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第76話 呪いと悪女、そして魔族の存在~sideエディアルド~

 呪いだと? 

 確か呪縛魔術は小説の外伝で初めて出てきた筈だ。

 アドニスがにわかに信じがたい表情を浮かべている。


「呪縛魔術は国内では禁止されている筈です。呪縛魔術を生業とする呪術師だと判明すれば極刑は免れられませんから」

「世界的にも禁止されているけれど、息をひそめて暮らしている呪術師はまだいるからねぇ。我が国では徹底的に排除しているけど、となりのユスティ帝国なんかそういうとこ緩いからねぇ」

「悪女キアラを生んだ国ですからね」

 アドニスは眉間に皺を寄せ、手元にあるコーヒーカップを軽く睨んだ。


 ユスティ帝国。

 あの国には伝説の悪女がいる。小説の外伝にも書かれていたし、現実でも史実として歴史書に載っている。


 彼女の名前はキアラ=ユスティ


 先々代の皇帝の妃が、我が子を皇太子にするために、邪魔な人間を悉く殺していったという。悪女によって関係者が千人以上死んだらしい。

 キアラはその時、呪術師を雇い、関係者に呪いをかけたと言われている。

 コーネットがクロノムに尋ねる。

 

「伝説の悪女キアラ妃のように、テレス妃殿下が呪術師を雇った可能性があるのですか?」

「まぁ呪術師が旅行者を装って国内に入り込むことは可能だからね。私は呪術師ですって名札がついているわけじゃないし」

 

 クロノム公爵はそう言ってコーヒーを一口飲んだ。

 念のため俺は公爵に確認しておく。


「母上も呪いにかかっているという可能性はないでしょうか?」

「城内の魔術無効は強力だからね。そんな場所で呪いをかけても無駄だよ。だから毒殺という方法にしたんだろうけど」


 ま、そうだよな。

 呪いが自由自在だったら、俺もとっくに呪われているもんな。


「呪縛魔術は上級魔術師クラスの人間は、まずかかることがないよ。魔術は基本、自分の実力と同等か、それ以下の相手にしか効かないから」

「……呪縛魔術の勉強もした方がいいのかな」

 俺の呟きに、クロノム公爵はうんうんと頷く。

「そうだね。国内では禁止されているけど、今みたいなこともあるから、知識として知っておいた方がいいとは思うよ」


 うーん、禁止されている呪縛魔術について書かれた本が、ハーディン国内にあるかどうかだけどな。クロノム公爵は多少知ってそうだし、何かしらの書籍は持っているかな? あるいは隣国のユスティ帝国だったら、呪縛魔術の本も置いてあるかもしれないな。

 クロノム公爵は顎をさすり、不思議そうに首を傾げた。



「でも、呪術者の居所が分からなければ、国内に呼び寄せることもできない。外交に疎いテレスちゃんが外国の呪術師の居場所を把握しているとは思えないんだけどね」



 テレスは国内の貴族に愛想を振りまくのに忙しいからな。取り巻きの誰かが入れ知恵でもしたのだろうか? テレスの腰巾着の面子を思い返してみるが、どう思い返しても太鼓持ちぐらいの才能しかなさそうな人間ばかりだ。


「テレスがユスティ帝国の皇室と繋がっている可能性も低いか」

 俺の呟きにアドニスが答える。


「ユスティ帝国の使者が来ることはありましたが、私や父上が応対していましたし、使者がテレス妃に接触したという報告は聞いていません」


 他国の使者の動きには注視しているアドニスやクロノム公爵のことだから、その点は間違いないだろうな。

 

「テレスとユスティの繋がりは置いておいて、呪術が解けないとバートンは自供できないということですね」

「それどころか、罪に問うことも出来ないね。呪術がかけられた人間の証言は認められないというのが我が国の法律だからね。呪いで嘘の証言をさせるのも可能だし、都合が悪い証言をしようとしたら死ぬ呪いがかけられている可能性もあるしね」


 クロノム公爵は詰まらなそうに口を尖らせている……バートンを締め上げる気満々だったみたいだな。

 俺は腕を組み天井を見上げた。


「じゃあ、呪縛魔術を解くのが先決か……魔術無効で解くことはできないのですか?」

「それができたらとっくにバートンの呪いは解けているさ。ウチの敷地にも強力な魔術無効がかかっているからね。一度掛かった呪いは簡単にはとけない。もし呪いを解きたいのであれば、呪いをかけた術者を捕まえないとね」

「他の魔術師では解けないのですか?」

「解けないことは無いけど、他人がかけた呪いを解くのは時間が掛かるんだよね」

「そうなると呪いをかけた呪術師を探さないとな。既にテレスに殺されてなければいいが」

「それは大丈夫でしょ、呪術師は貴重だからね。まだテレスちゃんにとっても利用価値があると思うし。それにバートン君が生きている間は殺したくても殺せないと思うよ。呪術師を殺したら呪いが解けちゃうから」


 クロノム公爵の言葉に俺は溜息をつく。

 そう簡単にテレスを追い詰めることはできないか。

 まさか身内に呪いまでかけるとはな……まぁ、身内も信用していなかったってことなのだろうが。

 魔族たちが攻めてくる前に、あの女を何とかしたかったんだけどな。

 原作は国を守る為に、悪女となったテレス=ハーディン。

 もし、原作通りの女性であれば、今の時点で俺の命を狙ったりはしなかったし、母上に毒を盛るようなこともしなかった筈。原作の悪女は国の害になる者を排除しようとしていたのに対し、現実のテレスはまだ国の害にもなっていない俺や母上を殺そうとしている。

 あの女は国のことなど何も考えていない。自分の野望のために、アーノルドを皇太子に据えようとしているのだ。

 俺は苦々しい表情を浮かべ呟く。


「魔物の軍勢がここに襲来する前に、アーノルドとミミリアには勇者と聖女の自覚を持って欲しいのだが」 

「勇者の母親が毒親では絶望的ですね」

「……」


 アドニスの無情な答えに俺はがくりと項垂れる。

 コーネットが改めて俺に尋ねてきた。


「魔族は、本当に存在するのでしょうか?」

 

 現在、魔族の姿を見た人物はいないとされている。

 ほとんど伝説のような扱いだ。


 魔族は見た目人間と同じ姿をしているが、その実体は醜い怪物だと言われている。

 人間よりも体力、魔力が上回り、かつては人間と同じ世界に住んでいた。

 ハーディン王国やユスティ帝国があるアノリア大陸と魔族が住むレギノア大陸は内海を挟んで向かい合っていたのだ。


 魔族達は自分たちの領土を広げるために、人間達の住む大陸を瘴気で満たし、自分たちが暮らしやすい大陸につくりかえようとした。

 だが女神ジュリはそれを許さず、魔族が住む瘴気に満ちた大陸を世界の最北端に置くことにした。

 そして魔族たちを人間が住む島や大陸に近づけさせないため、海上に境界線を引いた。


 魔族がアノリア大陸を目指そうと、境界線に触れるとその魔族が乗った船は必ず行方不明になる。

 また、人間がレギノア大陸を目指そうとしても、その船は行方不明になるという。

 アドニスが溜息交じりに言った。

 

「普通の移動では魔族がこの国に入り込むことはまず有り得ない」

「しかし、数百年に一度、アノリア大陸の侵入に成功した魔族が現れ、魔物を率いて人間に戦争をしかけたというのは史実として書かれている」


 俺はアドニスに向かって淡々と答える。

 今、アノリア大陸に住む魔物たちは神話時代、レノギア大陸に住んでいた魔物の生き残りだ。神話時代から魔族は魔物を操り、人間が住む大地を侵略していったのだ。

 女神が大陸を切り離してから、アノリア大陸に取り残された魔族と魔物達もいた。魔族は清浄な大地では生きることが出来ずに死に絶えたが、魔物は瘴気がなくても生き残ることができた。

 もし強力な魔術師である魔族がアノリア大陸に侵入すれば、今森に住む魔物たちはたちまち兵士にさせられてしまう。

 

「次元を越える転移魔術を使いこなす強力な魔術師であれば、魔物を操るのはたやすいことだ。人間が住む世界にも数百年に一度絶大な力を持つ聖女が誕生しています。魔族側にもそういった稀な存在が生まれても可笑しくはない」


 実際に小説でディノは転移魔術を駆使し、人間側の世界に侵入することに成功している。まぁ、この場ではあくまで一つの可能性として示唆しておくことにする。

 その場にいる面子は俺の言葉を笑い飛ばさずに聞いていたが、クロノム公爵が不思議そうに尋ねてきた。


「でも、そんな女神の神託を受けていたのなら、何故神官に相談しなかったの?」


 確かに普通は神託を受けたので有れば、まっさきに神殿に報告をした方がいいのだろう。あくまで神殿がまともに機能していれば、の話だが。


「神殿側はアーノルドを支持しています。俺がこんなことを言っても信じないでしょうし、信じたとしても“聞かなかったことにする”と思います」

「確かにね。下手をしたら、神託を聞いた王子を《《いなかったこと》》にするかもね」

 

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