
「この実、見た事があります」
「―――そうか」
ウィリアムが驚いた顔をしていたが、ソフィーは気にせずナイフを手に取った。
一口サイズに切った肉に赤い木の実のソースをたっぷり付け、口へ運んだ。
口内いっぱいに広がる風味に思わず笑みがこぼれた。
西の空に、まだ微かに赤が残る刻、真上の紺色の空には星が輝き始めていた。
『私の部屋で話がしたい』
食事を終えるとソフィーはそのままウィリアムの自室へ通され、一人、窓から空を眺めていた。
(月があんなに明るく・・・)
かれこれ2時間は待っているだろうか。先程訪れた侍女が部屋に明かりを灯して行った。
コンコンコン
「すまない、遅くなった」
謝罪をしながら部屋へ入ってきたウィリアムは、お茶を載せたワゴンを引いていた。
「王太子殿下!?」
ソフィーはその姿に驚き、慌てて廊下へ出て侍従を探すが人影すら見えない。
部屋の扉を閉めると、ウィリアムが引いていたワゴンに載せたポットに手を掛けようとしていた。
「あとは私が」
窓際に置かれたテーブルセットに二人は腰を掛けた。
ソフィーが、お茶と一緒にワゴンに載せられていたタルトを切り分ける。
「手際がいいな」
ソフィーの慣れた手つきに感心する。
「侍女たちのようにはいきませんが・・」
ソフィーははにかんで笑って見せた。
ニコル伯爵領の経営が低迷していた時期に何でもこなしていたのだろう。ウィリアムは手を差し伸べる事が出来なかった自分の不甲斐なさに落ち込んだ。
「これは赤い木の実ですか?」
「あ、あぁ」
ソフィーの問いに、お茶とタルトを用意した本来の目的を思い出す。
「食べてみてくれないか?」
ウィリアムに勧められ、デザートプレートにのせた1ピースのタルトをフォークでカットした。
「―――美味しいです!」
「良かった!」
ウィリアムの屈託のない笑顔にソフィーはドキリとした。かと思えば、瞬き一つで庭園を案内された時の何かを探るような眼差しに戻った。
「このタルトは、ある女性に食べて欲しくて私が料理長に頼んで作ってもらったものだ」
(ある女性・・・)
ソフィーの胸がチクリとした。
「ソフィー嬢。食事中に話していた、この赤い木の実を知っているというのは本当か?」
「はい」
「どこで、誰から知った?」
ウィリアムの執拗な問いに、何か機嫌を損ねる事をしただろうかと回顧する。ソフィーはただ、嘘偽りなく答える事しか出来なかった。
「東のベントで・・少年が小鳥に与えているのを見ました」
「いつ?」
「・・・11年前です」
「―――――」
ウィリアムは両肘をテーブルにつけると、組んだ手の上に額を乗せ大きく息を吐いた。
「私はこのタルトを食べさせたい女性を探している。その女性は私の・・・初恋の人だ」
(セリーヌ嬢が言っていた通り―――)
ズキン・・・
(?)
ソフィーは大きくなる胸の痛みに瞳を潤ませた。
ウィリアムは俯いたまま、そんなソフィーに気付かず話を続けた。
「私の噂を知っているのなら、これからあなたに起こる事も予測しているだろう」
その言葉に、ソフィーの潤んだ瞳は一瞬で渇いた。
顔を上げたウィリアムの視線の先には天蓋付きのベッドがあった。
静かに席を立ち、ソフィーをベッドへとエスコートする。
ゆっくり横たわせるとウィリアムは部屋の明かりを全て消した。
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