11.兄の婚約者
午前11時。
カラカラと馬車が走る音が城へ近づく。王宮から迎えに出した白い馬車が戻ってきた。
「グランヴィル殿下、ソフィー様が間もなく到着されます」
侍従の報告に、目を通したばかりの書類にサインをしてペンを置いた。
「応接室に通してくれ。すぐ向かう」
そう伝えたグランヴィルの口角は思い切り上を向いていた。
コンコンコン
侍従が応接室の扉を開けた。
「待たせたね」
グランヴィルが室内へ入ると、ソフィーは透かさず起立し、頭を垂れた。
サイドに流したプラチナブロンドが頬にかかり、顔が見えない。見下ろして確認できるのは伏せられた瞳を覆う長い睫毛のみ。
グランヴィルは兄のウィリアム同様、ソフィーと面識はなかったが、社交界での彼女の噂は耳にしていた。
「楽にしていいよ。私と侍従しかいない」
ゆっくりと顔を上げたソフィーに、グランヴィルは驚いた。
(これは・・・美しいという表現だけでは足りない・・・)
彼女が縁談を断り続けた理由を“領地の経営立て直し”と兄から聞いていたが、これほどの美しさと気品に満ちた令嬢ならば、かなり格上からの縁談も来ていたに違いない。ならば輿入れ先からの支援を条件に話を進める事も出来たはずだ。
(いや、胸に“アレ”があるなら・・・何かしら理由を付けて断っていたのかもしれない)
「あの・・・」
ソフィーの声にグランヴィルは我に返る。
「すまない、見とれてしまったよ」
頬を染め、再び顔を伏せてしまいそうなソフィーに、グランヴィルは慌てて続けた。
「この国の第二王子、グランヴィル・カーロス・ハドリーだ」
「!ニコル伯爵家長女、ソフィー・ニコルでございます」
即座に対応したとは思えない美しいカーテシーに、グランヴィルの顔に笑顔がこぼれた。
(兄上がああなるのも無理ない)
「生憎、兄は急ぎの視察でね。戻るまで私がお相手するよ」
「なんと恐れ多い・・・」
「お茶にする?それとも王宮を案内しようか?」
ソフィーが反応したのをグランヴィルは見逃さなかった。
「何でもどうぞ?」
「・・・それでは、王立図書館への入館は可能でしょうか?」
ハドリー王立図書館。
王宮に併設された、国が管理している図書館。町にも図書館はあるが、ここには発行された全ての書が保管されている。
研究の資料に、不動産の確認に、そして絶版になった本を閲覧に、多くの人が訪れる。しかし入館するには事前に予約が必要で、その予約にも審査がある。蔵書は館外への持ち出しが禁止されている事もあり、入館履歴の確認など厳密な審査が行われている。そのため、予約どころか審査でさえ半年待ちである。
ソフィーも入館の申請をし、審査待ちの状態だった。貴族だからといって融通は利かない。それほど重要な書物も保管されているのだ。
但し、王宮で役職に就いている者は別待遇とされ、開館時間内ならいつでも入館可能である。
「グランヴィル殿下、お疲れ様です。本日は何かお探しでしょうか?」
受付の司書が一礼すると、館内で作業をしていた他の司書達もグランヴィルに向かって一礼した。
「仕事中にすまない。頼みがあってね」
「何でございましょう?」
グランヴィルはニコリと笑うと、振り向き、後ろに立っていた人物に声を掛けた。
「ソフィー嬢、こちらへ」
殿下の背後から出てきた美しい令嬢に、司書達から溜息が漏れた。
「こ、ここちらのごご令嬢は??」
受付の司書は緊張のあまり、どもってしまっていた。
「兄上の婚約者のソフィー・ニコル伯爵令嬢だ」
「え!?」
「え!?」
「えぇ!?」
静かな館内に響く司書達の声に、グランヴィルは人差し指をそっと唇にあてた。
((この方が噂の婚約者様!?))
「読みたい本があるそうだ。案内してあげてくれないか。兄上が戻るまででいい」
「か、畏まりました!!」
「ソフィー嬢、またね」
ソフィーは美しいカーテシーでグランヴィルを見送った。
「それではソフィー様、奥へご案内します」




