第36話 悪役王子と無名の騎士③~sideエディアルド~
休み時間、いつものようにウィストと剣の稽古をしていたが、多くの足音がこっちに近づいてくる音がしたので一度稽古を中断した。
何事かと思ってそちらへ顔を向けると、そこにはアーノルドとゆかいな仲間達が。
まぁ、ゆかいな仲間というのは冗談として、四守護士であるイヴァン=スティーク、それにエルダ=ミュラーは、アーノルドの護衛であり、クラスメイトだからな。常に一緒に居る事が多い。 それから何人かのSクラスの人間がアーノルドの後ろに控えていた。
さらに少し離れた場所には、カーティスも控えているな。建前上、俺の側近なので、Sクラス連中の後ろの方にいるけど。
「兄上、僕も稽古に交ぜてくれませんか?」
いつしか、アーノルドと稽古をしたいと願っていたが、思ったよりも早くチャンスが到来してきた。
まさかアーノルドの方から申し込んでくれるとは。俺にあんなに拒絶されても、懲りずに稽古を申し込むハートの強さはなかなかなものだ。
ダークブラウンの巻き毛に、俺と同じ空色の目。
さすがは主人公様。俺自身も美形ではあるが、向こうは爽やかさと、なにより華がある。
記憶を思い出す前の俺が劣等感を抱くのも無理はない。しかしそんな過去はリセットして、俺は極力優しい笑みを浮かべ快く頷く。
「ああ、かまわないよ」
まさかの反応にアーノルドは目をまん丸にしていた。
後ろに控える取り巻き達も、信じがたいと言わんばかりの目で俺を見ている。
……ま、そういう反応になるよな。
思い返しても俺が弟に笑顔を向けたことは一度もなかったからな。
母親が違うとは言え兄弟だ。
本当は仲よくしておかなきゃならないのにな。
『気を付けてください、殿下』
『きっと何か企んでいますよ!』
取り巻き達はアーノルドに小声でなにやら言っているが、大方上記のようなことを言っているのだろうな、と思う。
そんな取り巻き達を制し、アーノルドはウィストの方を見た。
「まずは君と稽古をしてみたいな」
アーノルドの言葉にウィストは少し戸惑い、俺の方を見た。
俺はこくりとひとつ頷く。アーノルドの稽古の相手をするように無言でウィストに伝えた形だ。
そんな俺たちのやりとりに、カーティスは面白くなさそうに眉をひそめている。
不機嫌になるのも無理はないよな。俺とカーティスは、何も言わなくても意志の疎通が図れるような間柄にはなっていないのだ。
悪いが間者であるお前とそういう間柄になるつもりはサラサラないからな。
互いに向き合い剣を構える。
ふむ……ウィストはさすがに隙がないな。もし俺が先制攻撃をしかけるとしたら、どこから攻めるか迷うところだ。
しかしアーノルドは迷うことなく正面から攻撃をしかけてきた。剣が受け流されると分かっているので、その次のターンで隙を狙うつもりだろう。
もちろんウィストがそんな隙を見せることもなく、剣を受け流した後すぐさま彼の方から斬りかかる。
アーノルドは華麗に身を翻して、その刃をよける。
さすがは物語の主人公様だな。避ける立ち振る舞いが舞いのよう。所作がいちいち美しいのだ。
俺は自分自身の剣技を見たことがないので何とも言えないが、あれほどの華麗さはないように思える。
「さすがはアーノルド殿下!!」
カーティスが絶賛の声を上げる。取り巻き連中もアーノルドに声援を送っていた。
しかし四守護士である二人の反応は違った。
「まさかあれほどの実力者がまだ隠れていたとは」
四守護士の一人、イヴァンはウィストの実力に驚きが隠せないようだ。こいつにあだ名を付けるとしたらミスター=ストイック。
ウィストとアーノルドの戦いから何か学び取ろうと、食い入るように観察をしている。
エルダも頷いてから、悪戯っぽく笑って呟く。
「可愛いわねぇ。食べちゃいたいぐらい」
……おいおい、食べないでくれよ、ネエさん。
小説によるとエルダ=ミュラーは槍術に長けた人物で、四守護士に入るぐらいだから、かなりの実力者。しかし心は美しいものと可愛らしいものを愛する乙女という設定だ。
恐らく現実のエルダも小説の設定通りなのだろう。
小柄で可愛い顔をしたウィストを、仔犬でも見るかのように愛でている。
しばらく剣の打ち合いが続いたが、不意にウィストが俺の方を見た。この勝負をどうすべきか、俺に判断を仰いでいるのだ。
うーん、俺達は別にまだ主従関係じゃないから、お前の思うままにしたらいいと思うけどね。
しかし、アーノルドの信者に取り囲まれたこの状況……まぁ、わざと負けてあげる方が波風が立たないだろう。
俺は軽く肩をすくめてから、一つうなずいた。
負けてやれ――というサインだ。
ウィストは俺のサインをしっかり見てから、しばらくの間アーノルドの剣を受けていたが、何度か剣をぶつけ合っている内にさりげなく剣を手放した。
傍から見ればアーノルドの剣がウィストの剣を弾いたように見えただろう。アーノルドはウィストに剣を突きつける。
「参りました」
そう言って頭垂れるウィストに、取り巻き達は歓声を上げる……わざと負けたことも知らずにね。
もっとも四守護士であるイヴァンとエルダは複雑な表情をしていたけどな。二人くらいの実力になると、ウィストがわざと負けたことくらい、容易に見抜けるだろうな。
イヴァンに至っては、横にいる俺に誰にも聞こえないように。
「お気遣い感謝します」
と礼を言ってきた。
イヴァンとエルダはアーノルドの護衛であるが、昔から俺のことを見下すようなことはなかったな。
イヴァンはそもそも根が生真面目だし、エルダはまぁ、美を愛する人物なので、俺の顔が好みなのだと思う。
アーノルド自身も恐らくウィストがわざと負けたことぐらいは分かっているだろうが、そこは敢えて追求しないことにしたみたいだ。
彼は爽やかな笑顔を浮かべウィストに言った。
「君、すごく見所があるね。良かったら僕の護衛にならないか? 君が加われば四守護士から五守護士に名前を変えないといけないけどね」
アーノルドの申し出にざわついたのは取り巻き達だ。
四守護士は、テレスが騎士団の中から厳選した若手の騎士。エリートでもなかなかなれるものじゃなく、アーノルドを慕う騎士達からすればこの上もなく羨ましい誘いともいえる。
現時点ではアーノルドの方が王太子になる可能性は高い。
普通の騎士だったら喜んでアーノルドの誘いに応じただろう。
小説の設定でもウィストは魔族との戦いの後、アーノルド王に忠誠を誓っている。
だが――
「申し訳ありません。自分には既に心に決めた主がいるので」
予想外のウィストの即答に周囲は呆気にとられる。
俺もまさか迷いもなく答えるとは思っていなかったから、びっくりしたけどな。
その場にいる人間の殆どが、喜んでアーノルドの申し出に飛びつくであろうと予想していたから、驚きが隠せないようだった。
「……そっか。でも気が変わったらいつでも僕に声を掛けて」
アーノルドは少し寂しそうな笑みを浮かべた……でも手はぐっと拳を握りしめている。
まさか断られるとは思いもしなかったのだろうな。
「何て馬鹿な奴なんだ」
カーティスを始め、アーノルドの取り巻き達はそんなウィストを嘲笑う。
しかしウィストは気にすることはなく、俺の元に歩み寄った。
「そろそろ授業が始まりますから戻りましょう」
俺の目をじっと見詰めてウィストは言った。何も言わなくても不思議と彼が言わんとしていることが分かる。
自分が主と決めているのは、貴方ですと。
アーノルドの誘いに乗った方が、出世街道の可能性は高まるのにな。
それでも彼は俺のことを選んでくれたのはとても喜ばしい。
嬉しい気持ちを巧みに隠しつつ、俺は極力クールな表情を浮かべウィストと共に教室へもどることにした。
ふと校舎の方を見ると、教室の窓からクラリスたちが心配そうにこっちを見ていた。
俺は何事もなかったかのように、そんな彼女たちに手を振る。
ああ、俺の婚約者は本当に可愛いなぁ。
思わず顔がだらしなくなってしまいそうになった時、不意に鋭い視線を感じ、後ろを振り返った。
……え……アーノルドがこっちを睨んでいる? ?
お、俺、何かしたか!?
ウィストに断られたのが、よほど腹が立ったのか? でもそれはウィストが決めたことだし、俺を恨んでも仕方がないことなのだが。第一、ウィストは心に決めた主が俺であることは公言していない。
アーノルドは俺と目が合うと、すぐに何事もなかったかのように、そばに居る取り巻き達と話をしはじめた。
一体、何だったのだろうか。