第44話 悪役王子、モブの先輩をスカウトする~sideエディアルド~
生徒会を辞めたメンバーは二人。
その内の一人は、本当に体調を崩したらしく現在自宅で療養中らしい。
もう一人勉学を理由に辞めた人物がいる。
コーネット=ウィリアム。
二年のSクラス。 次期生徒会長と言われていた人物だ。前生徒会長から次期生徒会長の指名を受け、引き継ぎも殆ど終わっていたらしいが、アーノルドが生徒会に入って程なくして、勉学を理由に生徒会を去っている。
現在、二年のSクラスは中庭で魔術の実習を行っていて、コーネットの姿もよく見える。
二年生で上級魔術師のフードを纏っているのは彼だけなのだ。
「ヴィン・ドラゴム」
生徒の一人が竜巻を引き起こす呪文を唱える。
さすが二年のSクラスになると竜巻の魔術を使える人間も出てくるのだな。
校舎に被害が及ばないように魔力の調整もしないといけないので、中級魔術とはいえ難易度は高い。
竜巻は前世で言う電柱ほどの長さと範囲だが、人間を弾き飛ばす勢いは十分にある。
「ガーディ・シールド!」
それに対し、コーネットは防御魔術の呪文を唱える。
青みがかった透明なドームがコーネットを包む。
ドームの壁にぶつかった竜巻はそのまま消滅する。竜巻をいとも簡単にかき消すとは。
上級魔術師の中でも相当な手練れとみた。
小説にはコーネット=ウィリアムの名は出ていない。恐らくモブ……いやエキストラだったのだろう。
この世界には物語には描かれていない設定やエピソードがいくつもある。
アーノルドとミミリアの物語の舞台裏では、優れた能力を持った人間が影で活躍していたのかもしれない。
魔術と剣術の実戦授業の一環として、ダンジョンをクリアするという課題がある。
生徒同士でチームを編成するのだが、必ず現場に慣れた上級生を一人以上入れることが条件になっている。
そうなると優秀な先輩は取り合いになる。
コーネット=ウィリアムも小説ではエキストラだったものの、元生徒会にいた有能な人物だ。
当然多くの下級生から声を掛けられる。
しかし彼は誰の誘いにも乗らない。
アーノルドも彼に声をかけたようだが、即断られたそうだ。ま、生徒会を辞めた原因の人物から誘われているのだから、当然の反応だろう。
最近は声を掛けられるのが面倒になったのか、休み時間は中庭のガゼボ(西洋のあずまや)で読書をしていることが多い。
それでも声を掛けてくる人間はいるけどな。
俺のように。
コーネットはこちらの存在に気づくと、すっと立ち上がり恭しく頭垂れた。
「第一王子殿下にご挨拶申し上げます」
「固い挨拶は不要だ」
俺はさりげなくコーネットの向かいに座った。
あれ? 例年にない猛暑でここも暑いはずなのに、ガゼボの中は冷房がかかっているかのようにヒンヤリしている。
よく見るとコーネットの杖にはめ込まれた魔石が青く光っている。
あの魔石がこの場を涼しくしているのだろう。
やや神経質そうな一重の切れ長の目は濃いめのグリーンに対し、かっちり七三分けにしたショートの髪は淡いグリーン。モブにしておくのには勿体ないくらい端正な顔立ちだ。真面目で勤勉家な雰囲気が滲み出ていて、いい社畜になってくれそうだ。
「エディアルド殿下がわざわざお一人で、私に何の用があるのでしょうか?」
「既に察しはついているだろう? もちろんダンジョンの誘いだ」
「この前、アーノルド殿下からもお誘いをうけましたが、謹んでお断りしました」
「弟が提示した計画は気に入らなかったようだな。こちらとしては、出来るだけあんたの希望に添った形で計画を進めていくつもりだ。少しだけでも良いから、話を聞いてくれないか」
俺の言葉が信じられないのか、コーネットは驚いたように目を見開いた。
そしてまじまじと俺の顔を見る。
「え……っと、あなたは本当にあの第一王子殿下ですか?」
「ああ、紛うことなき第一王子だ」
「魔術、剣術、学問においても第二王子殿下より劣ると言われているあの?」
失礼な質問をわざと投げかけてくるのは、俺が短気かどうか、あと自分自身を客観的にみているか試しているのだろう。
俺は軽く肩をすくめてから答える。
「ああ、あの第一王子だ。学問は置いておいて、剣術と魔術は真っ向から勝負したことがないので、本当の所どちらが上かは分からない」
「……」
コーネットは何か考えるように俺のことをじっと見ていた。
やれやれ、何だか面接でもしている気分だな。
外からはけたたましいセミの声が聞こえる。この世界でも蝉っているんだよな。
この世界ではブラックシカーダって呼ばれているけど。鳴き声はクマゼミによく似ている。
蝉の声が大人しくなったのを見計らったように、コーネットはさらに尋ねてきた。
「殿下は具体的にどのような助けを私にお求めですか?」
「治癒魔術を含めた補助魔術だ。現在俺のパーティは剣の攻撃を主とする人間が三人、攻撃魔術師は俺で、あと一人治癒と防御に優れた魔術師の助けが必要だ」
「殿下の婚約者であるクラリス侯爵令嬢は治癒魔術が得意だと伺っておりますが、彼女とは一緒に行動しないのですか?」
「もちろん彼女も一緒だが、今回は俺と共に攻撃魔術に専念してもらう予定だ。補助魔術担当となる人物がいるにはいるが、彼女はどうも魔術が不得手のようで、できれば彼女を助ける魔術師がもう一人欲しい」
ダンジョン攻略はただ仲良しが集まって行動すればいいというものではない。
もちろん信頼し合える人間と行動できるに越したことはないのだが、攻守共にバランスのとれたチーム作りをすることが大切だ。
剣術に優れたソニアとウィスト、攻撃魔術と治癒魔術に秀でたクラリス。あと俺の側近であるカーティスも一応実力でAクラスになっているので、そこそこ魔術も使えるし、剣術も使える。
しかしこのままでは攻撃に偏った編成になってしまい、攻守のバランスが取れない。
一応デイジーが補助魔術担当ではあるが、彼女は魔術が不得手だ。だからデイジーの戦力不足を補う人物がいるのだ。
「アーノルド殿下はチーム編成のことは、少しも考慮していらっしゃらないようでした。ただ強い騎士や魔術師を周りに置いておけばいい、というお考えでしたので、ご辞退申し上げました」
「魔物の強さに対して圧倒的な力の差があれば、それも有りは有りだ。アーノルドは恐らく強力な騎士や魔術師を据えて、誰よりも早くダンジョンを攻略するだろうな」
学園側がお膳立てしたダンジョンであれば、それは通用する。けれどもこの先起こりうる実戦のことを考えると、そうはいかない。
この国の転覆を謀る魔族の皇子、ディノ。
小説ではクラリスを黒炎の女王と祭り上げ、エディアルドを闇黒の勇者に仕立てて。魔物の軍団を率い王城へ攻め入ることになる。
俺の婚約者になった以上、クラリスを黒炎の魔女にさせるつもりはないし、俺自身も闇黒の勇者になるつもりはないが、ディノがそれで諦めるとは思えない。
俺やクラリスが駄目なら、別の人物を祭り上げる可能性がある。
今からでも魔物軍団との戦を想定した戦いを経験した方が良い、と俺は考えている。
「殿下は悔しくはないのですか? このままだとアーノルド殿下に負けることになりますが」
「弟との勝敗には興味がない。今、俺に必要なのは、あらゆる戦いの経験だ」
「……」
コーネットは黙り込んだ。
俺は今回のスカウトは実戦授業だけじゃなく、将来も見据えていることを主張する。
コーネットはしばらくの間、眉間に皺を寄せ、何か考えているようだ。にべもなく断られるということがない分、好感触な方だと思っておく。
「今すぐ返事をする必要はないが、考えておいてほしい。もしあんた自身、補助担当以外でやってみたいポジションがあるのだったら申し出てくれ。場合によっては俺やクラリスが補助に回ることも可能だから」
「いえ、補助魔術担当で結構です。ただ、自分が開発した商品があるので、それを試しに使わせていただきたいのですが」
「どんな商品だ?」
「今回の実戦授業にうってつけのアイテムです」
にっと笑うコーネットに、俺は魚がかかった感覚を覚えた。
彼は自分の開発商品を試す場を求めていたのか。
確かにアーノルドのチームだと我が強い騎士や魔術師が多いから、そういったことも儘ならないと思ったのだろうな。
例えば怪我をした時、新しい治療薬を試したくても、アーノルドに良いところを見せたいと思う魔術師あたりが、アイテムを使うより、魔術で治した方が早いとか言いそうだ。
一方、俺のチームの場合、コーネットの希望によっては俺やクラリスが補助に回るというフレキシブルな対応をすることが可能だ。だから自分が開発したアイテムも快く使わせて貰えると踏んだのだろう。
コーネットの申し出はむしろ大歓迎だ。未知のダンジョンに足を踏み入れる時は、出来るだけ魔力は温存しておきたいからな。アイテムで補えることがあるのであれば、それに越したことはない。
聞くところによると、彼の開発しているアイテムは、前世だったらごく当たり前のものだったが、この世界ではとても画期的なものだった。
普及されれば洞窟のダンジョンもかなり楽なものになるだろう。
こうして俺は心強い味方を一人付けることに成功した。
しかしこの時の俺はまだ知らなかった。
学校側が用意した筈のダンジョンに、Sランクの冒険者なみに危険に満ちた罠が待ち受けていることに。