だからあなたも幸せに③~side結唯~
結城瑛吾さんは私より二つ年上で、職業は警察官。交通部に勤めているらしい。
警官の制服、似合いそう。
顔が優しそうだから全然想像つかなかったけれど、でもよく見たら身体はがっしりしている。
警察官になろうと思ったのは、お兄さんの交通事故がきっかけだったそうなの。
大知義兄さんのお墓参りへ行った帰り、私達は一緒にお茶をすることになった。
「僕はアップルパイとコーヒーをお願いします」
「私はチーズケーキと紅茶をください」
オーダーをメモした店員さんが立ち去った後、私たちはお互いの家族の思い出や、自分の日常や、天気のことなど、色々な話をした。
仕事以外で男の人と二人で話をするのは初めてだ。最初は緊張していたけれど、話をしていく内にだんだん落ち着いてきて、何だか楽しくなってきた。
「お待たせしました、アップルパイとコーヒーのセットです」
注文したアップルパイが来た時、結城瑛吾さんは嬉しそうに顔を綻ばせた。
アップルパイ、好きなのかな?
アップルパイといえば、穂香姉さんとよく作っていたな。
そんなことを考えていると、結城瑛吾さんは笑顔で私に言った。
「結唯さん、今度の命日にまた穂香義姉さんのお参りしようかと思っているのですが·····」
「本当ですか!? きっと叔母も喜びます」
私もこの不思議な縁を終わりにはしたくなかったから、瑛吾さんの申し出はとても嬉しかった。
私達は翌月、穂香姉さんのお墓参りをするために再び会うことになった。
今度は私も大知義兄さんのお墓参りに行こう。
そんなことを考えていた時、瑛吾さんは少し恥ずかしそうに。私に言った。
「あの·····この後時間は、空いていますか?」
「は、はい。空いてますけど?」
「友人から映画のチケット貰ったんです。良かったら一緒に映画、見に行きませんか」
「は、はい。是非」
こうして私と結城瑛吾さんは、身内を失った者同士、交流を続けることになった。
お墓参りが終わったら、食事に行ったり、お茶をしたり、展覧会を見に行ったり……。
だんだん、命日以外でも会うようになり、最初は法事に集まる身内のような感覚で瑛吾さんと会っていたのだけど、次第に一人の男性として意識するようになっていた。
そんなある土曜日――
「久々にアップルパイ焼いちゃったけど……気に入ってくれるかな?」
穂香姉さんが生きていた時、一緒に作っていたアップルパイ。
最初に一緒に作った時は私はまだ小さくて、小麦粉を粘土みたいに丸めて遊んでいた。
その様子を穂香姉さんは優しい眼差しで見守ってくれていた。
あの頃のことを思い出した私は、急に涙がにじんできた。
穂香姉さん…………。
穂香姉さん、小麦粉を丸めて遊んでいたあの頃と違って、私も上手にアップルパイを焼けるようになったんだよ。
穂香姉さんに食べてもらいたかったな。
私は涙を腕で拭ってから、焼き上がったアップルパイを食べやすく切ってから、箱の中に入れる。
ここで泣いてもしょうがない。
ちゃんと笑顔でアップルパイを渡すようにしないと。
◇◆◇
「え……これを僕に?」
「はい。自分で焼いたアップルパイなのですが」
自分を指さして目をパチパチさせる瑛吾さんに私は頷いた。
お墓参りの帰り、タイミングを見計らって私はアップルパイの箱が入った紙袋を手渡した。
「以前カフェで注文していましたよね? アップルパイが好きなのかな? って思って」
「あ、は、はい! 好きなんです……でも、本当に貰っても良いのですか」
「ご迷惑じゃなければ」
「迷惑だなんてとんでもない! めちゃくちゃ嬉しいです!!」
よかった!
喜んでもらえた……しかも、すごく喜んでくれている。
目が輝いているし、いつになく声も弾んでいるし、お世辞で言っているわけじゃないのは私にも分かる。
その時、結城瑛吾さんは何故か緊張した面持ちになって私に言った。
「そ……そうだ、今日はいい天気ですし、公園で一緒に食べませんか?」
「は、はい」
うわ、一緒に食べることになっちゃった!
嬉しくなって思わず頷いちゃったけど、結城さんはどういうつもりで、いつも私を誘ってくれるのだろう?
私たちは近くのスーパーでフォークと紙皿、そして飲み物を買ってから公園へ向かうことにした。
公園の四阿に紙皿を並べ、あらかじめ切ってあるアップルパイを取り出した。
「すごい! 売っているアップルパイみたいだ」
「そんな、褒めすぎですよ。結城さん」
そういった私に、結城さんは一瞬ピタッと動きを止めてから、こっちを見てきた。
え? どうしたの?
瑛吾さんは頬を掻いて、少し照れくさそうに言った。
「ここからは敬語はやめようか」
「え?」
「兄さんと穂香義姉さんは結婚しているわけだし、僕たちは義理の家族になるから」
成る程。
そうなると私たちって義理の兄妹ってことになるのよね。
ということは、兄弟みたいな感覚で接したらいいのかな?
「じゃあ、これからもよろしくね。お兄ちゃん」
「お、お兄ちゃんって……まぁ、お兄ちゃんと言われるのも悪くはないけど」
あ、あれ?
違った?
結城瑛吾さんは、後ろ頭を掻きながら少し目をそらしながら恥ずかしそうに言った。
「出来れば下の名前で呼んでほしいかな」
そ、そっか。
二つ年上だから、お兄さんみたいに接したらいいのかなと思って、思わずお兄ちゃんって言っちゃったけど、ちょっと子供っぽかったかな。
私は気を取り直して、一度咳払いをしてから、名字ではなく下の名で呼ぶことにした。
「瑛吾さん、よろしくね」
「ああ、よろしく結唯さん」
「……」
結唯さん、かぁ。下の名前で呼ばれるのってちょっと照れくさいな。
それにしても、身内のような間柄とはいえ、こうして四阿で男女二人というのはやっぱりデート……のような気がするんだけど。
ちらっと瑛吾さんの方を見ると、彼はニコッと笑う。
やっぱり笑顔、可愛い……反則だ。
か、彼女とかいるのかな……でも、もしいたら、私と二人で出かけるような事しないよね。
思い切って尋ねてみようかな。
恋人がいるのか?
……いや、でも尋ねてどうするのよ!!
私は首を横に振った。瑛吾さんは素敵な人だってことは分かっている。
だけど、私はまだ怖い。
恋愛するのが、まだ怖くて、あと一歩が踏み出せずにいた。
◇◆◇
「最近、あなた綺麗になったわよね」
「へ?」
「内山が今度あなたと食事がしたいって言っていたわよ。誘うんだったら、自分で誘えばいいのにね」
「あ……ごめんなさい。ちょっと先約があって」
「お付き合いしている人いるの? あらー、内山残念。やっぱり良い娘って早く彼氏ができるわよねぇ」
先約があるのは本当だ。
彼氏、ではないけど。
内山さんとは絶対にお食事に行きたくないので、瑛吾さんを理由にお断りすることにした。
だけど、内山さんの話はこの場で終わることはなかった。
帰り際、オフィスのロビーで待ち伏せしていたのか、内山さんは足早に近づき、今度は直に誘ってきたのだ。
「山本さん、一緒に食事に行かない? 仕事のことで分からないことがあったら相談に乗るし」
「…………」
こ、こんな人がいる前で堂々とお誘い!?
断りづらいシチュエーションで誘ってきた!!
「お気持ちは嬉しいのですが、ちょっと先約が」
「じゃあ、先約をキャンセルして俺と食事をして欲しい」
――――は?
何言っているの? この人?
キャンセルって簡単に言うけど、約束を断ると言うことはその人に頭を下げなきゃいけないことだ。
何故、別に仲良くもない人のために私が頭を下げないといけないのだろう?
何とも言えない理不尽な気持ちに陥る私に、内山先輩はさらに言った。
「後悔はさせないよ。だから先約の奴なんか断って俺と一緒に食事に行こう」
「お断りします」
即座に私は内山さんの誘いを断った。
どこまで自分に自信があるのか分からないけど、先約の人を断って自分の元へ来いだなんて、よく平然と言えるわ。
仕事の取引先でも同じ事言えるのだろうか?
内山さんは即断られるとは思ってもみなかったみたいで、それまでニコニコしていた笑顔が引きつっていた。
顔もいいし、とてもモテる人だから、今まで断られたことがなかったんだろうな。
先約をキャンセルして内山先輩の誘いに乗った人もいたのかもしれない。
私は先約をキャンセルしなきゃならない程、この人と食事をしたいとも思わない。
むしろ嫌。
何となくだけど、穂香姉さんの元彼と感じが似ている。今は牢の中にいる清水マサヤとは、穂香姉さんと付き合っていた時に何回か会ったことあった。
あの人は姉さんに頼りっぱなしだったくせに、とても自信家だった。なまじ顔が良くて女性にモテていたからだと思う。
あの元彼と雰囲気が凄く似ているんだ。
勿論、内山さんと清水は違うのは頭では分かっているんだけどね。
「すいませんが先約をキャンセルするわけにはいきません。今から会う方は私にとって、とても大切な方なので」
言っていることに嘘はない。
瑛吾さんの存在は私にとって、かけがえのない存在になっている。
彼と会う時がいつも楽しみで待ち遠しくなっていた。
「またまた。本当は先約なんかないんだろ? 君、まだ彼氏とかいないでしょ」
うわ、決めつけられているし!
確かに瑛吾さんは彼氏とは言えないけど……でも、いないと決めつけるなんて失礼極まりない。
私はこの際だからハッキリと言うことにした。
「私は、約束を断るように命じるような方とはお食事をしたくありません」
「それは本当に約束があったら、の話でしょ?」
約束があることすら信じてくれない。
どうしたらいいの?
瑛吾さんとの待ち合わせ……遅れてしまう。