第56話 悪役たちの舞踏会②~sideエディアルド~
第二側妃テレス=ハーディン。
小説“運命の愛~平民の少女が王妃になるまで”という話の中のテレスは、とても信心深い女性だった。
神官長の姪だった彼女はある日神から神託を受ける。
『テレス、あなたが産んだ子供はやがて国王になる。そして勇者の力に目覚め、この国を救うことになるだろう』
信心深かったテレスは神託に従い、まずは国王に取り入る。第二側妃になった彼女は、自分が産んだ息子を王にすべく、第一側妃、第三側妃を排除する。
しかし王妃であるメリアとは気が合い、やがて親友となる。しかし息子であるエディアルドは我が侭で横暴、しかも知能も低く、国の為にならないと思っていた。
親友には悪いがエディアルドには死んで貰う――アーノルドを王にするため、国の為に、エディアルドの命を狙うテレス。
エディアルドが闇黒の勇者になった時も、そのスタンスは変わることはなかった。
テレスはエディアルドと刺し違える為に、護身用のナイフを片手に果敢に立ち向かった。しかし攻撃はすぐに躱されて、彼女はエディアルドに刺されそうになるが、それを息子であるアーノルドが助けるのだ。
テレスの冷酷かつ勇敢な部分は、ごく一部の読者の間では密かに人気だった。
ま……実際のテレスは少し違うけどな。
神官長の姪というのは小説と同じだが、別に信心深い女性ではない。
彼女が神殿へ祈りに行った所なんか一度も見たことがない。
アーノルドを王にするために、俺に関する悪い噂を流し、他の貴族たちにも俺と親しくならぬよう圧力をかける。何より俺の魔術や学問の向上を妨げる。
俺の命を狙うというのは同じだが、動機は多分小説のような信仰心や愛国心からきているものではないだろう。
それにしても、この人がベリオースに命じて俺の命を狙ってきたのか。
目尻も下がっていて優しそうな顔立ちだ。十七歳の少年を殺すように命じたサイコおばさんとは思えない。
優しそうな顔をした腹黒い人は前世にもいたけどな。
「国王陛下、テレス妃殿下、この度はこのような素晴らしい舞踏会にお招き頂きありがとうございます。我が弟、アーノルドの十七歳の誕生日を心よりお祝い申し上げます」
「ふむ、久しいな。エディアルド」
「はい、私の誕生日以来ですね」
ちなみに俺の誕生日にも舞踏会が開かれたが、今のように盛大では無かった。招待客も少なかったし、会場も狭く、飾り付けも地味だった。
もっとも前世の記憶が蘇る前のことだけどな。
あまりに寂しい舞踏会だったから、途中で帰ったんだよな……一緒にダンスをするパートナーもいなくて、友達も居ない。原因は自分にあったとはいえ、記憶を思い出す前の俺は孤独だった。
だけど今は、愛しい婚約者がいる。
それに友達もいるしな。後ろで守ってくれるウィストやソニアの存在も心強い。
俺はテレスの方を見る。
――あんたの思い通りにはさせない。
心の中で宣戦布告。
もちろん表情はさざ波のように穏やかだけどな。
しかしテレスはテレパスのスキルでもあるのか。
それまで微笑んでいた顔が無表情になる。
そして冷ややかな眼差しで俺のことを見下ろしていた。
国王とテレスの挨拶を済ませた俺たちは、広間の真ん中まで出てお互い向き合った。
そしてお辞儀をする。
初めて舞踏会で母上以外の女性とダンスをする。
しかも相手は愛しい婚約者。こんなに嬉しいことはない。
「足を踏んだらすいません」
「俺の方こそ、上手くリードできなかったらすまない」
お互いに予め謝って置く。そんな自分たちになんだか可笑しくなって、俺たちはクスクス笑いながらダンスを始めた。
学校でのダンスレッスンは教師から褒められているので、そこそこ自信はある。クラリスも授業の時一緒に踊ったがとても上手だった。
人々の視線が俺たちにも向けられる。
『ダンスはアーノルド様の方が上手い』
と言う奴らのことは気にしない。圧倒的に賛辞の声の方が多いからだ。
それに周りが何を言おうと関係ない。
好きな娘とダンスが出来ることが、今は楽しくて仕方がない。
ふと視線を感じ、横手に目をやると複雑な表情のアーノルドと、あからさまにこちらを敵視するミミリアの姿があった。
厳密に言うとミミリアの敵視は俺ではなく、クラリスに注がれている。
自分の注目が瞬く間に奪われたのが面白くなかったのだろう。どんなに可憐な顔でも、嫉妬のあまり顔が歪むと、見るに堪えないな。
俺は軽くミミリアを睨み返しておいた。向こうはびくついてすぐに視線をそらしたけどな。
そして俺自身にも刺すような視線をいくつか感じた。
王子という立場じゃなきゃ、馬鹿があんな美女を婚約者に出来るわけがないと思っているのだろう。まぁ、記憶を思い出す前の俺は確かに愚かだったし、そのくせプライドが高く、高望みしていたから、王子という立場でありながら、婚約者もなかなか決まらなかったのだ。
ひとしきりダンスを楽しんだ後、俺たちは壁際に設置された椅子に座り、休むことにした。
その時、アドニス=クロノムがこちらに近づいてくる。
「改めてご挨拶申し上げます。クロノム家長男、アドニス=クロノムと申します」
背景にキラキラしたものが見えるのは気のせいか?
それくらいまばゆい美貌の持ち主なのだ。当然、こちらに向く女性の視線が倍増する。
「一度アドニスとはゆっくり話したいと思っていた」
「光栄です。私も妹やコーネットから殿下の話を聞き、是非一度お話がしたいと思っておりました」
父親にそっくりな策士であり、徹底的な実力主義者だ。既に軍事の人事を任されており、成果をあげない実行部隊の騎士たちは身分関係なく解雇する。
ウィストやソニアが副隊長になったのも、彼の人事が大きいところだ。
アドニス=クロノムがアーノルドよりも先に俺に挨拶をしてきたことは、この社交界の場では重要な意味になる。
クロノム家はアーノルドよりも、俺を支持するという表明したに等しいのだ。
そしてアドニスに続き、コーネットも俺に挨拶をする。彼も侯爵家の代表としてこの舞踏会に参加していた。
ちなみにこの二人は学校では仲の良い友人同士らしい。
絶大な権力を持つ貴族二人が俺に挨拶をしていることに、人々はさらにざわついた。
「……まさか、エディアルド殿下を傀儡にするつもりか?」
「確かにそれも一つの手か」
俺はあくまで愚か者であると信じて疑っていない人間はそう解釈する。
多くの貴族がアーノルドに挨拶をしている中、何人かの貴族は俺にも挨拶をしてきた。
クロノム家とウィリアム家が味方についたことで、俺も王太子になり得る人物だと見なしたのかもしれない。
あと俺と親しくしている学校のクラスメイトたちも挨拶に来てくれた。
俺が話しかけてくる貴族にそつなく応対していると、会場の入り口の方が騒々しくなった。
何事かと話していた貴族たちと共にそちらへ顔を向けると……げげげ、かなり気合いを入れてめかし込んだナタリー=シャーレットが母親と共に乗り込んできた。
「何故……何故、お姉様がここにいるの!? それにミミリア=ボルドール、あんた如きが王室の舞踏会に呼ばれるなんて有り得ないでしょ!?」
……頭痛を覚えたのか、クラリスが掌で額を押さえた。
ソニアがそんなクラリスを守るように彼女の前に立ちはだかり、いつでも剣が抜ける構えをとる。それにならってウィストも俺の前に立ち剣の柄に右の手を添える。
護衛二人に睨まれたじろぐナタリー。
俺もまた母娘からクラリスを守ることができるよう、彼女の肩を抱く。
その時アーノルドの声が会場に響き渡った。
「ナタリー=シャーレット、いい加減僕につきまとうのはやめてくれ!!」
まさに悪役令嬢を断罪しようとしている主人公様の台詞だ。
デジャブを感じるのは多分、小説のアーノルドが似たような台詞を言っていたからだろう。
アーノルド=ハーディンは、ヒロインと共に俺たちの前を通り越すと、悪役(?)母娘と対峙するのだった。