第98話 ヒロインは悪役令嬢に嫉妬する~sideミミリア~
エルダと共に宮殿の外へ出ると、まず広がるのは薔薇園!
ここに咲いている薔薇はピンクの薔薇ばかりなのね。
薔薇のトンネルを抜けると噴水の広場に出る。噴水もどんだけ大きいの!?
これ、プールとして泳げるくらいの広さはあるよね。
あ、あっちは黄色い薔薇が咲いている。
王城内の東は白い薔薇園、西は紅い薔薇園、南は黄色い薔薇園で、北は紅い薔薇園があるんですって。
黄色い薔薇のトンネルを抜けると、そこには大きなドームのような建物が。
エルダがドームについて説明をする。
「宮廷魔術師の修行の場でもある魔術修練所です。今はアーノルド殿下が貸し切っています」
こ、この建物だけでも野球ができるくらいの広さはあるじゃない。ハーディン王国の王城敷地内って、どんだけ広いのよ?
ドームの中に入ると、そこにはアーノルドが三人の騎士たちと睨み合っていた。
イヴァンとガイヴとゲルドね。
エルダ以外の四守護士たちが、アーノルドの稽古の相手をしているみたい。
一人で三人を相手にするなんて凄い!
「ライトニング・アロー!」
アーノルドが呪文を唱えるとたくさんの光の矢が三人を襲う。
あ、私が座っている見学席はちゃんと防御魔術がかけられているから大丈夫。
「ガーディ=シルド!」
魔術騎士のイヴァンが防御の魔術をかけるけれど、防御の壁は光の矢によって破壊されてしまう。アーノルドの魔術の方が強いのね。
襲ってくる光の矢をイヴァンはことごとく避けるのに対し、ガイヴは何とか避けているって感じね。
身体が大きいせいか、動きが遅いゲルドは肩と足に光の矢が当たってしまい、切り傷ができたみたい。
すごい、アーノルドの魔術の前では防御魔術も無意味なのね。
イヴァンは斬りかかるアーノルドの剣を受け止めた。残りの二人も、アーノルドに斬りかかろうとするけど。
「ウェイブ・ショック!」
アーノルドが呪文を唱えた瞬間、三人は見えない強風に吹き飛ばされたみたいに吹っ飛んだわ。
すご……三人をあっという間に倒したわ。さっすが主人公。格好よすぎるっっ!!
だけど当のアーノルドは物足りなそう。
「まだまだ……これじゃ兄上に勝てない……」
そんな呟きが聞こえてきたわ。
えええ? エディアルドはアーノルドよりも弱い筈よ? 小説ではそうだったもん。
あんなの、恐れることないのに。
でも、油断していたら負けるってことね。さすが、主人公。熱いわね。
アーノルドは引き続き、三人と稽古をはじめたわ。うーん、ずっと稽古ばっかり見るのも飽きるわね。
「エルダ、稽古ってあとどれくらい続くの?」
「そうですね、あと一時間くらいでしょうか?」
げげ……一時間。
そんなに長い間、チャンバラなんか見たくないわよ。
その時、アーノルド達は一度稽古を中断し、こっちに手を振ってきた。
嬉しくなって私も手を振り返すと、ガイヴが大きな声で訴えてきた。
「エルダ、ゲルドが怪我したから、回復魔術かけてくれよ」
「何で私が? 自分で治したらいいじゃない」
「俺たち、もう魔力が残ってねーの!!」
「しょうがないな」
エルダは軽く舌打ちをしてから、三人の方へ走って行く。
そしてゲルドの怪我した足に回復魔術をかける。四守護士の中で一番魔術が使えるのはイヴァンだけど、他のメンバーも中級魔術師の資格を持っているから、魔力さえ残っていれば自分で回復できるのよね。
アーノルドはエルダに向かって言った。
「エルダ、次の稽古は君も参加してくれよ」
「承知しました……しかし、ガイヴとゲルドは、かなり疲れているようです。このままでは稽古になりませんよ」
座り込んでへばっているガイヴとゲルドに目をやりながら言うエルダに、アーノルドは、ふむと頷いてから私に声をかける。
「ミミリア、良かったら君が回復魔術で皆の疲れを癒やしてくれないか?」
アーノルドのお願いに、私はギクッとする。
……い、いや……私、まだ魔術、そんなに使えないのよね。あてにしていたジョルジュにも逃げられちゃうし。
「ご、ごめんなさい。私、急用思い出したから」
「え!? ミミリア!?」
私はくるっと回れ右をして、走って魔術修練所を出ていったわ。
だって、私、まだ聖女の力に目覚めていないの!
今はまだ魔術を使う時じゃないのよ。
それも、これもジョルジュが逃げるから……。
黄色い薔薇のトンネルを抜けてから、再び噴水広場に出たわ。
うーん、今度は白い薔薇園の方へ行ってみようかしら。
こっちの薔薇園は他の薔薇園よりも広いのね。そういえば小説で、白い薔薇園でお茶会をしているシーンが書かれていたような気がする。
白い薔薇のトンネルを抜けると、大きな宮殿がそびえ立っている。
私が住んでいる宮殿と同じくらいね。
呆然とその建物をを見上げていた私だけど、王城の方向から話し声が聞こえてきて、そっちへ顔を向けた。
え……!?
「アドニス先輩、今日はどうしてこちらに?」
「ああ、父に頼まれて書類を持ってきたんだ。クラリス嬢、君はジョルジュ先生と何故王城に?」
「トールマン先生が本をくださるというので」
「俺はその荷物持ちでジジイに呼ばれたんだ」
な、何でクラリスが、アドニスとジョルジュに挟まれて歩いているの!?
ジョルジュは分厚い本を何冊か両手に抱えて、溜息をついているわ。
アドニスはクラリスと話をしていて、何だか楽しそう。あ、あんな笑顔、私には向けていなかったじゃない。
……でも、ちょっと冷静にならないと。
クラリスはアドニスの妹、デイジーと仲が良かった筈。妹の友達ですものね。クラリスとアドニスが親しくても、そんなにおかしくはない。
ふとクラリスがジョルジュの方を見て尋ねてきた。
「ジョルジュ、今日の授業はどんな内容なの?」
「ああ、せっかくだから、今、ジジイから貰った本に書いてある冬眠の魔術について勉強するか」
「冬眠なんか人間に必要ないでしょ」
「人間じゃ無くて魔物にかけるんだ」
嘘、何それ!?
女の教え子ってクラリスのことだったわけ!?
何で悪役令嬢がジョルジュから魔術を習っているのよ!?
「冬眠の魔術かぁ……今日は僕もジョルジュ先生の授業に参加してもいい?」
「んなこと言って、クラリスのこと狙ってんじゃねぇだろうな?王子の婚約者だと分かっていても、狙っている貴族子弟は多いからな」
「僕は狙っていないですよ。でも、クラリス孃、万が一エディアルド殿下の婚約続行が困難になったら、僕の所においでよ」
「エディアルド様と婚約破棄になったら、もう誰とも結婚しません。私はこの国を出て冒険者になりますよ」
「あははは、秒速で振られたな、色男」
「うーん、参ったな。でも今まで女性に振られたことなかったから、ちょっと新鮮かも」
クラリスの奴、即アドニスを振るなんて、有り得ないんですけど。
アドニスはアドニスで暢気に笑っているけどね……って、笑っている場合じゃないでしょ!? あなたはそんなにあっさり振られていいようなキャラじゃないのに。
ゆ、許せない……あんたはエディアルドだけで満足してればいいのに!!
悪女クラリスの頬を叩いてやろうと思って、三人に近づこうとしたけど、そんな私の肩を誰かが後ろから叩いてきた。
誰よ!? 邪魔する奴は。
ムカつきながら振り返ると、そこには数人の侍女らしき女性が私を取り囲むようにして立っていた。
な、何?
「ミミリア=ボルドール男爵令嬢、第二側妃であらせられるテレス妃殿下がお呼びです。来て頂けますね?」
「……」