第64話 悪役王子対主人公~sideエディアルド~
「……四守護士がこれじゃ先が思いやられるな」
嘆息をする俺を、イヴァンが意外そうな目で見ている。
まさか自分たちの先行きを心配する言葉を漏らすとは思っていなかったのだろう。
まぁ、記憶を思い出す前のエディアルドだったら、単純にいい気になって、四守護士を見下していたかもな。
今はそんな目先の勝利に酔っているヒマはない。こいつらにはもっと強くなってもらわないと困る。
もし小説通りの未来が待っているとしたら、ハーディン王国は魔族の皇子ディノが率いる魔物の軍勢に攻め込まれることになるのだ。
魔物は人間を相手にするより遙かに手強い。
人間よりも身体が大きな魔物もいれば、力が強い魔物もいる。空を飛ぶ魔物を相手にしなくてはいけないこともある。
あらゆる事態を想定した戦いの経験が必要とされているのに、こいつらときたら、簡単な罠にかかるわ、魔術も中途半端だし、剣術も打ち込む力が弱いし、剣技もウィストよりだいぶ劣る。
いや……他の騎士たちに比べれば、群を抜いて強いことは分かっている。こいつらは圧倒的に経験値が足りないのだ。俺は毎朝、ウィストと共に様々な種類の魔物を相手に戦ってきたし、ロバート将軍をはじめ、実戦に慣れた騎士たちとも手合わせをした。
四守護士たちは、実行部隊の魔物討伐以外、魔物との実戦経験はないはずだ。しかも実行部隊の仕事も、アーノルドの護衛が優先になっていて、後回しになってしまっている。
人間同士で戦うのであれば、今の実力で問題ないが、相手はあの魔物たちなのだ。
しかもその魔物を操る魔族の皇子はさらに強い。
ディノの襲来のことを考えたら、マジで頭が痛い。
一人でも多く強い騎士がいてくれないと、その分俺に負担がかかるだろうが。
だけど四守護士以上に強くなってもらわないといけないのは、主人公様だ。
一度、アーノルドの実力を見極めなければならない。
俺はふっと冷ややかな笑みを浮かべ、主人公様を煽ってみることにした。
「以前から俺と手合わせをしたいと言っていたよな? こいつらじゃ準備運動にもならないから相手になってくれないか?」
うん、我ながら悪役っぽい発言。
蜘蛛の巣にかかったままのガイヴが、もの凄く殺気だった目で俺を見ているけどな。
真っ先にやられたくせに。
柔和なアーノルドの顔が、見たこともないくらいに険しくなる。
仲間を貶されて怒りを覚えているのだろう。まぁ、言い方は悪いのは認めるが、俺は本当のことを言っただけだ。ハッキリ言って準備運動にもならなかった。
「僕との勝負は魔術を使用することを禁じてください。魔力が底を尽きた時の実戦も必要でしょう」
「ああ、かまわない。実戦ならそういう状況もあり得るからな」
まぁ、魔術を禁止するのは正解かもしれないな。
アーノルドも上級魔術師クラスの実力はある。俺も資格こそはないが上級魔術師クラスの魔術は心得ている。
戦いに夢中になりお互いが本気になって魔術をぶつけ合ったら大惨事になりかねない。
アーノルドも俺も片手剣を愛用している。
剣の長さもほぼ同じ。アーノルドも剣技の鍛錬は怠っていないようで、よく使い込まれた剣を使用している。
俺とアーノルドは同時に剣をかまえた。
どこからかかってくるのか予想が付かないウィストと違い、まっすぐ俺に向かってくる気配しかしない。
正面から切り掛かってくるアーノルドの剣を俺は受け止めた。
キィィィィン……!!
く……さすがにイヴァンと比べると剣が重い。
顔に似合わずかなりの腕力があるな。しかも次の攻撃の切り替えも速い。
一見、軽やかに剣を振るってはいるが、いざ剣と剣がぶつかり合うとこちらにかなりの負荷がかかってくる。
剣自体にも重みがあるし、それを振るうアーノルドの力も尋常では無いのだ。この実力であれば、ロバート将軍のように一人でドラゴン族の魔物を倒すことも可能だろう。
「アーノルド殿下の剣を弾いただと!?」
ガイヴが驚きの声を上げる。
俺に斬りかかる前に罠にかかってくれたから、ガイヴの実力がどの程度かは不明だが、少なくともアーノルドの剣を受け止められる程の力はないのだろう。
それは無理もないことで、アーノルドはあくまで主人公。女神に選ばれた勇者であり、普通の人間以上の力を持っているのだ。
さしずめ俺の場合は悪役パワーだな。主人公と張り合う為に生まれてきた存在だから、アーノルドの剣を受け止められるだけの力はある。
キィィィンッッ!
再び剣と剣がぶつかり合った時、火花が散った。
ぞくっと寒気を覚えるのは多分武者震いって奴だろう。
まるでお手本のような美しい剣筋、反転させ斬りかかる姿も、正面から斬りかかる姿も絵になる主人公様だ。
俺の姿も傍から見たら絵になっているのだろうか?
「兄上、何を考えているのです!?」
「どうでもいいことだ。お前こそ戦っている時にしゃべりかけるな」
「い、以前の兄上はそんな説教じみた反論はしなかったのに」
「だから喋りかけるな」
軽口をたたき合いながら剣を交える俺たち、今、兄弟みたいじゃないか?
俺はな、ちょっと嬉しいんだけどな。
お前と兄弟らしい喧嘩が出来て。
……でも、多分、お前はそんな風には思っていないのだろうな。
アーノルドの攻撃を悉く受け流す俺に、イヴァンの呟きが聞こえてきた。
「あのアーノルド殿下の連続攻撃を全て受け止めるとは……」
「誰だよ、エディアルド殿下が弱いとか言ってた奴は」
それまで俺のことを馬鹿にしていた目で見ていたゲルドまで、愕然とした表情を浮かべ、こちらの戦い振りに見入っているようだった。
俺が剣を振り下ろすと、アーノルドは後ろへ高くジャンプしてそれを躱す。片膝と片手を地面につき着地する姿まで格好いいって、どういうことだよ? 着地した姿勢から剣を振り上げる姿すら優雅に見える。
本当にこいつは勇者だ。
やっぱり強いし、戦い甲斐がある。
もっと前からこうしてお前と戦いたかった。
そうすれば切磋琢磨出来て、互いを高められたのに。
だけど――――
俺は渾身の力を込め、アーノルドの剣に己の剣をぶつけた。
その瞬間、アーノルドは俺の剣の重みに耐えられず、思わず剣を手放した。
アーノルドの剣は回転し、地面に突き刺さる。
剣をとりにアーノルドが動く前に、その首に剣を突きつけた。
魔術も使わなかったし、不意打ちもしなかった。
その上で俺はアーノルドに勝ったのだ……だけど、俺の中では勝った喜び以上に、不安の方が勝っていた。
主人公が悪役に負けてどうする!?
このままの状態でもし、魔物の軍団が攻めてきたりしたら、ハーディン王国はあっという間に滅亡してしまう。
ウィストがわざと負けてやっている時点で、薄々気づいていたがアーノルドは、主人公というにはあまりにも力不足だ。
「……まだまだぬるい。お前も四守護士ももっと精進しろ」
俺は盛大な溜息をついて言った。
その言葉が気に入らなかったのか、アーノルドは悔しげに俺を睨み付けていた。
アーノルドや四守護士にとっては、普通に勝ち誇ってドヤ顔された方がはるかにマシだったかもしれないな。
今まで馬鹿にしていた人間に、説教なんかされたくない気持ちなのだろう。
その悔しさをバネに、もっと鍛錬に打ち込んで欲しい所だ。
俺の言葉が響いたのは……多分真摯な目でこっちを見ているイヴァンだけだな。エルダはまだ寝ているし、他のメンバーは恨めしそうに俺のことを睨んでいるだけ。
「アーノルド殿下が……エディアルド殿下に負けた?」
カーティスは茫然としたまま、がくりと膝をついた。ショックのあまり、俺の側近という立場をすっかり忘れてしまっているな、こいつ。
俺は剣を鞘に収め、茫然としたままのカーティスを置いて自分の部屋に戻ることにした。
本当にこれでは先が思いやられる。
こんな状態で魔物の軍団たちに勝てるのか?
下手したら小説よりも死人が出るのではないだろうか。
アドニスやロバートと相談して、軍全体を今一度たたき直す必要があるみたいだな。