第22話 師匠たちの出会い~sideクラリス~
「一人で酒って、また踊り子のリリーさんにフラれたのか?」
呆れているのか、大きな溜息をつくエディアルド殿下に青年は拗ねたように唇を尖らせた。
「うるせー。どうせ俺は恋愛に縁の無い男だよ。こんなクソガキに先を越されるなんてよぉ」
「クソガキって……俺は一応この国の第一王子なんだが?」
「いっそのこと不敬罪で俺を逮捕してくれよぉぉ。俺を殺してくれぇぇぇ」
おいおい泣きながら後ろから抱きついてくる青年に、ものすごくげんなりするエディアルド殿下。
この人、本当にエディアルド殿下の師匠なの? ? 酔っ払っているし、変な人がからんできたわね。
呆気に取られる私に、エディアルド殿下は苦笑いを浮かべて、泣いている青年を私に紹介してくれた。
「彼はジョルジュ=レーミオ。俺の魔術の師匠だ」
「……!?」
ジョルジュ=レーミオ!?
あー、それならイケメンなのも納得。
それに酔っ払っているのも納得。
小説の中でもかなり人気キャラだったものね。女好きで酒飲みだけどヒロインと出会って改心するのよね。
そしてヒロインの事を一途に愛するようになって……ジョルジュが死んだ時は、感想欄が相当荒れたらしい。
でもジョルジュと言えば、ヒロインであるミミリアの師匠になる人物だった筈。何でその人がエディアルド殿下の師匠に? ? ?
私は飲み物のコップを危うく落としそうになりながら、エディアルド殿下とジョルジュを交互に見るのだった。
酔っ払っているとは言え、自分にすがりついてくる魔術師の青年に、エディアルド殿下は迷惑そうだけど、特に不快に思っている感じじゃない。
そもそも小説のエディアルドだったら、平民のジョルジュを師として仰ぐことはまずないだろう。
二人は師匠と弟子という関係以上に、気を許し合える間柄なのがうかがえる。
あ、とりあえず初対面だし、挨拶はしておかないとね。
「は、初めまして。クラリス=シャーレットと申します」
「クラリス=シャーレット? ああ、殿下の婚約者か。噂では聞いているけど……」
ベンチから立ち上がり淑女の礼をとる私に対し、意外そうな目で見ているジョルジュ。
彼の耳にも我が侭なクラリスという噂が届いているんだろうな。あるいは第二王子に嫌われたので、第一王子の婚約者に回されたとか。
「クラリスは我が侭故、第一王子の婚約を不満に思っている。しかも顔が不細工だって聞いていたけど、噂と全然違うじゃねぇか」
「そ、そんな噂が流れているのですか? エディアルド殿下との婚約は、恐れ多くとは思っていますが、不満など全くありません」
「だよなぁ、不満があったら、そんなにイチャついていないよな」
「い、イチャついた覚えはありません!」
だんだん腹が立ってきた!
身に覚えがない噂を立てられていることに。私だけなら良い……でもエディアルド殿下が悪く言われるのは我慢がならない。
大方、ナタリーやベルミーラお義母さまが、あることないことを吹聴しているのだろう。
あのお茶会に参加した貴族は、私の噂は偽りだったことが分かっているけれど、お茶会に参加していない人物は、まだ噂を信じているだろうし。
「気にすんなよ、お嬢ちゃん。噂ってのは悪意と願望がコーティングされて広まるもんだからな。特に身分が高くて美人となるとやっかむ奴はごまんといる」
「私のことは良いのです。ですがエディアルド殿下に不満があるだなんて……彼には何一つ不満を抱くような要素などないのに、何故そんな噂が広まるか分かりません」
「そりゃ第一王子は馬鹿って噂が立っているからな」
「それこそ悪意と願望ですね。第一王子は愚かであって欲しいと思う人間がいるのでしょう」
憤慨する私の言葉にジョルジュはしばらく驚いた表情を浮かべていた。
何か変なこと、言った?
首を傾げる私にジョルジュはエディアルド様の首に手を回し、頭をぐりぐりと撫でてくる。
「この野郎、お前の婚約者、むちゃくちゃいい娘じぇねぇか」
「ジョルジュ、いい加減にしないと本当に不敬罪に問うぞ?」
「今は王子じゃなくて平民のエディーだろ? 王子が平民の格好をして婚約者と街でデートしていたってバレたら、それこそ問題じゃねぇか」
確かに今のエディアルド様は平民と変わらない出で立ちだ。王子だと逆に平民の服を手に入れる方が大変だったんじゃないかと思う。ジョルジュに頼んで買いに行って貰ったのかもしれないわね。
そ、それにしても本当に仲がいいわね。
王子であるエディアルド殿下に後ろから抱きつくなんて、よほど親しくないと出来ない行為だよ。
ちょっと私やヴィネの関係に似ているのかな? 小説の悪役エディアルドはとても孤独な人だったから、現実のエディアルド殿下には、ちゃんと心を許しあえる存在がいて良かった。
その時、私の目の前を水の柱が列車のように通過した。
そして咎めるような女性の声が響き渡った。
「若い二人の恋路の邪魔する奴は馬に蹴られてしまいな!」
ジョルジュの身体が本当に馬にでも蹴られたかのように突然数メートル先まで吹っ飛んだ。
水砲撃魔術と呼ばれる、水の攻撃魔術で、柱形の水をミサイルのように飛ばす魔術だ。攻撃を食らうと人間の身体だったら、誰かに蹴られたかのように簡単に吹っ飛んでしまう。
「本当に良い雰囲気だったのに、何てことしてくれるのよ!!」
あれ……この声は、よーく知っている声だ。
私は顔を引きつらせて振り返ると、ヴィネが剥れた顔で腕組みをして立っていた。
さっきのよろず屋の店主、ペコリンまで来ていて、つまらなそうに口を尖らせている。
「まさか今までの様子を観察してたの!?」
吃驚して声を上げる私に、ヴィネは口元を手で押さえ、ペコリンと共に、クスクスと笑う。
「まっさかぁ。あたしはペコリンとお出掛けしていただけ。たまたまあんたたちと方向が同じだったのよ。ね、ペコリン」
「そうですよー。二人でお散歩していただけですー」
物見高い女子二人は、明後日の方向を見ながら言い訳をしている。
い、今までの様子を二人は気づかれないように観察していたのか。恐るべし、誰かに尾行されている気配は微塵にも感じなかったわ。
「もう少しでキスシーンが見られるって思ったのに」
「そうですよー。ロマンスを下さい、ロマンスを!!」
目をうるうるさせてこっちを見るヴィネとペコリンに、私はかぁぁっと顔が熱くなる。
そんなこと言われても、まだキスする程の仲じゃないしっっっ!!
いくら正式な婚約者になったからといって、会ったのは二回目で、お互いのこともろくに知らないのだから。
だけど、そんな風に言われてしまうと、思わず妄想してしまう。
エディアルド殿下とのキスシーンを。
ええい! 邪念よ滅びろ!
邪な自分に内心焦りつつ、ふとエディアルド殿下の方を見ると、彼も照れくさそうに笑っている。
ううう…………笑うと可愛い男って反則だと思う。
水の柱をぶつけられてびしょ濡れになったジョルジュは、髪を掻き上げて苦々しい表情を浮かべながら立ち上がる。
「誰だよ、俺に水砲撃魔術を喰らわせた奴は」
「私だよ、宮廷魔術師さん」
「んだと!? お前、覚悟は出来て――」
肩を怒らせ立ち上がったジョルジュの台詞が止まる。まるで一時停止したかのように動かなくなり、ヴィネを凝視する。
豊満な肉体を強調するような露出度の高い服、紅を引いていないのに赤い唇は肉感的。そして女の艶がこれでもかというくらいに溢れでた美貌。
ジョルジュは足早にヴィネの元に歩み寄り、その手をとった。
「いくら俺がいい男だからって、水を滴らせるような真似は感心しないな、お嬢さん」
「あら、せっかく良いところだったのに邪魔する方が悪いのよ」
「人の恋愛を見て楽しむよりは、自分の恋愛を楽しむのはいかがかな?」
そう言ってジョルジュはヴィネの手の甲にキスをする。
チャラい……ジョルジュ=レーミオがヴィネ=アリアナを口説くなんてシーン、小説には書いていなかった。
当然ヴィネはジョルジュの手を振り払いツーンとそっぽ向く。
「生憎、野暮な男はタイプじゃないの」
「俺は連れなくされる程燃える性格なんだ」
「もう一回水砲撃くらいたいみたいだね?」
「君の攻撃なら全身で受け止めてみせるさ」
ジョルジュはヒロインミミリアに恋心を抱くようになり、彼女を守る為に魔族の皇子、ディノと戦って命を落とす――でもミミリアに出会う前は、酒好きで女ったらしというクズ男だった。
その女たらしぶりが今、見事に発揮されている。まぁ、当然ヴィネに往復ビンタされてそっぽ向かれているけど。
いくら顔がいいからといっても、出会ってすぐ口説くような軽薄な人はアウトだわ。
こんな人が本当にヒロインの事を好きになるの?
もしかしたら、この世界のジョルジュは違うのかもしれない。
既に私やエディアルド殿下も小説の筋書きとは違う道を歩んでいる。他のキャラもそうなる可能性が高い。
ジョルジュはチャラいけど好きな女性には一途だったみたいだし、その心がヴィネに向けられたら……とは思うけど。
ヴィネは派手な装いとは裏腹に女手一つで子供を育てているし、根は真面目で働き者だ。
私にも熱心に薬学を教えてくれる。
だからヴィネには幸せになって欲しいとは思っている。
ジョルジュがヴィネに対して一途になってくれるのなら……とは思うけど、どうなんだろう?
今の所ただのチャラいナンパ野郎にしか見えないから、素直に応援できないな。
「ところでお嬢さんは、俺の弟子たちの関係者か何かか?」
エディアルド殿下に後ろから抱きついて、金髪の髪の毛をわしゃわしゃ撫でているジョルジュに、ヴィネは軽く肩をすくめて答える。
「あなたの弟子の許嫁の師匠よ。可愛い弟子の幸せを願って、ペコリンと共に見守っていたのに」
ペコリンはうんうんと首を縦に振る。
見守っていたって聞こえはいいけど、人のデートを興味半分で覗いていたと言った方が正しいと思う。
「ちなみに君はクラリス嬢に何を教えているの?」
「薬学よ。この子、自分で薬を作れるようになりたいんですって」
ヴィネは私の隣に腰を掛けて、きゅっと抱きついてくる――変な所でジョルジュと張り合っているわね。
「薬学……っっ!!そういえば、俺の可愛い弟子も薬学を習いたいって言っていたな?」
「え……ジョルジュに言ってたかな?」
「言っていたよな? 習いたいって」
「……うん、言った」
笑顔の圧力に押されたのか、エディアルド殿下は視線を反らしながら肯定した。
まぁ、確かに私との会話では、薬学を習いたいってことは言っていたけど。
ジョルジュはそんなエディアルド様の金髪を、もう一度わしゃわしゃと撫でながらヴィネに提案をしてきた。
「俺の弟子に薬学を教えてくれないか? その代わり俺は君の弟子に魔術を教えるから」