第42話 悪役令嬢と主人公②~sideクラリス~
「ところでクラリス嬢、本題に入るのだが」
……は!?
今までの話は本題じゃなかったの!?
ちょっと、何なのよ。この王子様。
私は思わずデイジーとソニアの方を見た。二人とも何とも言えない複雑な顔をしている。
アーノルド殿下は、私たちの間に漂う微妙な空気に気づくことなく話を続ける。
「実は生徒会のメンバーが数人ほど辞めてしまったんだ。それで新しいメンバーを募集している。ちょうどデイジー嬢やソニア嬢もいることだし、君たちにもお願いしたい。是非生徒会に入って欲しい」
「「「………………」」」
私たちは呆気に取られた。
全っ然、理解できない!
初対面の人間に苦情を言った後に、生徒会のスカウトをしてくる第二王子の神経がどういう仕組みになっているのか、誰か教えてほしい。
デイジーは再び、ずれかけた眼鏡を持ち上げて口を開いた。
「少し質問があるのですか……」
「かまわない。何かな、デイジー嬢」
「数人ほど生徒会を辞めたと仰っていましたが、差し支えなければ理由を教えてください」
「ああ、一人が勉学に打ち込みたい、もう一人は体調を理由に挙げている。私が生徒会に入って間もなくだったので、詳しいことは分からないのだけど」
もう一度私たちは顔を見合わせた。
表向きは勉学や体調を理由にしているが、アーノルド王子が生徒会に入って間もなく辞めたということは、アーノルドと生徒会の仕事をしたくなかったのでは? と推察できる。私たちだって五分もしない内に分かったもの。
この第二王子が噂と違って、へっぽこだってことが。
こんな奴と仕事していたら、どんな尻拭いをしなきゃいけなくなるか、目の前が真っ暗になる。
私は深々とお辞儀をしてから、もっともらしい理由を述べ、丁重にお断りをすることにした。
「せっかくのお誘い有り難いのですが、何分私は今、魔術の勉学に打ち込みたいのです。将来この国を支える為にも、より多くの魔術を習いたい。その為には授業だけではなく、放課後も個人的に魔術の勉強をしていかなければなりません」
「おお、そうなのか……なんと感心な」
するとデイジーも毅然とした表情を作り、恭しく頭垂れてみせてから、申し訳なさそうな声で言った。
「私も将来国を支えるべく、今も父のお手伝いをさせていただいています。光栄なお誘い有り難く思いますが、辞退させてくださいませ」
さらにソニアもそれに続いて、武士のごとく粛々と殿下に告げる。
「私も今は剣の鍛錬をせねばならぬ身。女という体力的にも体質的にも不利な分、より多くの練習量と経験値が必要とされます。私も辞退させてください」
まさか全員に断られると思わなかったらしく、かなりショックな表情を浮かべているアーノルド殿下。
そうね……普通の女子生徒だったら、王子様から誘いが来たら飛びついてしまうかもしれないわね。
私はその時、あることが閃いた。
「私よりもっと相応しい方がいらっしゃるではありませんか。私たちをこちらに案内してくださったカーティス=ヘイリー卿。彼はAクラスの中でも優秀ですし、何よりアーノルド殿下のことを尊敬してやまないようですし」
「それは有り難いことだけど、彼は兄の側近だから」
アーノルド殿下は、ちらりとドアの側に控えるカーティスの方へ目をやりながら、何とも言えない表情を浮かべる。監視役としてエディアルド様の側に置いているのに、自分の元に戻ってしまったら意味が無いと思っているのだろう。
「ああ、お兄様の側近を自分の側に置くことに気が引けるのですね。生徒会の活動は放課後ですし、その時間帯は私と共に勉強会をしておりますので、どうぞ気になさらずに」
「そ、そうなのか」
カーティスの方を見ると、あからさまに彼は嬉しそうな顔をしている。
よかった、本来の主と同様、物事をふかーく考える人じゃなくて。
「そ、それならカーティス、放課後は僕の手伝いをしてくれないか?」
「はいっっ!! 喜んで」
似たもの同士気が合っていいじゃない。ま、私は絶対一緒に仕事はしたくないですけどね。
放課後ヴィネの家まで付いて来ようとするカーティスを、アーノルド殿下に押しつけることに成功した私は、内心ガッツポーズをした。
「あと、殿下が気に掛けていらっしゃるミミリア=ボルドール嬢も推薦したいと思います」
私の言葉に、アーノルドは目をまん丸にする。
まさか私の口から彼女の名前が出るとは思わなかったのだろう。
小説の展開ではミミリアはアーノルドの推薦で生徒会に入り、ボランティア活動に従事するのよね。
活動先で怪我人や病人を多く救って、聖女としてのスキルを少しずつ上げて行く。
その部分は小説通りで良いと思う。
だって将来魔族の皇子と戦わないといけないことを考えたら、聖女様の力があった方が良いと思うから。
しかしアーノルド殿下はとんでもないことを私に言ってきた。
「き、君はミミリアに嫉妬しているのではなかったのか……!?」
「私が? 何故? 」
「僕はミミリアに惹かれている。ミミリアも同じ気持ちだ」
「それは結構なことで」
「僕たちの仲を嫉妬する者は多い。君も元婚約者候補だ。僕に未練があるのではないかと思って」
……は!?
私は、いや、私だけじゃなく、デイジーやソニアも目を点にした。
この男は何を言っているのだ!?
私は引きつりそうになる笑顔をどうにか社交的なものに保ちながら、アーノルド殿下に言った。
「殿下、私の婚約者はエディアルド様です。あなたの婚約者候補として名前だけはあがっていましたが、私たちはあくまで今日が初対面。何を以て未練を抱く必要があるのでしょうか」
「知り合いではなくても僕を好く者は多い」
「確かにそうでしょうが、私は違います。ましてや婚約者以外の男性に目を向けるなど、あるまじき事です」
私はごく常識的なことを言ったに過ぎないのだけど、アーノルド殿下は信じられないと言わんばかりに首を横に振り、震えた声で尋ねる。
「まさか……私より、兄が良いというのか?」
「はい。エディアルド様は私にとって大切な婚約者ですから」
満面笑顔で私が頷いた時のアーノルド殿下の顔――それはもう、天変地異でも起きたかのような顔だった。
顔面を蒼白にし、目は白目を剥いた状態。
いやいや、そんなにショックを受けること!?
私はあんたの兄の婚約者なのよ? あんたのことが好きになるなんて、普通は有り得ないし、あっちゃいけないことでしょ?
まさか世の中の女子全員が自分のことを好きだと思っていたのだろうか。だとしたら勘違いも甚だしい。
もし自分の身内だったら「自惚れにも程が有る」と説教してやりたい所だ。
その時、丁度予鈴が鳴ったので、私は立ち上がり、淑女の礼をとった。デイジーとソニアもそれに続く。
「それでは予鈴が鳴りましたので、これで失礼します。殿下、ミミリアには魔術の才能があると思います。是非、彼女の才能が開花するよう、殿下が力になってあげてくださいませ」
「あ……ああ……クラリス、そなたは誠に出来た女性だったのだな」
ミミリアという名を聞いて、我に返るアーノルド殿下。やっぱり主人公はヒロインのことが好きなのね。この設定だけは変わっていないみたい。
何を以て私のことを“出来た女性”と言っているのかは置いておいて、ナタリーと違って、ミミリアを応援している私に好印象を抱いたようだ。
単細胞とはいえ主人公。
敵に回さない方がいいに決まっているからね。
アーノルド殿下、ミミリア、お二人ともどうぞ幸せに。
悪役令嬢はここで大人しく退場しますので、もう絡んでこないで下さいね。