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だからあなたも幸せに②~side結唯~

 大学生になってからは、アパートで一人暮らしをするようになった。

 部屋着に着替え、テレビを付けた私は食事を作ろうと冷蔵庫を開けた。

 テレビは淡々とニュースを伝える。


『次のニュースです。今朝七時、東京池袋の横断歩道で七十歳女性が車にはねられ死亡しました。車の運転手はそのまま逃走し、現在新宿署は行方を追っています』



 思わずニュースを凝視する。

  轢き逃げ事件のニュースを見るたびに思い出す嫌な奴。

 姉さんの婚約者だった清水マサヤ。

 新しい恋人と一緒に暮らしていたみたいだけど、その恋人とは上手くいかなかったみたい。

 姉さんと仲が良かったという受付の菊池さんに教えてもらった事だけど、清水は姉さんが死んだことも知らずに、よりを戻そうとしていたみたいで、うちの会社まで訪ねて来ていたみたいなの。

 呆れてものが言えない。

 それから間もなくして、清水は事件を起こした。

 姉さんを捨ててまで選んだ新しい恋人を車で轢き殺し、そのまま逃走したらしい。

 清水はすぐに逮捕され、そのことは全国のニュースにもなった程だった。

 ニュースによると、清水は恋人が別の男のところへ行こうとしたから、引き止めたかったと供述している。

 自分だって姉さんを裏切って今の恋人に走ったくせにね……相手の心変わりは許さないって、どんだけ自分勝手なんだか。

 清水は、今も服役中だ。

 出来れば一生、牢の中にいて欲しい。


 ◇◆◇


 また夢を見た。

 花嫁衣装を纏った紅い髪の毛の女性……彼女は周囲の人たちから「クラリス様」「クラリス妃殿下」と呼ばれている。

 クラリスといえば、『運命の愛~平民の少女が王妃になるまで~』の悪役だった女性の名前だ。

 あの紅い髪の女性は穂香姉さんだ。

 ということは姉さんがクラリス? ?


 そしてまばゆい金色の髪、空色の目をした綺麗な男の人がその手をとっている。

 彼は「エディアルド国王」「エディアルド陛下」と呼ばれている。

 エディアルドと言えば、クラリスと共闘する悪役王子。

 二人はお互いを見つめ合い、キスをする。


 え!?


 『運命の愛~平民の少女が王妃になるまで~』では、共闘はしていたけど仲が悪かった悪役同士なのに、幸せそうに抱き合ってキスをしているなんて。

 そもそもエディアルドって馬鹿王子だったよね?

 穂香姉さん、そんな人と一緒になって本当に大丈夫なの?

 私が疑問に思っていると、穂香姉さん……いえ、クラリスがこっちを向いてクスクスと笑って言った。


「大知君は馬鹿じゃないわ。大手企業の人事課に勤めていた人だもの。私よりも人を見る目があるのよ」


 ん?

 ということはエディアルドは大知君ってこと? 

 大知君って、そもそも誰?

 大手企業の人事部だった人なら、人を見る目はありそう。姉さんを選んだのも頷けるけど。

 今度こそ本当に姉さんを幸せにしてほしい。

 大知君、お願い! 

 あ、年上だから大知君と呼ぶのは失礼か。

 大知さん、お願い!

 どうか姉さんのことを幸せにしてください!!


 ◇◆◇



 はっと目を覚ますと、住み慣れたアパートの一室だった。

 むくっと起き上がった私は思わず眉間に皺を寄せ、額をぽりぽりと指で掻く。

 ……なんか良く分からなくなってきた。

 本屋でクラリスとエディアルドが主人公だというあの小説の表紙をじっと見ていたから、夢とごっちゃになっているのかな?

 今日は日曜日だから久々に穂香姉さんのお墓参りへ行くことにしよう。お供えしている花もそろそろ枯れている頃だろうから。

 お墓参りが終わったら、近くに本が読める猫カフェがあるので、そこに立ち寄ることにしている。お気に入りの猫ちゃんがいる空間で本を読むあの時間は格別の癒やしだ。

 一応お祖母ちゃんに今日、お墓参りへ行くことをLI〇Eで伝える。

 すると了解、とクマが敬礼するスタンプが押され、続けてメッセージが入って来た。


【もしかしたら、結城さんという方がお参りに来ているかもしれない。山本家のお墓の場所を尋ねてきたから】


 結城さん?

 誰それ?


 私は詳しいことを聞く為にお祖母ちゃんに電話をした。

 お祖母ちゃんはすぐに出てくれて、説明をしてくれた。


「穂香の見合い候補に結城大知ゆうきたいち君って子がいたんだけどね。その子が穂香のことを気に入ってくれていたんだよ。もし、穂香が生きていたら、きっと大知君とお見合いをして、幸せな結婚をしていたのかもしれない」


 お祖母ちゃんの説明を聞きながら、私は胸の鼓動が早くなるのを感じていた。

 大知君……。

 夢に出てきた、姉さんの結婚相手だ。



「その結城大知さんがお墓参りに?」

「ううん、その大知君も不慮の事故で亡くなったらしいの。丁度、穂香がなくなった年だったらしいわ。お墓参りに来たのは大知君の弟なのよ」



 穂香姉さんのお見合い相手の弟が何故? ?

 別に二人は付き合っていたわけじゃないのに。

 しかも何故、十年も経った今頃に? ?

 お祖母ちゃんはさらに驚くべきことを私に言った。



「結唯、お祖母ちゃんね、夢を見たのよ。穂香がその大知君と結婚をする夢。夢を見たその日に大知君の弟である瑛吾えいご君が来てくれたから、不思議な縁を感じてね……だからお墓の場所を教えることにしたのよ」



 ◇◆◇


 私は急ぎ足で、姉さんが眠る霊園へと向かった。

 信じられない気持ちと共に。

 お祖母ちゃんも私と同じ夢を見ていた。

 もしかしたら、その結城さんも同じ夢を見たのかもしれない。

 そう思うと居ても経ってもいられなくなって、私は急ぎ足で墓地に向かっていた。

 結城さんに夢のことを尋ねたいと思ったから。

 慌てなくても後で、祖母の電話履歴を見て後日連絡をすれば良かったのだけど、とにかく早く結城さんに会いたいという気持ちが先走っていた。

 霊園にたどりつき、山本家の墓地にやってきた私は、そこで手を合わせいる男の人がいることに気づいた。


 ぱりっとしたスーツを着た人。銀縁の眼鏡の下でも隠すことができない整った横顔。

 私は思わず声が出そうになったので、手で口を押さえた。

 まさか、昨日本屋にいた人?

 あの整った横顔はなかなか忘れられないわ。

 彼が結城瑛吾さん……なのかな?

 私が近づいてくるのに気づいたのか、彼はこっちを見た。

 わ、正面の顔も端正だ。

 年は私と同じくらいかな? 


 華やかさはないけれど、端正な顔なのはよく分かる……格好いいな。

 おっと、じっと顔を見ていたら失礼にあたるよね。

 私は見蕩れていた自分に恥ずかしくなりながらも、彼に声を掛けた。


「あの、結城瑛吾ゆうきえいごさんですか?」

「そうですが、もしかして山本穂香さんのご家族の方ですか?」

「はい。山本結唯やまもとゆいです。祖母からあなたのことは聞いたもので」


 そう言いながらふと、花筒の方を見ると青と白を基調とした花束が供えられていることに気づいた。


「素敵なお花、どうもありがとうございます! 叔母も喜ぶと思います」

「叔母? 妹さんではないのですね」

「はい。叔母は私の父親と年が離れていましたから。年は私の方が近かったのです。だから叔母というよりは姉のように思っていました」


 お墓には既にお線香が供えられていたので、私はお墓の前で手を合わせた。

 水鉢も綺麗にしてあるし、お墓の周りも掃除してくれていたみたいで、私がすることは、もうないみたいだった。


「本当にありがとうございます」

「いえ、山本穂香さんにご挨拶がしたかったので」

「あの……叔母と結城大知さんは、お付き合いどころか、まだ出会ってもいなかったと思うのですが、何故こちらに?」

「……」


 結城瑛吾さんは少し困ったように笑ってから俯いた。言うか、言わないか迷っているみたいね。

 私は思いきって尋ねてみる。


「もしかしたら、夢を見たのではありませんか? 叔母と結城大知さんが結婚をする夢を」


 私の言葉に。

 結城瑛吾さんはとても驚いたように目を見張った。


「じゃあ、もしかして君も?」


 信じられないものを見るような表情を浮かべ尋ねてくる結城瑛吾さんに、私は大きく首を縦に振った。


「私は紅い髪の毛の女性と金色の髪の毛の男性が結婚式を挙げている光景をみました。見た目は全然違うのに、私はその人が穂香姉さんであることが分かりました」

「僕も全く同じ夢を見ました……しかも一度や二度じゃない。もし、兄がこことは違う世界で生まれ変わって、同じように生まれ変わった山本穂香さんと結婚をしたのであれば、挨拶をしたいと思ったのです」

「……っっ!」

「仲人さんだった人から山本さんの連絡先を聞いて、ここに来たのです」


 私は結城瑛吾さんの言葉を聞いて、嬉しさに涙が溢れた。

 信じられないけれど、信じたい。

 穂香姉さんがこことは違う世界で幸せになっていることを。


「僕と兄は年が離れていました。忙しかった両親に代わって、いつも授業参観に来てくれたし、勉強も教えてくれた。小さい頃はよく本も読んでくれた……兄であり、父親のような存在でした」


 お兄さんのことを思い出している結城さんは、優しい笑顔を浮かべていた。

 本当にお兄さんのことを慕っていたのが私にも伝わる。


「兄さんは結局結婚どころか、恋愛もしないまま亡くなってしまった……だから、例え夢でも山本穂香さんと結婚をした報告を聞いた時には、嬉しくて仕方がなかったのです」


 結城さんの気持ち、痛いほど分かる。

 穂香姉さんの場合、恋愛はしていたけれど、全然いい恋愛じゃなかった。新しい出会いもないままに死んでしまったから。


「あの……今度、結城大知さんのお墓へお参りしてもいいですか?」

「え!?」

「結城大知さんは、私の義兄になる人ですから」


 私の言葉に結城さんは嬉しそうに首を縦に振った。



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