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第81話 寂れた実家~sideクラリス~

 久々に戻って来た実家は以前より寂れたように見えるのは気のせい? 

 庭園が荒れている……

 庭師は何をしているのかしら?

 もしかして人件費削減のために、庭師をクビにしたのかしら? 

 正面玄関の扉を開けると、ぎぎぎっと音が響く。

 ロビーの窓も拭けていないし、電灯代わりの魔石も点滅している。

 所々、メンテナンスが出来ていない部分があちらこちらにある。


 そういった使用人も辞めさせたのかも知れないわね。


 もちろん私が帰ってきたところで出迎える人はいない。私は自分の存在を消しつつも、そっと自室に入り、そのまま部屋に引きこもることにした。



「失礼します」


 帰って早々、ノックもなしにメイドのカーラが嬉しそうに食事を運んできた。

 何、その待ち構えたような感じ。

 持ってきた夕食はと……トマトのスープかしら? 何だかスープの色がすこし紫がかっているのは気のせいか。


 ――どんな腐った材料入れたんだか。絶対食べない方がいいわね。


「全部召し上がってくださいませ。王妃さまになる方は健康第一ですから」


 よく言うわ。

 今まで不健康なものしか出したことないくせに。

 デスクの上に置かれたスープは、見ればみる程毒々しいので、放っておくことにする。


 母親の形見を取り返したら、とっとと出て行くつもりなので、私は着いて早々、帰りの荷造りをした。

 鞄の中に魔術書や鉱石の図鑑、言語辞典など実家にいる間愛読していた本を鞄に詰め込む。それから何枚か平民の服も入れておく。

 平民に変装して街へ出ることがあるかもしれないもの。

 ふと、机の上に目をやると、一枚の封筒が置いてあるのに気づいた。

 赤い封筒に金の薔薇が描かれたそれは、とても見覚えがあるもの。

 テレス妃から再度、お茶会の招待状が届いていた。手紙の内容は、今度は二人きりでお茶会をしたいとのこと。


 あの人、私の話を聞いていたのかしら?

 

 そもそもテレス妃は私のどこが気に入ったのか? あれほどきっぱりと断ったにも関わらず、また招待状が来るなんて。

 差出人の意図が分からず、首を捻っていた所、コンコンと窓を叩く音が聞こえた。

 私はぎょっとしてそちらへ目をやると、窓の向こうにはエディアルド様がにこやかに手を振っている。

 目を擦ってもう一回窓を見る……やっぱりエディアルド様だ。

 私は慌てて窓を開けた。


「エディアルド様、もう連絡が届いたのですか?」

「ああ、スーザン嬢が血相を変えて俺に伝えてきてくれたよ。たまたまその場にコーネットが居合わせていたからな。スカイドラゴンに乗せて貰って、一気に飛ばしてきた」

「護衛もなく来るなんて、無謀ですよ」

「外にはコーネットも待機しているし、こんなボロ貴族の家、俺だけで十分制圧できる」


 ……ボロ貴族。

 ま、まぁ、庭も酷かったし、外観もお化け屋敷みたいだったものね。

 経済的に逼迫しているのは手に取るように分かる。


「正面から訪問したら、執事に君は今体調を崩して面会謝絶だって断られたよ」

「全くもって健康ですよ。執事もいくら急に来られたら困るからって、そんな嘘をつくこともないのに」


 一応苦笑するものの、エディアルド様を招き入れなかった最大の理由は、侯爵令嬢を物置部屋に住まわせているという事実を知られるわけにはいかないからだろう。

 それにしても窓からの訪問って……王子様とは思えないくらいアクティブなのよね、エディアルド様って。

 ふと空から雷の音が聞こえ、私はエディアルド様に中に入るよう促した。

 

「エディアルド様、もうじき雨が降ります。粗末な所ですが、どうぞお上がり下さい」

「外にいるコーネットも呼んでくる」


 エディアルド様は一度、外で待機しているコーネット先輩を呼び寄せてから、二人して窓から部屋に入って来た。

 秋も深まり、肌寒い時期になってきている。エディアルド様達が風邪を引いたらいけない。一応、暖炉の火は絶やさないようにしているから、部屋は暖まっている。

 エディアルド様はまるっきり手入れがされていない私の部屋を見回しながら、苦々しい表情を浮かべる。


「実家での君の扱いは、俺の想像を絶するな」

「いえ、慣れたら快適ですよ」

「一日も早く、君をここから引き離さないと」

「明日には寮に戻りますから。今日一日くらいだったら平気ですよ」



 エディアルド様とコーネット先輩にソファーに座るよう勧めたいけれど、ソファーがボロすぎて、なかなか勧められない。

 他に座れそうな場所は、勉強机の椅子くらいだけど、デスクの上にはあの毒々しいスープが。

 コーネット先輩はそのスープの存在に気づくと、私に尋ねた。


「あれはクラリス嬢の夕食?」

「はい」

「なかなか素晴らしい腕前の料理人だね。どんなに下手な料理人でも、こんな紫色はだせないよ」


 嫌味混じりに感心するコーネット先輩。はい、私も同意見です。

 あの料理人、調理よりも調毒の才能の方がありそうだわ。

 エディアルド様が神妙な顔で問いかける。


「君はあれを口にした?」

「いいえ、あれを口に出来る程の舌スキルは持ち合わせていません」


 首を横に振る私に、エディアルド様は安堵した表情を浮かべてから、胸ポケットにある瓶を取り出した。

 あ、あれはククルンの店にあるミールの水が入った小瓶だわ。

 エディアルド様はスープにその水を数滴垂らした。


「!?」


 す、スープの色が青い入浴剤を入れすぎた風呂の色と同じ色になっているっっ!?

 私はみるみる顔が青ざめる。

 ミールの水は毒に反応する。毒が入っている食品は青く変色するのだ。

 毒々しいとは思っていたけど、まさか本物の毒が混ざっていたなんて。

 しかも青の色がめちゃくちゃ濃い。

 それだけの猛毒がこの中に混じっているということだ。


「一滴飲んだだけでも即死ですね」


 コーネット先輩の言葉に私はぞぞっとする……い、一体誰がこんな毒を……。


 その時ドアをノックする音が聞こえてきた。

 こっちが「どうぞ」という前に、カーラはドアを乱暴に開けて入って来た。

 彼女は残っているスープを見るなり、ヒステリックな声を上げた。


「ああ、お嬢様!! やはりスープをお召し上がりになっていらっしゃらないっっ!! 王族の婚約者であろうお方がそのような我が侭が通るとお思いですか!?」


 何としても毒入りのスープを飲ませるよう命じられていたのだろう。

 カーラはデスクに置かれている、スープの皿がのったトレイを手に持つと、憤慨露わに大股でこちらに歩み寄ってきた。

 しかし途中でようやくエディアルド様とコーネット先輩の存在に気づき、身体を硬化させた。

 硬化じゃなくて、もう石化といってもいいわ。

 メデューサにでも睨まれたかのように、石のようになってしまったの。


「へえ……このスープがシャーレット家の夕食なんだ?」


 凍り付くようなエディアルド様の声音に、カーラは全身を蒼白にし、トレイを持ったままその場に跪く。


「え……エディアルド殿下、さ、先ほどお帰りになられたのでは……」


 エディアルド様がトレッドに面会を断られ、帰る所を見ていたのだろう。それなのに、何故私の部屋にいるのか疑問に思ったみたいだけど、声が完全に上ずって、身体もぶるぶると震えている。

 


「それに、そちらの方は」

「初めまして。ウィリアム家のコーネットと申します」

「う……ウィリアム家」


 爵位としては同等の侯爵家だけど、領地の規模も経済の規模もウィリアム家の方が断然上だ。

 白目を剥いたカーラは、今にも仰向けに倒れそうなくらい足元がふらついていた。

 エディアルド様は溜息交じりに言った。

 

「クラリス嬢は料理にいちいち文句をつける我が侭な娘だって噂が立っていたんだけど、こんな毒入りじゃ文句も言いたくなるよ」

「ど、毒入りなんて滅相もない!! ……ううう……エディアルド殿下はまさか私を疑っていらっしゃるのですか……私はいつもクラリス様の為に毎日心を込めてお世話をしていましたのに」


 うわ、泣き出したよ。

 前世にもいたなぁ、こういう子。私がミスを指摘したら大粒の涙を流して、酷いだの、そこまで言うことないのにって喚いて。結局私が悪いってことにされたのよね。

 カーラも前世のあの娘のように、顔は可愛らしいから、コロッと騙されてしまう男の人はいるだろうけど、エディアルド様は冷笑する。


「じゃあ、君がこのスープ毒味してくれる?」

「え……?」

「俺も出来れば君を疑いたくはない。疑いを晴らす為には、このスープが毒入りじゃないことを君が証明すれば良い。とても簡単なことだよ」

「……!!」


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