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第87話 禁じられた混合魔術②~sideエディアルド~

「儂、いくつに見える?」


 うわ、めんどくせー質問。

 小人族の場合、何歳と呼ばれたら喜ぶんだ? 人間の場合は実年齢を予想し、それよりも少しだけ若く言うとか、あるいはギャグで極端に若く言うとか、色々あるけど、小人族の場合は――


「七十五歳に見えますね」

「そこまで若くないわい。見え透いたお世辞を言いおってからに」


 と言いつつ、頬が上気しているので内心では喜んでいるのだろう。

 まぁ、名乗っている年齢より一回り若く言えばいいかな……と思っただけだけど。

 しかしお陰でご機嫌になったのか、目的の本を快く出してくれた。

 そいつは本棚とは別に宝箱の中に保管されていた。


「儂の友人、セイラが書いたものじゃ」

「セイラ?」

「うむ。美しくて、優秀な魔術師じゃった。しかも心も綺麗な人でのう……儂もその時は若かったからの……人間相手に初めて恋をした」


 長テーブルの上に出されたのは分厚い魔術書だった。

 しかも銀糸で細やかな刺繍が施された表紙は、全く色褪せていない。

 大事に、大事に保管していたことが良く分かる。

 気のせいか、トールマン先生の背中が寂しそうに見えた。


「セイラに振り向いてもらいたくて、儂はずっと背の高い人間の姿に化けていたのじゃ……まぁ、友達止まりじゃったがの」


 先生にも青春時代があったんだな。

 しかも背の高い人間の男性に化けていたって……一生懸命で泣けてくる。前世、恋人もなく青春時代を送った俺には羨ましいというか、きゅんとくる話だな。

 

 魔術師セイラ=ライネル


 次期宮廷魔術師長に目された優れた魔術師だったことは魔術書に書かれている。

 けれど、彼女がどんな生涯を送ったか、どんな人物だったかは詳しく書かれていない。

 しかし、今、トールマン先生が出してきた本は、セイラが書いた本だ。


「当時の神官長は燃やすよう命じてきたんじゃがの。儂ら、宮廷魔術師はそれに反抗した……とは言っても、波風立たぬようにはしたがの。偽物の魔術書を皆の前で燃やして見せて、本物はこっそり隠しておいたのじゃ」

「おかげで、こうして綺麗な状態で保存されているのですね。ありがとうございます」

「なんの、なんの」


 クラリスが礼を言うと、トールマン先生は嬉しそうに顔をほころばせた……本当にクラリスには信じられないくらい優しい笑顔向けているな。この爺さん、実は女好きか? 

 本を開いてみると、綺麗な文字で文章が綴られている。百五十年前の文章だけど、現代語訳がいる程でもなく、今の時代でも読むことができる。



 この本は神殿の意志により禁書とされた。

 今は平和な世の中だから、確かに必要はないかもしれない。けれども、いつか魔族がこの世界に攻めてきた時、聖女様と勇者様だけに頼るのはあまりにも酷なこと。

 この書が聖女様と勇者様の助けになることを信じている


【攻撃清浄魔術 クリア・ライトニングの術式】



 その次の頁には事細かな術式が書かれていた。

 クリア・ライトニングは清浄魔術と、光の攻撃魔術を組み合わせた魔術。

 二つの魔術を一つの魔術として使うのは、上級魔術師でもかなりの技術が必要とされる。

 やり方が分かったとしても、出来るようになるまでは少し時間がかかるかもしれないな。

 頁の最後にはもう一冊の本があることを示唆していた。



 なお、清浄魔術と炎の攻撃魔術を組み合わせたクリア・フレムは、勇者の迷宮に隠しておいた。清く正しい人間があの本を手に入れることを願っている




 勇者の迷宮?

 もしかして勇者の剣が眠っているダンジョン、ピアン遺跡のことだろうか。

 小説であれば、アーノルドが国王になる前に、ミミリアと四守護士と共に挑んだダンジョンだ。

 攻略不可能と名高かったダンジョンをアーノルド達がクリアできたのは、セリオットという名の冒険者の幽霊が案内してくれたことが大きい。

 小説どおりに未来が進むのなら、もう一つの魔術師セイラの書はアーノルドが手に入れることになる筈だ。


 しかし小説通りにいかなかったら?


 正直、神殿で精進もせずに、アーノルドとイチャイチャしているミミリア、それに四守護士も俺一人を倒すことができない体たらく振りだ。そんな状態で、あのダンジョンに挑んでいいものか……もう不安しかない。

 俺もダンジョンに付いていってやりたい所だが、多分アーノルドは嫌がるだろうし……あれ? 俺、反抗期の息子に悩む父親みたいになってないか?


「ざっと読んだ限り、攻撃魔術と清浄魔術の混合に危険性は感じられませんね。神殿はなぜ、これを禁止したのでしょうか?」

「セイラは美しすぎた……そして優秀すぎたのじゃ」

「どういう事ですか?」

「セイラの活躍は、聖女を凌ぐほどだった。その美しさも……聖女の力を絶対とする神殿として都合が悪かった。ある時、セイラは聖女の信者によって殺された。信者にとって、セイラは偽聖女だったのじゃ」


 聖女の信者――小説にも登場していた。無条件に聖女を信じる人たちのことだ。聖女ミミリアを守る為、信者は命をかけて魔物達と戦うのだ。

 物語では味方だったから良かったが、聖女というだけで無条件に信じてしまうというのは、あまりにも危険すぎる存在だ。


「セイラも自分の運命を悟っておったのじゃろう。亡くなる前日にこの本を儂に預けたのじゃからの」


 酷すぎる話だ。

 神殿は混合魔術の普及によって、聖女の……いや自分たちの権威が衰退することを恐れたのだ。

 だから攻撃魔術と清浄魔術の混合魔術を禁止した。

 回復魔術と清浄魔術の混合魔術が禁止されなかったのは、恐らく必要に迫られたからであろう。

 毒の魔物に噛まれた時は、解毒魔術をかけてから、回復魔術をかけるのが普通であるが、魔物と戦っている間は、二度も魔術を唱える余裕がない時もある。そういう時、回復解毒魔術が必要とされるのだ。



 しかし攻撃魔術と清浄魔術の混合は、主に瘴気が立ちこめた地帯で暴れる魔物に有効な魔術。

 そういった魔物達を倒すのは聖女の役割だった。

 しかし聖女の到着が間に合わなかった時、セイラが聖女の代わりにそういった魔物たちの相手をしていた。それが神殿や信者達にとっては面白くなかったのだろう。

 俺は先生に尋ねた。

 

「……先生、大切な本であることは重々承知なのですが、この本を借りてもよいですか?」

「ああ、かまわんよ。セイラはこの本が役立つことを望んで書いたのだから」


 愛した女性との思い出の本だったから、そう簡単に貸してくれないかと覚悟していたが、意外と快く貸してくれた。

 俺はクラリスたちと顔を見合わせ、うなずき合う。

 魔族と戦う為には混合魔術も積極的に取り入れないと。

 出来れば、炎の魔術と清浄魔術の混合魔術、クリア・フレムも覚えたいんだけどな。

 勇者の剣はアーノルドにあげるから(というかアーノルドにしか使えないし)、セイラの書だけでも取りにピアン遺跡に行ってしまおうか?



 ピアン遺跡行きの実行はなかなか難しいとして、とにかく出来る事からはじめないといけない。

 一人でも多くの魔術師にクリア・ライトニングの修得をさせないと。

 しかし世間的には禁止の魔術。全ての宮廷魔術師に大々的に教えるわけにはいかない。

 宮廷魔術師の中にはテレスを支持している奴らもいる。そういった連中は神殿とも繋がっている可能性があるのだ。何しろテレスは神官長の姪だからな。

 そこでトールマン先生が信用出来る優秀な魔術師達を俺たちに紹介してくれた。


「皆、口が堅い弟子たちじゃ。ま……神殿側の人間に喋ろうとしたら、口が開かなくなる呪い……じゃなくて魔術もかけておいたからの」



 今、呪いと言いかけたよな?

 ……うーん、聞かなかったことにしよう。

 紹介してくれたメンバーは、真面目で普段から口数も少ない魔術師ばかりだ。

 トールマン先生は、混合魔術を普及させたいというセイラの願いを叶えることが出来る、とあって、俺たちに協力を惜しまなかった。


 ある日、俺はトールマン先生に呼び出され、魔術研究室の地下私室を訪れた。

 珍しく椅子に座るよう勧められ、お茶も出された。

 向かいに座ったトールマン先生は、ふうっと息をつくと、不意に鋭い目を向けた。


「今日、儂が呼び出したのは、殿下に伺いたいことがあったのじゃ」

「伺いたいことですか?」

「殿下は、自分がこの国の君主になることを考えたことがあるのかの? 一度、それを確認しておきたいのじゃ」

「……!?」



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