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第43話 悪役王子は浮かれ気味~sideエディアルド~

「お久しぶりですね、エディアルド殿下」


 その冷ややかな声を聞いた時、エディアルド=ハーディンは面白くなさそうに舌打ちをした。

 大公家主催のお茶会にミミリアが参加すると聞いたから、喜び勇んで来たというのに、まさか最初にこの女と出会うとは。


 侯爵令嬢 クラリス=シャーレット。


 エディアルドは、異母弟の婚約者である彼女のことが嫌いであった。

 特にその冷たい眼差し。自分を見下している気持ちを隠そうともしない。

 陽だまりのような笑顔を浮かべるミミリアとは正反対だ。

 クラリスは形の良い唇を釣り上げ、クスリと笑った。

 

「エディアルド様はミミリアと二人きりになりたいのでしょう? だったら私がお手伝いしてさしあげます」

「……」


 気に入らない女だが、ミミリアを手に入れる為にはこの女の協力は必要不可欠だ。



         小説 運命の愛~平民の少女が王妃になるまで~より抜粋



 俺はエディアルド=ハーディン。

 悪役として転生したが、悪役になる要素が一ミリもないくらいに、明るく楽しい学園生活を送っている。


 上記の文章を見ていきなり何が起こったのか吃驚したかと思うが、こいつは例の小説の一文であって、決して今の俺たちのことではない。

 小説の中のエディアルドとクラリスは共闘し合う仲ではあったが、お互いのことを嫌いあっていた。

 エディアルドは自分を見下すクラリスを嫌っていたし、クラリスは愚かしいエディアルドを蔑んでいた。

 


 しかし、現実は違う。

 俺はクラリスのことが好きだ。もう、大好きだ。

 彼女は小説とは違って冷たい女じゃない。むしろ優しいし、健気なところもある。気が強いところも愛しくて可愛い。

 しかも令嬢とは思えないくらいに料理がうまい。

 特にパイ生地の料理が得意で、アップルパイ、パンプキンパイ、ミートパイ、どれも店に売っているくらいに絶品なのだ。


『エディアルド様……』


 離れていてもクラリスの綺麗な声が耳から離れない。

 抱きしめると折れてしまうくらい華奢な身体。

 キスをすると驚くほど唇が柔らかくて、しかも艶やかで、ずっとその感触を味わっていたくなる。

 そして、恥じらう顔も胸がきゅんと締め付けられるくらい愛らしく、色気もあって、もうたまらない気持ちになる。

 

 

 正直に言ってしまおう。

 俺は今すぐにでもクラリスと結婚したい。早くクラリスの全てを手に入れてしまいたい。

 あんな魅力的な女性、きっと他にはいない。

 俺の婚約者と知りながら、クラリスに熱い眼差しを送る貴族子弟は多い。

 それに、主人公であるアーノルド。

 まさか小説の通りになるとは思えないが、何かのきっかけで彼女の心があいつの方に向く可能性もゼロではない。

 そんな焦りもあり、クラリスと結婚したい気持ちは日々強まっていた。

 いっそのこと、月一の国王謁見の時に、父上にクラリスとの結婚をお願いしてしまおうか。

 その前にプロポーズが必要だな。

 プロポーズ……何を言ったらいいんだ!? どういうシチュエーションで、どんな言葉をかけたらいいんだ? あと指輪も用意しなくてはいけないか……あ、この世界では確か結婚指輪はあっても、婚約指輪はなかったんだっけ? ?


 


 キィィィンッ!!


 剣と剣がぶつかり合う音で、俺は我に返った。

 ……おっと、つい取り乱してしまった。

 何分、恋愛経験が乏しいものでな。自分でも浮かれまくっているのが分かる。

 今はウィストとの稽古中だ。

 振り下ろされたウィストの剣を俺は慌てて受け止めていた。


 今は去れ、煩悩!! 

 俺の修行の邪魔をするんじゃない!! 


 その時丁度(?)予鈴が鳴ったので、俺たちは稽古を中断した。

 冷や汗もあっていつになく汗をかいたな。

 肩に掛けているタオルで額を拭く俺に、ウィストは訝しげに声を掛ける。



「殿下、何か考え事でもなさっていたのですか?」

「……いや、大したことじゃない」



 俺が稽古中に考えていたことなど口が裂けても言えない。

 ウィストと共に教室へ戻る途中、階段の踊り場でクラリスたちに会った。

 彼女は最近、ソニア嬢とデイジー嬢と共にいることが多い。

 ちなみにデイジー=クロノムは俺のはとこにあたる。母親であるメリア王妃と、デイジーの父親であるクロノム宰相が従兄弟同士なのだ。

 鋼鉄の宰相と呼ばれているデイジーの父親と、あのほわほわした俺の母親が従兄弟同士というのが信じられないんだけどな。



 とにもかくにも、優秀な人材がクラリスの元に集まるのは良いことだ。

 ハーディン騎士団に所属するソニアは優秀な護衛としてクラリスを支えるだろうし、デイジー嬢は宰相譲りの頭脳が彼女を助けることになるだろう。

 

 しかし彼女たちは、何故かぐったりとしていた。


「どうしたんだ、君たち。随分疲れているみたいだけど?」

「え、エディアルド様……ちょっと気疲れというか、脱力というか」

「……?」


 俺はそこでクラリスたちが、異母弟のアーノルドに呼び出され、最初にナタリーの苦情、それから生徒会のメンバーにならないか、とお願いされたという話を聞くことに。

 あまりのことに、俺とウィストは開いた口が塞がらなかった。


 頼み事をするのに、最初に苦情を言ってどうするんだ!? 


 く……っ、その場にアーノルドがいたら説教してやりたい所だ。

 さらにデイジーが、げんなりといった口調で俺に報告をする。


「しかもあの方、今日が初対面にも関わらず、クラリス様が自分に気があると、思い込んでいらっしゃるようでした。勿論クラリス様は真っ向から否定しましたけれど、アーノルド殿下は、そこまできっぱりと否定されるとは思っていらっしゃらなかったようで、相当なショックを受けておいででした」


 ……ショックを受けるな、ショックを。

 確かに今の時点では王太子の最有力候補と謳われているし(母親の根回しのおかげで)、顔も良いし、財力もあるから、女にはモテてきたとは思う。初対面でも言い寄ってきた女性は山ほどいるだろう。けれども誰もが自分を好きになると思わないでもらいたいものだ。

 

「本当に噂って当てにならないですね。我が侭と言われていたクラリス様はとても優しく、聡明ですし、エディアルド殿下も噂と異なり、とても優秀ですし、天才と謳われていたアーノルド殿下があんな……いえ、何でもありません」


 ソニアは危うく不敬になる言葉を出しかけて口をつぐんだ。

 言いたいことは分かるけどな。まぁ、まだ十七歳だし、世間知らずな部分もあるだろうから、常識外れなことをやらかすことは十分あり得る。

 それに小さい頃からあんなに持ち上げられていたら、勘違いもするだろう。

 ただアーノルドは周りが囃し立てるほど天才じゃなかっただけだ。


 王太子最有力候補と称えられているのは、アーノルドの能力以上に、母親であるテレスがやり手であることが大きいと思う。

 その点、俺の母親はぽーっとしているしな。まんまとテレスに出し抜かれている。あれでよく王妃が務まるなって思うよ。

 クラリスがさらに言った。

  

「アーノルド殿下が生徒会に入ってから、何人かの生徒が生徒会を辞めているのです。表向きは体調や勉学を理由にしていますが、原因はアーノルド殿下だったのではないかと思います」

「早々アーノルドの本質を見抜いた人間がいるわけだな」


 言いながら俺は辞めていった生徒たちのことを思う。

 例え無能だったとしても、相手は第二王子で、しかも王太子の最有力候補。少しでも野心がある者なら、喜んでアーノルドと生徒会の仕事をするだろう。

 将来の出世に繋がるという旨みを差し引いても、生徒会を辞めたとなると、彼らは恐らく第二王子が王太子になることはない、と踏んでいるか、もし王太子になったとしても、彼に仕える気は毛頭無いのであろう。

 生徒会を辞めた人間が誰なのか、調べてみる価値はあるな。

 ひょっとしたら優秀な人材が隠れているかもしれない。



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