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救いようがない男~マサヤ視点~

【閲覧注意】クズ視点です 


俺は一体どうして刑務所ここにいるのだろう?

 少し前までは俺は勝ち組の中にいた。

 一流企業に勤め、仕事も認められて……愛しい彼女との婚約も決まって。

 だけどあの女と出会ってから俺の人生は狂った。



 あの女のせいで俺は……


 

 ◇◆◇


 ある日俺は、仲が良い人事部の先輩、宇島うしま先輩に誘われ合コンに出掛けることにした。

 最近婚約者である穂香に窮屈な思いを抱くようになっていたからだ。


「おい、結城ゆうき。おまえも合コン来たらどうだよ?」

「すいません、ちょっと山田部長に呼ばれているので」


 宇島先輩に誘われたのは人事課の結城先輩だ。

 数合わせとしてあの人を駆り出すことがあるのだ。いい引き立て役になるから、役に立つ人なのだけど、最近付き合いが悪い。


「あいつ山田部長に気に入られているからな」


 面白くなさそうに宇島先輩は言った。

 同じ人事課として、上司に気に入られている結城先輩の存在は目の上のたんこぶらしい。

 俺からすりゃ上司のおっさんに気に入られたところで何のメリットもないけど。

 ようはその上司を黙らせるくらいの活躍をすればいいのだ。

 所詮、結城先輩は地味な引き立て役だ。

 

 ◇◆◇


「まーくん可哀想。そんな口うるさいオバサンが彼女だなんて。私だったらまーくんの事、いーっぱい癒してあげられるのになあ」


 合コンで出会った女性、ミコは若くて素直で可愛い娘だった。

 くうう……合コンへ行ってよかった。

 今の彼女も可愛いし、料理もうまいし、仕事も手伝ってくれるけれど、いかんせん口うるさいからな。


「私の方がマー君に尽くしてあげられるよ!」


 同じくらい俺に尽くしてくれる女なら、説教くさくない女の方がいい。せっかくの人生、より楽しい方がいいじゃないか。

 それにミコは前の職場の厳しさに耐えられず辞めてしまった過去がある。かよわい彼女を護ってやれるのは俺しかいない。その点、穂香は一人で生きていけるくらい強いしな。

 ミコの言葉を信じた俺は、今まで付き合っていた彼女――穂香からミコに乗り換えることにした。

 悲しそうな顔をした穂香の顔を見て、ほんの少し胸が痛んだが、甘えてくるミコの顔を見たら、その気持ちはすぐに薄れた。


 ◇◆◇


 だが、いざミコと同棲しはじめたら、彼女はまったく尽くしてくれなかった。

 夕飯を作って待ってもくれないし、部屋の掃除もしてくれない。

 穂香だったら暖かい夕飯をつくって、部屋も綺麗にしてくれて、しかも仕事も手伝ってくれたのに。

 しかも彼女と別れてから、俺の企画案は全然通らなくなった。


「どうしたんだ? こんな稚拙な企画、君らしくない」


 稚拙な企画……穂香にも「この企画だと通りにくいよ」と言われていた企画だったけど、俺は自信があった。

 だけど彼女の言う通り、俺の自信作は通らなかった。

 次々俺なりに考えた企画を出すが、上司は首を縦に振ってくれない。

 何故だ……何故なんだ?

 俺と穂香の二人で考えた企画は余裕で通ったのに。

 やっぱり仕事は彼女の力を借りなきゃ駄目なのか?


 そ、そうだ!!

 穂香とは仕事のパートナーとして付き合えばいいじゃないか!

 あいつはまだ俺に未練があると思うし、ちょっとお茶でもごちそうすれば手伝ってくれるはず。

 俺は彼女の職場へ向かうことにした。


 ◇◆◇


「え……亡くなった?」

「はい。山本は先週事故で亡くなりました」


 受付嬢は沈痛な面持ちで答えた。

 そんな…………穂香が事故で死んだ?



 ショックを受けている俺を見て、受付嬢は大きなため息をつく。

 何だか白い目で見られているような気がする。


「あなたも同じなんですね」

「同じ?」

「山本先輩にどれだけ助けられていたのか、全く自覚がなかったみたいですね……社内でも今頃になって“山本さんがいてくれたら”とか“山本さん帰ってきてほしい”って嘆いている人達がいるんですよね。あんなにあの人の悪口言っていたのに」


 そういえば穂香は一部の後輩達に煙たがれているって、悩んでいたな。

 目の前にいる受付嬢は、穂香のことを慕っていたみたいだけど。

 くそ……何なんだよ、そいつらは。穂香の力に頼り切っていたくせに悪口を言いまくっていたのか?

 ろくでもない奴らだな。


「申し訳ありませんが、私的な要件は受け付けかねますのでお引き取りください」

「い、いや、私的というわけでは」

「あなた穂香先輩の恋人ですよね? 写真で見たことあります……穂香先輩の訃報を知らない、ということは別れたのでしょう? 何、今更になって、会社にまで尋ねてきて、よりを戻そうとしているんですか?」



 だからその白い目で見てくるのはやめろっ!!

 顔は可愛いのにきつい娘だな。

 俺は穂香の後輩共とは違う。穂香のことは愛していたからな。

 いや、今だって愛しているさ。

 だけどミコの方が若いし、可愛いし、尽くしてくれると思っていたから。


 穂香はもうこの世にいない。

 もう、俺を助けてくれないんだ。

 これから俺はどうしたらいいんだよ!?



 ◇◆◇


「結城が事故で死んだらしいぞ」

「……先輩、嬉しそうですね」

「それはお前の気のせいだ。さすがに同じ場所で働く後輩がいきなり死んだらショックだって」


 結城先輩と同じ人事課の宇島先輩。

 同じ職場の人間が急死したことはショックだったというのは嘘ではないのだろう。だけどライバルが減ったことで浮き足立っていることも確かだ。

 山田部長は仕事はいつもどおりにこなすが、時々寂しそうに窓の景色を眺めることが多くなった。

 俺は今、人事課で事務作業をさせてもらっているから分かるが、宇島先輩は部長に歯牙にもかけられていない。

 山田部長に気に入られている有能な社員は結城先輩だけじゃない。

 あの人が死んだところで、宇島先輩のポジションが変わることはないだろうな。

 俺は結城先輩がいなくなったことに少し喪失感を覚えていた。

 

 ……あの人、いい引き立て役だったのにな。


 ◇◆◇


 日が経つにつれ、俺とミコはけんかが絶えなくなった。

 俺が働きに出かけるのに朝食も作らずに寝ている。疲れて帰ってきても夕食もつくらずにまだ寝ている。

 しかも部屋もちらかしっぱなしで、リビングはゴミ袋の山が増えていた。


「お前……少しは掃除くらいしたらどうだ!?」

「うっさいわね!! したらしたで文句言うじゃない!! だったらしない方がマシよ!!」

「お前が穂香より下手だからだろ!?」

「あ、出た。元カノの名前!! 何なの!? そんなに元カノがいいならよりを戻せば!? ……ま、無理よねぇ。自分から捨てちゃったんだから」


 そう言ってクスクス笑うミコ。

 どうして彼女の笑顔が癒やしだと思ってしまったのだろう? 今は腹立たしさしかない。

 お前のせいで俺は穂香と別れるはめになったんだ!!

 お前さえ現れなかったら。

 

 最近、ミコは出かけることが多くなった。

 LI○Eもひっきりなしに確認しているし。

 男の気配……俺がいるのに、他の男に会いに行くなんて。

 許さない。

 絶対に許さないぞ!!



 気づいた時には、男に会いに行くミコの姿を求めハンドルを握っていた。

 三度目の信号待ちで、彼女の姿を見つけた。

 家ではスエットだったのに、真新しいワンピースを着ている。

 嬉しそうに横断歩道を渡るミコの横顔を見た時、俺は赤信号だと分かっていたがアクセルを目一杯踏んでいた。



 ドンッッッ……!!


 ◇◆◇


 そのまま逃走したけれど、一日もたたないうちに逮捕された。

 後方車両のドライブレコーダーに俺のナンバーはばっちり写っていたらしい。

 そして今、俺は交通刑務所の雑居房の壁にもたれている。

 部屋の相方は八十近くのじいさんで、いつも天井を見てはぼーっとしているような人だ。

 最近、俺は嫌な夢を見る。



「久しぶりね、マサヤ」



 そう言って微笑んだのは見たこともない美女だった。

 紅い髪、ピンクゴールドの瞳、抜けるような白い肌。女優でもなかなかいない綺麗な女性だった。

 その女性と穂香の顔が一瞬重なって見えた。

 俺は何故か、その女性が穂香であることが分かったのだ。

 夢の中では彼女は生きている。しかもとびきりの美女となって。


「穂香、君がいなくて大変だったんだ! 会社でもヤバい立場で……会社どころか、今は刑務所に入っていて、もし刑務所から出られたとしても、まともな場所じゃ働けない……もう俺には君しかいないんだ!」


 泣きながら穂香に抱きつこうとするが、彼女はすっと掌を前に出し拒絶の反応をみせる。

 顔は笑顔のままなのに。


「マサヤ」

「何? 穂香」

「新しい彼女と幸せにね。私も大切な人を見つけたの」

「へ……」

「あなたはもう新しい恋人がいるから、私がいなくても大丈夫でしょ? でも彼は私の存在を必要としてくれているの」


 どこかで聞いた台詞だと思ったら、俺が以前彼女に告げた言葉に似ているんだ。


 “君は強いし、俺がいなくても一人で生きていけるだろ? だけど彼女は俺がいないと駄目なんだ”


 そう言って俺は穂香に別れを告げたんだ。

 で、でも、あのときの彼女と今の俺とじゃ状況が違う。


「紹介するね、私の結婚相手、結城大知くん」

「ゆうき……たいち?」



 そう言って隣に立つのは、金髪と空色の瞳、腹がたつほどのイケメン……あの地味な結城先輩の顔と重なって見えた。

 俺には何故か、この金髪野郎があの結城先輩であることが分かった。



 ……嘘だろ?

 あの引き立て役が穂香と結婚!?

 そんな馬鹿なことがあってたまるか!!

 な、なんであんたが穂香と結婚するんだ!! あんたは仕事しか能がない男じゃないか!!

 穂香、お前、こんな地味男のどこがいいんだ!?


「大知君は私のことを護ってくれるの。もちろん頼ってくれることもあるけど、彼とはお互いに助け合える存在だから」


 お互いに助け合えるって何だよ!?

 俺がこんなに困っているのに、なんでお前らは幸せにやっているんだ!?

 こんなの許せない!!

 許されるわけがない!!



 目を覚ますと、くすんだ灰色の天井があった。

 何度か息をついて上体を起こす。

 いつも壁に凭れてぼうっと天井を見詰めていた同室の老人が初めて声をかけてきた。


「最近ずいぶんうなされているな。自分がひき殺した相手の亡霊にでも取り憑かれたか」

「いえ……全然」

「こりゃ驚いた。お前さん、人を殺したことにさしたる罪悪感を抱いておらんようだな」

「あの女は死んで当然な女だったから」

「……自分が犯した罪を殺した相手のせいにしている時点で駄目じゃな」


 じいさんは呆れたようにため息をついた。

 俺が罪を犯したことは確かだ。だけど、それはあの女のせいだ。

 一体何が間違っているというのだろう? 

 そんなことよりも穂香に会いたい。彼女だったら、いつだって俺を助けてくれた。

 彼女さえ生きていれば、こんな所に入らずにすんだのに。


 穂香……

 穂香……

 穂香……


 ◇◆◇




 私の名はクラリス=シャーレット。

 今日は久しぶりに、顔も忘れかけていたマサヤの夢を見たわ。

 なんか暗い部屋に一人いたみたいだったけれど、せっかくだからエディアルド様……いえ、マサヤにも分かるように前世の名前で紹介した方がいいと思い、大知君の名で紹介した。

 マサヤはとても驚いた顔をしていた。

 私がすぐに結婚するとは思わなかったのかな?

 目を覚ました時点で、もうマサヤの顔は忘れてしまったけどね。

 婚約破棄されたあの記憶は本当に辛かったし、早く忘れたい気持ちもあるからだと思う。

 あの人にはもう新しい恋人がいるわけだし、お互いに忘れてしまった方が幸せだと思う。(クラリスはミコがミミリアであることは知りません)

 隣ではエディアルド様が規則正しい寝息をたてていた。

 まだ起きるには早い時間だ。

 もう少しだけゆっくり寝ることにしよう。



 END


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