第52話 友達の家は宮殿でした~sideクラリス~
アドニス=クロノム。
デイジーのお兄さんで、小説では最終的に父親に代わって宰相になる人だ。
父親が鋼鉄の宰相であれば、彼は冷徹の宰相。
敵とみなした相手には容赦の無い尋問、拷問は当たり前。魔族の皇子、ディノに魂を売った人間に対しては、一族郎党躊躇なく処刑を言い渡した人物だ。
そういえば小説の中のシャーレット家も、黒炎の魔女クラリスを生み出した要因と見なされ、使用人共々絞首刑になったのよね。
小説を読んでいた時は、シャーレット家の人たちが可哀想に思えたけど、実はクラリスを虐げていたという裏設定があったのなら納得だ。
そんな冷徹な宰相も、ミミリアの天真爛漫さに癒やされた一人。
密かに彼女に想いを寄せ、生涯独身を貫くのだ。
アドニス=クロノムは絶世の美男子として小説には描かれていたけれど、想像以上に美形だ。
非の打ち所が一つも無い! デイジーも綺麗な顔だけど、どこか狸っぽい愛嬌がある。それに対し、お兄様の顔は人形のように整っていて隙が無い。しかも私からすると、羨ましいくらいに睫が長い。
気のせいか、背景にアネモネの花が見えてきた。しかも彼の周辺はキラキラと輝いている。これが美形オーラというものだろうか。
エディアルド様やアーノルド殿下も、もちろん美形だし、オーラがあるのだけど、まだ親しみが持てる美形というか、人間らしさがあるのに対し、アドニスの美形は神がかっているのよね。
もうアドニスって名前だけで、美形キャラ決定。前世でもギリシャ神話では美の女神に愛された美少年の名前だったもの。
一応学校の先輩でもあるので、社交の場以外では、アドニス先輩と呼んでいる。
この前ダンジョンに同行してもらったコーネット先輩とは同級生で、しかも親友らしい。
近寄りがたい美形という印象だけど、妹であるデイジーや私たちには優しい笑みを浮かべている。
滞在する部屋に向かいがてら、アドニス先輩に邸宅内を案内してもらうことに。
まぁ、ロビーだけでもかなり広いのだけど、舞踏会用の広間や議会室、さらに美術館を思わせる芸術作品が飾られた部屋もあって、友達の家というよりは観光に来ている気分になる。
ソニアと共に泊まる部屋は、前世で言うメゾネットタイプだ。
一階と二階がある部屋で、両方にベッドとお風呂がついている。窓からはクロノム領で最も盛んな街、リーンの街並が見渡せる。
街の建物はすべて白が基調。
今は夕日の光に照らされ、街は全体的に黄金色に染まっていた。
しばらくの間、私とソニアは街並の風景に見入っていたけれど、ずっと黄昏れている場合じゃない。
荷物を置いたらデイジーの部屋でお茶会をすることになっている。
社交界のお茶会は気が滅入るけれど、友達同士のお茶会は楽しみ。
その時ドアをノックする音が聞こえ、デイジーが入って来た。
「私の部屋にご案内しますわ」
そう、この邸宅に初めて来た来客は、案内がないと目的地にたどり着けない。
それだけ部屋数が多いし、広いのだ。
私とソニアはやや緊張しながらデイジーに付いて歩いていると、前方に一人の男性が立っていた。
さらさらのプラチナブロンドの髪、目の色はデイジーとアドニスと同じオレンジ色だ。
年齢は二十代ぐらい……あれ? でももっと上なのかな? 笑うとほうれい線が目立つ。
「君たちが我が娘の友達か。私はオリバー=クロノム。オリバーおじさんと呼んでくれたらいいからね」
出た、ラスボス!
……じゃないけれど、ハーディン王国内ではラスボス的存在といっても過言ではない、鋼鉄の宰相だ。
茶目っ気たっぷりなオリバーおじさん……とお呼びしたい所だけど、一国の宰相様をそんな風に呼べるわけがない。
オリバー=クロノム公爵。
デイジーそっくりなたぬき顔の童顔のせいか、お父さんというよりはお兄さんに見える。多分、学生服を着ても違和感ないくらいに若く見えてしまう。アドニス先輩と並ぶと親子じゃなくて、兄弟みたい。
この人が鋼鉄の宰相かぁ……一見、虫も殺さないような優しそうな顔だけど、どことなく底が知れない眼をしている。多分、仏の顔をして悪魔の裁きを下すタイプだな。
「お父様、お兄様。これからお友達とお茶会を始めますけど、くれぐれも邪魔はしないでくださいませ」
背景に白くて可愛いヒナギクの花を咲かせ、にこやかに笑うデイジーにオリバー=クロノム閣下はショックな表情を浮かべる。
「で、デイジー、パパはお茶会に入れてくれないのかい?」
「お父様、女の子同士でしかお話出来ないこともありますのよ」
するとオリバー=クロノム閣下はム○クの叫びに似た表情になり、涙目になってデイジーに尋ねる。
「お、女の子同士でしか話せない内容とは何なのだ!?」
「父上、落ち着いてください。年頃の娘ですから父親に聞かせたくない話の一つや二つや三つくらいありますよ」
「!?」
穏やかな笑顔を浮かべるアドニス先輩、父親を諭しているようで、言っていることは完全に父親を追い詰めている。
「そ、そんな……パパにも話せないことって……まさか恋バナ……いや……有り得ない! デイジーが恋なんて! パパは認めん、認めんぞぉぉ!!」
も、脆い……鋼鉄の宰相が、お豆腐の宰相になってしまっている。何やら叫びながら、顔は蒼白、目は白目を剥いて、身体はふにゃふにゃ状態。
そんな父親を楽しそうに見ているデイジーのお兄様はかなりのどSと見た。
それにしても娘を溺愛しているとは聞いていたけれど、想像以上ね。
もしデイジーに恋人が出来たら、発狂するんじゃないだろうか? さらに結婚となったら……うーん、死んじゃうかも?
お豆腐状態の父親を放って、デイジーは私たちを部屋の中に案内した。
わ、縫いぐるみがいっぱい。
デイジーの部屋には、人間の大きさほどのクマのぬいぐるみが部屋の隅に置かれていたり、棚には猫の縫いぐるみが色違いで並んでいたり、カップを持ったうさぎのぬいぐるみが置いてある。
その縫いぐるみ部屋を通り抜け、広いテラスに出ると、そこには既にハイティーのセットが完了していて、いつでもお茶会が出来る状態になっていた。
先ほどの夕焼けの街並を眺めながらのお茶会。
いわゆるイブニングハイティーと言われるもので、前菜やお菓子の他に、メインディッシュも並べられている。
デイジーは満面の笑顔で私たちに言った。
「今日はゆっくり食事をしながら、沢山のお話をしましょ!」