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コメディー短編

第三王子はおもしれー女をご所望です?

作者: 白澤 睡蓮

「私は殿下に興味ありません。もう帰ってよろしいでしょうか?」

「ふっ、おもしれー女」


 これが第三王子デックスと公爵令嬢メルファの出会いでのやりとりだった。今から五年前、双方十三歳での初めてのお茶会での出来事だ。


 お茶会の後にデックスとメルファの婚約が結ばれる、ということはなかった。このお茶会は婚約の為の顔合わせだとか、そういう類のものではなかったからだ。そもそもこの王宮でのお茶会には、メルファ以外にも多くの令息令嬢たちが招かれていた。


 この時デックスの婚約の話はまだ出ていなかったものの、婚約するならおもしれー女であるメルファのような令嬢が良いと、デックスは薄らぼんやりと考えていた。



 お茶会から二年が経ち十五歳の春、デックスとメルファは国内にある魔法学園に入学した。お茶会以来顔を合わせていなかったデックスとメルファは、入学式で二年ぶりの対面を果たした。久しぶりの挨拶なども特になく開口一番、メルファはデックスに詰め寄った。


「貴方は主人公ちゃんに近付いては駄目よ! 私の最推したる主人公ちゃんを不幸になんてさせるもんですか。貴方のルートだけは、ダメ、絶対。あんなベストエンドをハッピーエンドだと、私は認めない!」

「ふっ、相変わらずおもしれー女」


 メルファが言っていることは何一つ理解できなかったが、デックスはメルファをそう評した。二年間会っていない間に、デックスのメルファに対するおもしれー女ハードルは上がりに上がっていても、メルファはそのハードルを悠々と飛び越えていった。


 一方的にデックスに言うだけ言うと、メルファは何事もなかったかのように去って行ってしまった。それでもデックスは怒ろうとはしなかった。どう考えても不敬な言動だったにも関わらずだ。


 メルファがいれば、魔法学園生活は間違いなく愉快なものになるだろうと、デックスの胸は躍った。胸踊り過ぎて、この日デックスは踊りながら帰宅した。



 入学式から三日後、デックスは廊下でいきなり肩を叩かれた。振り返ればそこにいたのはメルファだった。


「グッジョブよ」


 メルファは笑顔でデックスを褒めてくるが、デックスはメルファに褒められるようなことをした覚えがない。


「僕が何をしたと言うのだ?」

「何もしなかったことがグッジョブよ。共通ルートの貴方の出会いイベントが発生しなかったもの」


 デックスは思わず聞き返していた。


「出会いイベント?」

「共通ルートの最初の方にある、攻略対象の顔見せと顔合わせよ。尺は貴方が一番長くとられていたの。メインヒーローだし当然だったのだけれど、貴方が攻略対象で一番人気なかったのよね。メーカーの力の入れ具合と人気は、比例しないということね。ちなみに私は三週目以降から共通ルートをスキップする派よ」


 メルファは一旦話すことを止めた。しかしすぐに熱い語りは再開される。


「ねえ一つ言わせて。貴方の出会いイベントでの、あの学園の門の前でのドヤ顔スチルは、はっきり言っていらなかったと思うの。もっと別の場面にスチル用意してよ。そもそも、あんなところで第三王子が一体何をドヤってたのよって、貴方に聞いても分からないか。そういえば、貴方って全然ドヤ顔しないのね」


 メルファの言っていることが全く理解できない。デックスは首を傾げすぎて、もはや床と平行になっていた。


「そうね。私は貴方に理解できないことを話していると思うの。でも私は誰かに話を聞いてもらいたくて仕方ないから、今後も一方的に話していくつもりよ。適当にそれっぽく相槌を打ってくれれば、私はそれで満足よ。ふふふふふ、良かった良かった。これで貴方ルートは遠のいたのね。このままとっととフェードアウトしていって頂戴! おーっほほほほほ」


 高笑いと共にメルファは去っていく。最初のやり取り以降デックスが何か口を挟む隙は無く、ほぼほぼメルファの独壇場で終わった。デックスはおもしれー女とも言わせてもらえなかった。もうおもしれー女と言いたいだけになっている気もしなくもないが、デックスは床と平行になっていた首をまっすぐに戻してからしゅんとした。



 魔法学園入学から三カ月が経ったある日、なぜかメルファは廊下で爆笑していた。その場に偶然通りかかったデックスは、ものすごく気になった。なのでデックスはメルファに近付いて挨拶をした。笑い過ぎているメルファは、デックスに挨拶を返すことができなかった。


 爆笑するメルファの視線の先にいるのは、メルファの不登校気味の同級生だ。急に学園に呼び出されたため、制服ではなく私服で来たらしい。彼を見てなぜそこまで爆笑しているのかと、デックスは不思議に思った。デックスの疑問に答えるように、苦しみながらメルファが話す。 


「私服のボタン、ボタンが多すぎる。無理。あれは笑う。三次元だと破壊力が凄い。ボタン何個あるの。無理。ダサい。ボタン」


 今日はおもしれー女ではなくて、面白くなっている女だとデックスは思った。ただの服のボタンでここまで笑えるとは、やはりメルファはおもしれー女だ。


 それからしばらくして、デックスはメルファと私服で会う機会があり、会った瞬間メルファに爆笑された。スケスケアミアミが意味分からないし、ベルトが多すぎてクソダサとのことだった。



 魔法学園入学から半年後、休み時間に教室にいたデックスは、何の前触れもなくメルファに拉致された。拉致されたデックスが連れて行かれた先は、広い訓練場のど真ん中だった。


「主人公ちゃんと直接話してしまったの! 最推しと話してしまったのよ! 近くで見るとますます可愛くて、話すとさらに良い子で、もっとお近づきになりたい!」


 メルファはデックス相手に勝手に萌え叫んだ。わざわざ訓練場まで来たのは、叫んでも問題ないようにするためだったらしい。


「ネット小説で言えば、公爵令嬢である私は悪役令嬢の立ち位置よね。でも私は悪役令嬢ではないの。なぜならこのゲームに悪役令嬢なんていなかったもの。乙女ゲームに悪役令嬢が出てくることなんてまずないのに、乙女ゲームには悪役令嬢がつきものなんてとんだ風評被害よね」


 一気に冷めたメルファの目は死んでいた。とりあえずデックスはおもしれー女と思っておいた。



 学園生活一年目も終盤という日、デックスが中庭で見かけたメルファは、やけに気落ちしていた。ここまで落ち込むメルファを見るのは、デックスにとって初めてのことだった。デックスがメルファに声をかけたくなったのは、至極当たり前だ。


「どうしたのだ?」

「親密度は良い感じなのに、主人公ちゃんのパラメーターの伸びが悪い。ベストエンドを狙うなら、パラメーターも大事なのに! 私ならもっと効率よくできるのに~!」


 ぎりぎりと歯を噛みしめ拳を握りしめ、鬼気迫る様子のメルファは、話しかけづらいオーラを出している。メルファから発せられる負のオーラを気にもせず、デックスは思ったことをそのまま言った。


「ならば君が教導すれば良くないか?」 

「そうよ! このゲームにお助けキャラはいなかった! 私がお助けキャラになればいいのね!」


 先程の様子から一転して、メルファはデックスを放って、元気に駆けて行った。当然置いて行かれたデックスは思うのだ。なんておもしれー女と。



 デックスとメルファが順調に進級して、魔法学園二年目の春。右手で首の後ろを押さえながら廊下を歩くデックスに、メルファが話しかけてきた。


「首を押さえてどうしたのよ?」

「寝違えて首を痛めてしまった」


 いつもと違う枕で寝てしまったのが敗因だ。今日の夜は枕を元に戻そうと考えるデックスの前で、メルファは予想外のリアクションを見せた。


「うそ! 貴方もなの!? これで攻略対象四人目よ……」


 メルファは信じられないと言わんばかりだ。いやそもそも四人目とは一体どういうことなのか、デックスが訊く前にメルファは話を続けた。


「あの立ち絵のポーズは、本当に首を痛めていたからだったのね……。そうだったの……。皆揃いも揃って首を寝違えていたのね……。この世界の人達は、そんなに首を寝違えやすいのね……」


 可哀想なものを見る目で、メルファはデックスに湿布が入った袋をそっと差し出した。デックスはお礼だけ言って、渡された湿布を受け取った。内心ではやはりおもしれー女だと思いながら。


 メルファにもらった湿布は、寝違えた首に良く効いた。どうしてメルファは湿布を常備していたのかと、デックスは後から疑問に思った。


 魔法学園一年目の時から、首を痛めた人々にメルファが湿布を配り歩いていたと、デックスが知ったのはそれから少し後のことだ。どいつもこいつも、やたらに首が弱すぎる。



 魔法学園生活二年目の秋、季節外れの転校生が魔法学園にやってきた。暇そうだからというツッコミどころ満載の理由で、デックスはその転校生の案内役に任命された。


 デックスと転校生は学園の中を並んで歩く。転校生の受け答えなどに問題は無かったのだが、ピピピピやガーといった音が微かに横から聞こえることに、若干恐れを抱きながら、デックスは転校生の案内を完遂させた。


 案内を終え転校生と別れたデックスの後ろから、メルファは突然現れた。


「あの転校生は隠し攻略対象よ」


 いきなりのことで驚きすぎたデックスは、腰をやってしまった。痛む腰に手を当てながら、デックスはメルファの話に耳を傾ける。


「そのポーズは立ち絵のポーズね。って今はそれはどうでもいいのよ」


 デックスにとってどうでも良くないレベルの腰痛は、どうでもいいことにされた。


「この乙女ゲームは魔法学園モノだったはずなのに、彼の正体はアンドロイドよ。何言っているか分からないわよね。安心して。私も自分で何を言っているのか分からないから。攻略対象の意外な正体で、プレイヤーの度肝を抜こうとし過ぎて世界観が迷子気味になるのは、乙女ゲームではよくあることよ」


 腰痛という被害を残して、嵐のようにメルファは去って行った。おもしれーかったはおもしれーかったのだが、今のデックスはそれよりも腰が痛い。


 翌日デックスは腰に湿布を貼って一日を過ごした。近頃のデックスは同じ湿布臭を漂わせる人物達に、妙な仲間意識を抱いている。



 魔法学園生活が三年目に突入した日、メルファのテンションはやたらに高かった。


「主人公ちゃんさすがお目が高い! 一番人気だった幼馴染ルートなのね。幼馴染はとっても良い奴よ。そして幼馴染は私の二番目の推しよ! 目指せベストエンド!」


 我がことのようにメルファは喜んでいた。どれだけ経っても、メルファの言葉をデックスは全く理解できなかった。


 だが問題は無い。


 デックスはメルファをおもしれー女だと思っているので、メルファの理解できない言動は、全ておもしれー言動なのだとデックスの中で自動変換されている。このおもしれー言動により、デックスからメルファへのおもしれー女認定はさらに強まり、理解不能からおもしれーへの自動変換効率が上昇する。


 この様にデックスの中では、永久おもしれー女スパイラルが成り立っているのだ!


 デックスがメルファの言葉を理解できないことに問題は無かったが、一国の王子の中で妙な永久機関が完成しているので、やはり問題かもしれない。



 一年目と二年目に比べれば割と平和な三年目が過ぎ、魔法学園の卒業式の日が訪れた。卒業式が終わった後、メルファは感極まって涙をこぼしていた。


「幼馴染ルートのベストエンドなのね。うう、幸せそうな主人公ちゃんを見ているだけで、儚くなりそう。ぐす。こいつルートのベストエンドなんて、ほぼ洗脳軟禁エンドよ。避けられて良かった。これから先も主人公ちゃんが幸せになりそうで本当に良かった。うう」


 第三王子をこいつ呼ばわりだが、おもしれー女はそれが許されるのだ。デックスはディスられているとは思いながらも、やはりメルファはおもしれー女という思いの方が勝っていた。


 デックスはメルファが言う主人公ちゃんとやらには、魔法学園在学中一切近づかなかった。そのおかげなのか、あんな出会いだった割には、デックスとメルファは友人として良好な関係を築いていた。


 その友人関係は魔法学園を卒業した後も続いた。



 学園卒業から二か月後の王宮で、デックスとメルファはお茶会の約束をしていた。父の仕事の手伝いでメルファが王宮を訪れるので、せっかくだからついでにお茶会をやろうということだった。


 魔法学園を卒業しても、未だにメルファは誰とも婚約していない。デックスも人のことを言えず、誰とも婚約していないままだったが。


 デックスはずっと気になっていたことを、お茶会でメルファに訊いてみた。


「君の恋愛対象は女性なのか?」

「なに急に面白いことを言い出すの。私が主人公ちゃんにご執心だったから? 主人公ちゃんに対して恋愛感情は全く無くて、私の恋愛対象は男性よ」


 デックスの疑問は、メルファに一笑に付された。


「では君はどんな男性が好みなのだ?」

「私の好きなタイプ? 好きなタイプ……」


 メルファは返事に困り、何も言わなくなってしまった。自分が質問した手前、デックスは考えるヒントになればと身近な人物を話題に出した。


「たとえば彼はどうだ?」


 デックスは両手で眼鏡を押し上げる仕草をした。メルファはそれだけで、デックスが誰のことを言っているのかが分かった。


「あの魔法師団長子息? あいつの頭の中はエロいことばかりよ? ああ見えてむっつりよ? でもむっつりなのに貧乳好きなのよね」


 公爵令嬢がそれ言っていいの? とか細かいことは置いておいて、この発言が大問題を引き起こした。 


 デックスに用があり、デックスを探していた魔法師団長子息が、デックスとメルファのやり取りを全て聞いていた。メルファの口からもたらされる、誰も知らないはずの己の性癖暴露を全て聞いていた。魔法師団長子息は『いっそ殺してくれ!』と、窓から飛び降りようとし大騒ぎになった。


 これがつい昨日の出来事だ。



 王宮に設けられた執務室で、メルファと出会ってから今までを回想していて、デックスは思ったことがあった。


「もしや彼女は僕の手に負えない、おもしろすぎる女なのではなかろうか……?」


 デックスの近くにいた従者が、その声に反応した。


「やっと気付かれましたか」


 もっと早く気付いて欲しかったと、従者の言外には滲み出ている。


 一時期デックスはメルファとの婚約まで考えていた。だが今思えば、しなくて正解だった。おもしれー女は婚約するべき相手ではないと、今なら断言できる。


 おもしれーと恋愛はイコールで結ばれるものではない。きっかけにはなるかもしれないが、それとこれは別の話だ。おもしれー女は傍から見ているから、おもしれー女なのである。だから友人ぐらいの距離感がちょうど良い。


 デックスがぽつりとつぶやいた。


「どこかに良い令嬢はいないものか……さすがにそろそろ婚約せねば……」

「では自分の妹はいかがですか?」


 従者は冗談のつもりだった。本当に冗談のつもりだったのだ。



 後日、デックスは従者の妹と婚約した。従者の妹がデックスのことを『うすらおもしれー男』と評したと、まことしやかな噂が貴族社会を駆け巡ったが、真偽の程は定かではない。

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