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1.行き遅れ伯爵令嬢の縁談

 ある晴れた日の昼下がり、王都にあるニコル伯爵の屋敷内に、足早な靴の音が鳴り響いていた。


バタン!


 勢いよく開けられたリビングの扉には、息を切らせたニコル伯爵家当主が一通の書状を握りしめ立っていた。

 伯爵はリビングをぐるりと見渡すと、長女のソフィー、弟のエリック、ニコル伯爵の妻ジェニファーがお茶を始めようとしていた。

「お、お父様?先程書斎へ向かわれたのでは・・・」

そう問うソフィーは、父から『届いた招待状をチェックする』とお茶を断られていた。そのまま書斎の扉は閉められたが、それから3分と経っていなかった。

 ニコル伯爵は家族が寛いでいるソファへつかつかと近付き、侍女が妻のティーカップに注いだばかりと思われる紅茶をテーブルから持ち上げると、一気に飲み干そうとした。

「熱っ!!」

「あなた!?」

予想外の熱さに思わずティーカップを傾けてしまい、自ら口から足元まで紅茶を浴びてしまった。伯爵夫人は慌てて手にしていたハンカチを夫に渡そうとした。

 夫人の前に座っていたソフィーは呆然とし、その隣でエリックは笑いを堪えていた。

「ソフィー」

父に名を呼ばれ、ソフィーはハッとした。父は真剣な瞳をしていたが、恰好が残念だった為、『こぼした紅茶で汚れていますよ』と伝えたかった。

「お前に縁談が来ている」

「え・・・?」

言葉を失った。

 夫人はハンカチを床に落とし、エリックの笑いは止まった。当のソフィーは再び呆然とし、伝えようとしていた言葉を出せずに口を開けたまま。

 伯爵は続けた。

「父親だからというわけではないが、お前はジェニファーに似て気量がとても良い。知識、礼儀作法、どれを取っても淑女として申し分ない。自慢の娘だ。周りも気付いていたからこそ、15歳のデビュタントから参加した全ての社交場で婚約の申し出が絶えなかった。しかしお前が首を横に振り続けて10年・・・もう25歳だ。耳を塞ぎたくなるような噂も出て来ている」

その噂はソフィーの耳にも届いていた。思想が常識から逸脱しているのではないか?既に傷ものなのではないか?不貞を行っているのでは?

「ソフィー、これは最後のチャンスかもしれん。覚悟を決めてはくれまいか?」

 確かに、ソフィーが21歳を越えると縁談の話はほとんど来なくなった。

 その頃ついた名は”頭の固い行き遅れ”。

「そろそろ潮時かもしれないわね・・・」

ソフィーはぽつりと呟いた。そして―――

「・・・承知しました」

その言葉に夫人とエリックが驚く。今までのソフィーなら考える間もなく“お断り”だったからである。

「姉上、本気なのですか!?」

エリックが声を荒げた。本来なら縁談は喜ぶべきであろう事は知っている。

 この国で、25歳で婚約もしないなど、姉自身は元より伯爵家にとってもデメリットしかないのだ。実際、ソフィーと同年の令嬢たちのほとんどは既に子を成している。

 しかしエリックは、姉が頑なに首を縦に振らなかったその理由に思い当たる節が一つだけあった。

「これ以上、家に迷惑は掛けられないわ」

「姉上・・・」

姉弟の様子を見ていた夫人がニコル伯爵に問い質した。

「どちらのお方なのですか?大切な娘です、人となりによっては私からお断りしますよ?」

母のその言葉にソフィーの心は温かくなった。

「実は、な・・・」

伯爵は握りしめていた書状のシワを延ばし始めた。途中、エリックの顔色が、何かに気付き青ざめていく。

「・・・父上・・・その封蝋の紋章、王家のものではありませんか!!」

「!!」

伯爵は書状をソフィーの目の前に広げ、深く息を吐いた。

「そうだ。我がハドリー王国、王太子、ウィリアム・ユージン・ハドリー様との婚約だ」

婚約者として申し分ない、断る理由などない、伯爵家の安泰とソフィーの幸せを約束されたようなものだ。―――エリックは興奮した。しかし今まで縁談を断り続けていた姉の思いを考えると、複雑な感情が入り乱れ、言葉に出来ず口元を手で覆った。

 エリックがソフィーへ視線を向けると、伯爵、夫人と険しい表情で見合わせていた。

「社交界での噂は知っているな、ソフィー?」

「・・・存じております」

「・・・・・」

エリックは三人の顔を順番に見た。舞踏会などのエスコートは父の伯爵が行っていた為わからない。姉と同じ夜会へ参加した事も数えるほどしかない。

(話の流れから、姉上の噂ではないようだ)

恐る恐る問いてみる。

「噂とは何ですか?」

「・・・まずは座ろうか。お茶を淹れなおしてくれ」

ニコル伯爵は扉の近くで待機していた侍女に指示を出した。


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