第30話 悪役令嬢は学園生活を満喫中①~sideクラリス~
「スーザン様、この前頂いた林檎でアップルパイを作ってみました。どうぞお召し上がりください」
「こ……これをクラリス様がっっ!?」
ヴィネの台所を借りて、掌サイズのアップルパイをいくつか作った私は、林檎のお礼にアップルパイをスーザンに渡した。
すごく喜んでくれたので、私も作った甲斐があったなと思っていたのだけど。
数日後。
スーザンをはじめ、アップルパイを食べた寮生達が私の部屋を訪れ、是非作り方を教えて欲しいと言ってきたのだ。
彼女たちの熱意に押されて、急遽寮の厨房を借りて、料理教室を開くことになった。
「まぁ! 粉がだんだん粘土のようになってきましたわ」
「本当にこれが、あのパイ生地になりますの?」
ああ……普段はすましている貴族令嬢達が、まるで子供のように目をキラキラさせている。
あんな眼差しを見ていると、教えることに生き甲斐を感じる学校の先生の気持ちがよくわかる。もしかしてヴィネやジョルジュも同じ気持ちなのかな。
料理経験がない彼女たちにとって、皆で調理をすることが思いの他楽しかったらしく、定期的に料理教室をやろうという話になった。
私も彼女たちのために、アップルパイのレシピやミートパイ、キッシュのレシピをイラスト入りでノートに書き込むことが楽しみになっていた。
料理教室を機に、私と寮生たちの距離はぐっと縮まった。
先輩の寮生たちも、社交界の噂を聞いていたから、私のことをかなり警戒していたようだけど、もちろん私は特に問題を起こすこともなく、我が侭を言うこともない。
さらに料理教室も好評で先輩方も参加するようになっていた。
社交界では私が我が侭であるという噂がある一方、継母に虐げられているという噂も流れていたようで、日々の私の生活態度を見て、噂は後者の方が正解なのだろうと寮内では認識されるようになった。
むしろ他の令嬢の方が部屋の狭さやベッドの寝心地の悪さ、門限が早いなど文句を言っていた。
寮生活に馴染むことができるのは、入寮者の中でもごく一握りだという。実家のように自分の言うことを聞いてくれる使用人がいるわけじゃないし、口に合う料理をだしてくれるシェフがいるわけじゃない。一人部屋とはいえ、半集団生活についていけない令嬢は、寮を去って実家からの通学を選ぶらしい。
寮に残っている令嬢は、遠い地方出身が多く、しかも平民とさほど変わらない暮らしをしているのだとか。
私にとっては実家の方がむしろ地獄、ここは天国そのものだ。
煩わしい使用人もいないし、時々訳分からない自慢話をしては勉強の邪魔をしてくる妹もいないので、集中して勉強ができるのも有り難い。
おかげで中間試験では上位の位置につくことができた。
成績が良い人は廊下の壁に順位と名前が書かれた紙が貼り出されるのよね。
私の名前は学年で三番目。実の所、魔術史は魔術の歴史だけじゃなく、術式の事細かな説明まで書かされたものだから、難しすぎて自信がなかったんだけど、それでも五番内に入ることができたから上出来。
「クラリスは本来Sクラスに入る筈だったって噂は本当だったんだな」
「魔術にも秀でているみたいだぞ。治癒魔術は既に教師を超えているって」
「エディアルド殿下の婚約者じゃなかったら、Sクラスで学べたのに。可哀想」
いいえ、全然可哀想じゃないので。
むしろ気が合う友達と出会えたので、Aクラスで良かったと思っている。
それにエディアルド様と過ごす日々も楽しいし。
隣に立つエディアルド様の横顔を見て、私は一人赤面してしまう。
「さすがクラリス様ですね! 次は負けませんわよ」
デイジーは仲の良い友達だけど、勉強に関しては良きライバルでもある。今回のテストは私が学年三位、デイジーは四位だった。その差は一点差だったので、デイジーとしても悔しかったみたい。
「お二人が勉強を教えてくださったお陰で、私も十位内に入ることが出来ました」
ソニアもまた、嬉しそうに成績順位が書かれた張り紙を見上げている。
私とデイジー、ソニアは顔を見合わせ笑い合った。
さて、学年の一番と二番は誰かというと、エディアルド様とアーノルド殿下が同点だったらしく、二人とも一番と書かれていた。というわけで二番は不在。
「嘘だ……あの(馬鹿)王子が一番だって」
「どんな手を使ったんだ」
「さてはクラリスの答案を覗き見したな」
よほど信じられないのか、エディアルド様に悪意を持った生徒たちは言いたい放題だ。
いや、カンニングしたのなら私よりも成績が上位なのはおかしいでしょ。少なくとも私が解けなかった問題をエディアルド様は解いているのだ。選択肢問題は一切ないし、運で点数がとれるようなテストじゃない。
まぁ、それを説明したところで彼らは認めないだろうけど。
「うーん、もう少し手を抜くべきだったか」
エディアルド様が隣でぼそっと呟いているのに、私は内心ぎょっとした。
彼はあまり目立つことは本意ではなかったようだ。そこそこの成績になるようわざと手を抜いたみたいだけど、それでも一位になってしまったらしい。
今回のテストはかなり難しかったし、学年全体の平均も低いんじゃないかと思う。
私も解けなかった問題がいくつかあったし。
でもエディアルド様は解こうと思えば全問解けたのではないだろうか。
「半分ぐらい残しておけば良かったか……いや、でも五十点はさすがに俺のプライドが……」
――何かブツブツ言っている。
百点を取ろうと思えば取れた筈なのに、どうしてわざと手を抜いたのだろう? 今は周りの皆がいるから尋ねにくいけど、誰もいない時に尋ねてみようかな。
その時、エディアルド様の側近であるカーティスが私の元に歩み寄って来た。
「クラリス様、いくら婚約者とはいえエディアルド殿下を甘やかすような真似はやめていただきたい」
「は?」
何、馬鹿な事言っているの? この人。
でもカーティスは至って真面目な顔だ。
「エディアルド殿下に答案を見せたのでしょう? そうじゃなければ、納得がいきません」
「あの……エディアルド様は私よりも成績が上位なのですよ? 仮に答案を見せたとしても私よりも成績が良かったらおかしいでしょう」
「い、いや、それは自力で解いた問題も多少あるでしょうから。八割はあなたの力によるものですよね」
「何の根拠で八割と決めつけるのです? 本当に無礼極まりないですね、主であるエディアルド様と婚約者である私に不正を働いたと言い掛かりをつけるなんて。あなた、本当にエディアルド様の側近なのですか?」
畳みかけるように言う私にカーティスは何も言い返せなくなった。
そばに居たエカリーナがわざとらしく声を上げる。
「怖―い。やっぱりあの人悪女なんだわ」
するとエディアルド様に悪意を抱いている貴族達もそれに同調しだした。
「全くだ」
「……もう少し淑やかな女性だと思っていたのに」
「カーティスも災難だな」
……うーん、やっちゃったな。私のこういう所が可愛げがなくて嫌がられるのよね。
エディアルド様も引いてるかな?
恐る恐るエディアルド様の方を振り返ると、彼はクスッと笑ってから不意に私を抱き寄せる。
「クラリスがとても熱心に俺に勉強を教えてくれたおかげだよ」
「え、エディアルドさま!?」
わ、私はあなたにお勉強を教えた覚えはありませんぞ!?
目を白黒させる私に、エディアルド様は私の手の甲にそっと口づけをして言った。
「本当にありがとう。君が俺の婚約者になってくれたから、俺はここまで頑張れたんだよ。これからも君のために俺は精進していくつもりだよ」
な、何か私のお陰でエディアルド様の成績が上がったみたいになっている!?
エディアルド様は私と出会っていなくても、元々勤勉家のように思えたのだけど。
するとそのやりとりを聞いていた周囲の女子生徒たちが、きらきらと目を輝かせる。
「まぁ、エディアルド殿下はクラリス様の為に一生懸命勉学に励んだのですね」
「分かりますわ。クラリス様のような素敵な方が婚約者だったら、自分を高めたい気持ちになりますものね」
「私も是非クラリス様から色々教わりたいですわ」
女子生徒達からは憧憬の眼差しが私に向けられ、男子生徒からは羨望の眼差しがエディアルド様に向けられる。
たちまちクラリスの好感度が上がりだしたものだから、エカリーナは慌てて声を上げる。
「で、でもクラリスはヘイリー伯爵令息のことをこれでもかと責めて」
「あら、あんな不当なことを言われて黙っている方がおかしいのでは? それとも、あなた方はご実家の威信にかけて、王族が不正を働いていると訴えるおつもりですか?」
「……!?」
デイジーの言葉に、それまで私やエディアルド様に悪意を向けていたエカリーナや貴族達は黙り込んだ。
いくら馬鹿だと見下していても王族は王族。下手なことを言えば、家を取り潰される可能性があることに、彼らはようやく気づいたみたいだった。
「エディアルド殿下は良い婚約者に恵まれたようですね」
「彼女が悪女である噂は嘘だったようだな」
「エディアルド殿下を勤勉家に変えるとは……クラリス嬢は婚約者の鑑だ」
な、何か無駄に過大評価されているような気がする。
私だってそこまで目立ちたくないのに。
思わず恨めしい上目遣いをエディアルド様に向けてしまう。さすがに申し訳なく思ったのか、エディアルド様は私の耳に囁いてきた。
「ごめん……あとで美味しいケーキご馳走するから」
そ、そんな美声で甘い誘いをしたって、私には誤魔化されませんからね!
そ、そんな顔近づけても、ご、誤魔化されないからっっ!!
な……何でそんなに反則的なくらい美形なの。しかも人懐こい仔犬みたいな目で見詰められたら「まぁ、いっか」と思ってしまいそうになる自分がいる。
「ケーキはホール一個分ですよ?」
「そんなに食べるの?」
「持って帰って寮の皆と分けて食べるんです!!」
「じゃあ、お土産用のケーキと、一緒に食べるケーキを買えばいいね」
「……」
い、一緒に食べるって……それじゃまるでデートじゃない。
熱い……今、私の顔は燃え上がっている。
結局エディアルド様の顔の近さに耐えきれなくなった私は、こくりと頷くことしかできなかった。
――私、彼の事好きになっているかも。
エディアルド様はいつか聖女様に恋をしてしまうかもしれないのに。
期待したら駄目。
前世だって痛い目を見ているじゃない。何で懲りないのよ、私はっっ!!
いくら私が抵抗しても、結局は小説の展開通りになるかもしれないじゃない。
だから甘い期待はしないようにしなきゃいけないのに、嬉しさのあまりドキドキする気持ちは抑えられそうもなかった。




