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第35話 悪役王子と無名の騎士②~sideエディアルド~

「ウィスト君、是非うちの部隊に来てくれ」

「最近魔物が増えてきて人手が足りないんだ! 頼む! うちの部隊にきて!!」

「君なら即戦力だ! お願いだから第二部隊に来てくれぇぇ」


 稽古を通じてウィストの実力を知った実行部隊の生徒が、自分の隊に入って欲しいと早くもスカウトの手を差し伸べてきた。

 俺は元々剣術だけは実力があると一部では言われてきた。そんな俺と互角以上に戦っているウィストの姿を実行部隊の人間が見たら、放ってはおかないだろうとは思っていた。

 敢えて人目がつく場所を稽古場に選んだ理由はそこにあり、ウィストには早い段階で実行部隊に入って貰いたいと思ったのだ。

 実行部隊に入れば魔物討伐の仕事が定期的にくるので、ウィストの経験値も上がる。

 将来魔物達が襲来する時にそなえ、ウィストには出来るだけ実戦の経験を重ねて欲しいと思っていた。


 ただ、俺とウィストの稽古風景を見ても、アーノルドの取り巻き連中はなかなか俺のことを認めようとはしなかった。

 特に剣術の心得がない貴族連中は、稽古風景を見ても「ウィストが手加減をしているから」と言ってせせら笑っていた。

 しかし当のアーノルドは、剣術に関しては俺のことを認めている節があった。

 過去に何度か、一緒に稽古をしないか? と誘われたこともあったのだ。しかし前世の記憶を思い出す前の俺は、弟の誘いを頑なに拒んでいた。

 自分の実力を上げるチャンスなのに、つまらん意地をはっていたものだ。機会があったら俺の方から誘ってみようかな……今度は向こうが断ってくるかもしれないが。


 ◇◆◇


 その日も授業が始まる前に、軽く魔物退治をすべく“静けさの森”に足を踏み入れた。

 そこまで深い森ではないし、さほど強い魔物が出てくることはない。

 登校前の準備運動なノリで俺とウィストは森に足を踏み入れた。

 だがいつになく周囲は霧に包まれ、視界が良くなかった……ジョルジュも連れてくれば良かったかな。

 すると目の前にキラーラビットと呼ばれる、ウサギ型の魔物がこっちにやってきた。

 ウサギ型とはいっても前世のウサギのように可愛らしいものじゃない。耳は長いが毛は黒くて剛毛、しかも全長は俺たちよりも一回り大きい。

 ウサギならではの跳躍で襲い掛かってくるキラーラビット。


「メガ・フレム!」


 小さな炎の魔術で威嚇するとウサギ型の魔物はそれだけで驚いて、回れ右をして逃げ出した。

 俺たちは追いかけようとしたが、霧の中から、鋭い爪を持つ大きな手が現れ、キラーラビットを捕らえた。

 

「……!?」


 俺たちが上を見上げると霧がスクリーンのように、大きな影を映し出していた。

 ハーディアンギガリザード……長い名前だが、ハーディン王国のみに生息する巨大な蜥蜴だ。前世でいうティラノサウルスの姿に近い。

 ようするにめちゃくちゃでかい魔物が俺たちの目の前に立っているのだ。

 こんな強敵な魔物が学園近隣にある“静けさの森”に現れるなんてこと、これまで一度もなかったのに。

 巨大蜥蜴はウサギを丸呑みしてしまうと、今度は俺たちにロックオンした。

 ウサギを捕らえたあの手が、今度は俺たちを捕らえようとする。ティラノと違うのは、腕が長く手先が器用な所か。

 俺は剣を振り上げ、すぐさま手を切りつけた。

 痛みに叫び声をあげる巨大蜥蜴。それに驚いた森の鳥たちが一斉に羽ばたいた。

 もはやここは静けさの森ではない。

 とりあえず俺とウィストはその場から逃げることにした。出来るだけ魔物から距離を保ってから魔術の攻撃をしたい……って、巨大なくせにあいつ足が速くないか!?

 咆哮を上げながらドスドスと足音を立てて追いかけてくる。

 走りながら呪文を唱えるしかないか、と俺が思っていた時。


「キャプト・ネット!」


 空から声が聞こえてきた。

 見上げる間もなく、巨大蜥蜴の叫び声が耳をつんざく。  

 俺たちを追いかけていた足音もそこで途絶えた。

 振り返ると巨大蜥蜴は蜘蛛の巣のように張り巡らされた捕縛魔術の糸に捕らえられていた。

 捕縛から逃れようと魔物がもがいている間に、一人の男が空から降りてきたと同時に、大剣でその身体を斬りつけた。

 鎧のように丈夫な皮膚で覆われているはずの身体は、真っ二つに……あとはグロい表現になるので、詳しくは語らないが、とにかく一撃で巨大蜥蜴は倒されたのだ。


 俺たちの前に立ちはだかるのは、見るからに筋骨隆々な後ろ姿の男。騎士なのかクロスされた剣と翼の紋章が描かれたマントを身に纏っている。

 いや、ただの騎士じゃない。

 ウィストのように一般的な騎士はマントの色が青いが、目の前に居る人物のマントは黒い。しかも紋章も金の刺繍がほどこされている。

 あのマントを羽織ることができるのはただ一人。

 

 ロバート=シュタイナー。


 この国の将軍だ。

 四十代後半、浅黒い肌に銀色の髪が良く映える。目の色もまた銀色で若い頃は銀の貴公子と呼ばれていたとか。しかし戦果を重ねるにつれ、目つきが鋭くなり、身体もごつくなったせいか、貴公子は鬼公子と呼ばれるようになった。

 軍事の最高位にいる人物が、今、俺の目の前にいる。

 彼は俺の前に跪き、淡々とした声で言った。


「ご無事で何よりです、エディアルド殿下」

「あ、ああ……ロバート。だけど何故、お前がここに」

「私は早朝ここを散歩するのが日課なのです」

「…………」


 ごくごく真面目な口調で答えているが、俺は顔を引きつらせる。

 いや……まさか、まさかだとは思うが。


「もしかして俺のこと、護衛してたとか?」

「何のことでしょう? 私は散歩をしていただけです。最近、この辺りも強力な魔物が増えてきましたので、見回りも兼ねておりますが」

「……」


 小説によると将軍ロバートは、エディアルドのことを死ぬ間際まで気に掛けていた人物だった。

 多分、今回も密かに俺のことを見守ってくれていたのだろう。将軍という忙しい身分にも関わらず。

 駄目王子とかハズレ王子とか言われ、周りから見放されていると思っていたけれど、ちゃんと俺のことを誠心誠意守ってくれる人間もいるんだよな。


「ありがとう、ロバート。じゃあ、今度は一緒に森を散歩しないか?」

「い、いや、しかし殿下。今のような魔物が出たら……」

「俺は実戦でも戦えるように強くなりたい。その為には出来るだけ多くの経験を重ねないといけないんだ。あんたみたいに一撃でこの巨大な魔物を倒せるぐらいじゃないと話にならない」

「何故、そこまで力を求めるのですか?」

「俺は守られるだけの存在でいるわけにはいかない。だけど最初から巨大な敵に挑むのも無謀だからな。しばらくはロバートの力を借りたいんだ」


 将来魔物の軍勢が襲来することに備えたい。それに小説の通りに話が進むとしたら、ロバート将軍は、闇の化身であるダークドラゴンと相打ちになり死んでしまう。

 彼を死なせない為にも自分が強くならなければ。

 ……とは今は言えないが、俺の切実な気持ちを感じ取ったのか、ロバートは何も聞かずに頷いてくれた。

 そして彼の視線はウィストの方に向けられる。


「ウィスト=ベルモンド、ここ数日君の戦い振りをみせてもらったが」


 密かに見守ってきたことをぽろっとバラしてしまう、少し天然な将軍。

 ウィストはまぁ、将軍に名前を呼ばれた時点で、呪いでも掛かったかのように身体をガチガチにして気を付けの姿勢をとっているけどな。


「君の実力であれば、実行部隊でもすぐに活躍できるだろう。希望の部隊があれば、私から推薦状を書いておく」

「あ、有り難き幸せ……で、ですが、どうしてそこまで」

「君の父上には一度命を助けられているからな」



 ウィストの父親は、平民の傭兵に過ぎなかったのだが大きな活躍をした為、王室から騎士爵を賜ったらしい。

 その大きな活躍というのが、当時将軍になったばかりの若きロバートを、魔物の一撃から守ったことらしい。

 小説にはそんなエピソードは書かれていなかったような気がするのだが……もしかして裏設定って奴か?

 事情はどうあれ、ロバートの推薦状があれば、ウィストの実行部隊入りは確実になるな。


 その日以来、早朝の魔物退治は、将軍という強力な助っ人と共に、さらなる強敵を相手にするようになった。

 多少危険を伴うが、大物の魔物を相手にする時の戦う術を学ぶことができた。そして、その経験は後々、俺にとって大きな役に立つことになるのだった。

 



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