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10.懐かしい笑顔

 その日、王宮はいつになくざわついていた。

 “それ”はものの数十分で城の衛兵の耳にまで届くほどだった。

 事の発端は、王太子の部屋へ二人の侍従が朝の身支度に向かった時の事。部屋の前で声を掛ける間もなく扉が開き、王太子は侍従を見るや否や、

「おはよう」

と、二人に笑いかけた。

 自身で支度は終えたようで、部屋を出ると廊下を歩き始めた。

 その後ろ姿をポカンと眺めていた侍従達へ、王太子は何かを思い出したかのように振り向いた。

「庭園にいる。時間になったら呼んでくれ」

「か、畏まりました!」

 そして去り際に再び笑って見せた。


『ウィリアム殿下が笑った!!』


 その事実に若い使用人達は驚きと好奇を隠せない。

「殿下の笑った顔、初めて見た!」

「公務一筋のお堅い方だと思ってたよ」

 その話題に古参の使用人たちは懐かしい姿を思い出す。

「10年振りか・・・」



 噂のウィリアムはバラが満開の庭園で、ソフィーと歩いた順路を辿り、ソフィーと同じ様にトンネルに入ると、隙間から差し込む朝日を眺めていた。


「兄上」


 声の方へ振り向くと弟のグランヴィルが立っていた。

「グランヴィル。お前が呼びに来てくれたのか」

「確認ついでに。朝食だそうだよ」

「確認?何をだ?ハハハ」

 ウィリアムのその表情を見て、グランヴィルは瞳を潤ませ一緒に笑った。

「腹が減ったな。グランヴィル、行こうか」

 二人は庭園の入口へと歩き出した。



(兄は10年前のあの日から笑わなくなった)

 両陛下も知らない、ウィリアムのこの10年間の婚約騒動の原因を、弟のグランヴィルとウィリアムの側近の二人だけは知っていた。

 婚約の儀に同席していないグランヴィルだったが、兄の変わり様から今回の令嬢が探していた女性だろうと推測していた。

「兄上、ソフィー・ニコル伯爵令嬢が今日見えると聞きましたが―――」

「え!あぁ!」

(ん?)

 ソフィー・ニコルの名を出しただけで、いつも冷静沈着な兄が慌て出した。

 事、王太子としてウィリアムは完璧である。国政、外交、全てに於いて臣下からの信頼は絶大で、国民への顔見せはまだ無いが、その姿勢に対する評価は高く支持も厚い。次期国王がウィリアムなら安泰だとグランヴィルは考える。

 しかしそれは妃を迎えてこそ。

「いつ頃お見えに?」

「昼食前かな?」

(かな?)

 まさかソフィー嬢の話をする度にこの状態なのか?と不安がよぎる。

(他の婚約者の時はもっと冷めていたのに・・・)

 そう考えると不安をよそに無性にソフィー嬢に会ってみたくなった。そこでグランヴィルは閃いた。

「兄上、本日のスケジュールは?」

「起案書に目を通した後に、先日起きた西側の橋の決壊の視察へ行きたいんだが―――」

 まず昼食前には戻れないだろう。西側の橋へは移動だけで半日はかかる。

「私がソフィー嬢を出迎えるよ」

「―――え」

 その言葉にウィリアムの足が庭園の扉の前で止まったが、グランヴィル気にせず庭園を出てダイニングルームへと歩き進んだ。

 後方で叫ぶ声が聞こえた気がしたが、振り向かなかった。


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