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第175話 戴冠式②~sideクラリス~

「エディー……ミミリアが狂信者達に殺されたことに、あなたも関わっているの?」


 思い切って私は尋ねてみた。

 エディアルド様がその気になれば、ミミリアを殺人教唆の罪に問うことはできた筈。信者の長老も真実を話してくれるだろうし、他の信者たちも喜んで証言するだろう。

 ミミリアを罪に問おうと思えば問えた筈なのに、エディアルド様は敢えてそれをしなかったことが、私はとても引っかかっていた。

 エディアルド様はコーヒーを一口飲んでから冷ややかな笑みを浮かべる。


「殺人教唆の罪に問うても、ミミリアが厳罰に処されることはないだろう。一応本物の聖女様だからな。王室としてもあまりにも体裁が悪い」

「……」


 確かにもしミミリアの罪が立証されたとしても、厳罰は難しいかもしれない。

 彼女自身は私に手を下したわけじゃない。最も厳しい罰でも辺境への追放か、北の塔に幽閉したままの状態になるだろうけど、そうなるとミミリアを利用しようとする人間が、彼女を助け出そうとするかもしれないわね。



「魔族との戦いの時、大怪我をしていた信者の女性を君は治療してあげただろう?」

「え……ええ。放って置けなかったから」

「彼女はとても感謝していた。そして後悔もしていた……君を殺そうとしていたこと。君を罵っていたことを。そんな彼女に俺は尋ねただけだ。“君が仕えていた人は、本物の聖女だったのだろうか?”って」

「……」


 今までミミリアに虐げられてきた信者の女性に、その声は深く突き刺さったに違いない。

 エディアルド様はあくまで、ふとした疑問を信者の女性の前で言っただけ。他に何もしてはいないという。

 だけどその疑問は、水面に落ちた一雫のように信者達の間で波紋を呼んだ。

 ミミリアへの信仰が憎しみに変わるのにそう時間は掛からなかった。



「クラリス、俺のこと軽蔑した? 俺は信者がミミリアを憎むことになると分かっていて、あの女性信者に疑問を投げたんだ」

「少し驚いたわ。でもエディーは疑問を呟いただけ。それをどう解釈し、どう行動するかは、その女性信者次第だもの。彼女だって聖女のことは忘れて、平凡に暮らすという選択肢だってあった筈よ」

「ああ、だけど彼女はこちらの思惑通り、ミミリアを憎み、ミミリアを殺すことを選んだ」


 その時エディアルド様の表情に陰りが生まれた。悪ぶったように言っているけれど、まさか彼もミミリアが磔にされ、めった刺しにされる所までは、想像していなかったんじゃないだろうか。

 私もまさか信者たちがあそこまでするとは思わなかったわ……だけど、ミミリアは信者だった人間をまるで奴隷のように扱っていたらしい。それにミミリアが私を殺すよう唆したことで、騎士達と戦うことになった信者たちの中にも多くの犠牲者が出ている。

 それだけの恨み辛みをミミリアは買っていたのね。


「アーノルドからも頼まれていたからな。最初は命だけでも助けようか、とも考えた。だから俺はあいつにミミリアに大人しく実家に帰るよう説得するように命じた」

「……」

「実家に帰ることを選んでいれば、長老を介して荒ぶる信者たちを宥めるつもりだったけどな……まぁ、それは現実にはならないだろうとは思っていた。ミミリアは説得には全く応じず、新しいボルドール男爵の養女になろうとした。しかもヴェラッドと手を組もうとした……彼女は自分から死を選んだんだ」

「……」


 あのままミミリアを生かしておけば、彼女はとんでもない行動に出ていたのね。

 実際にミミリアがボルドール男爵に出した手紙には、ヴェラッドを自分の味方にしたいという意図が読んで取れた。

 多分、ミミリアはヴェラッドと共にハーディン王国を攻めるつもりだった。ヴェラッドがいないと分かれば、セリオットを自分の恋人にしようとしていたかもしれないわね。

 

 セリオットがハーディン王国へ戦争を仕掛けるとは思えないけれど、ミミリアがユスティ帝国へ行けば、どんな混乱が生じるか分からない。



 信者がミミリアに手を下さなかったとしても、実家に帰ることを選ばなかった時点で、エディアルド様は密かにミミリアを始末するつもりだったのだろう。ハーディン王国にとって脅威になる存在を生かしておくわけにはいかない、と彼は判断した。


 国王になる人間は、時には慈悲深く、時には冷徹じゃなければいけない。


「あなたがどんな道を歩むとしても、私はずっと側にいる」

「クラリス……」

「あなたと共に生きることが、私の幸せなの。時には辛いことがあるかもしれない。だけど、あなたとならそれを乗り越えることができるから」


 エディアルド様はこの時ぎゅっと私を抱きしめた。

 私も王妃になれば、無慈悲な判断を下さなければならない時が来るかもしれない。

 あの天真爛漫なメリア妃も、親友だったテレス妃を糾弾し、彼女を死刑台に追い込んだのだから。


 

 そう、エディアルド様が鬼になるのなら、私も鬼になる。




 ◇◆◇


 扉のノックが聞こえたのはその時だ。

 私たちは抱擁を解くと、エディアルド様は「どうぞ」と促す。



「エディアルド陛下、祈りの間へお越しくださいますようお願いします。」

「ウィスト、俺はまだ陛下じゃないぞ」

「もうすぐ正式な国王になられるのです。今からお呼びしても問題はないでしょう」


 迎えに来たウィスト=ベルモンドは、魔族との戦で活躍した功績により騎士爵から伯爵の地位に昇進した。

 真新しい黒の騎士服は、精悍かつ秀麗な彼に良く似合っていた。

 ウィストと共に迎えに来たソニアも、女性用の騎士服に身を包み、凜とした美しさが際立っている。

 私はソニアと共に祈りの間の席へ移動し、エディアルド様はウィストと共に祈りの間の正面入り口へと向かう。



 サミュエルド礼拝堂 祈りの間――――


 祈りの間の席には既に多くの来賓が腰を掛けていた。

 未来の王妃となる人物の席は最前列。戴冠の儀を間近で見守る為だ。

 左隣にはメリア妃殿下、右隣には護衛のソニア、その隣には神官服を着たアーノルド=ハーディン公爵も穏やかな笑顔を浮かべていた。

 私の後ろにはクロノム公爵、隣にはアドニス先輩、その隣にはデイジーとコーネット先輩もいる。

 私たちが座る席は中央祭壇の右側にあるのに対し、身廊を挟んで左側にある席には外国の来賓たちが来ていた。

 皇子として正装したセリオットの姿もそこにはあって、目が合うと向こうは思い切り手を振ってきた。

 護衛の騎士らしき女性がそれを窘める。見たところ私たちと同い年くらいの女性ね。褐色肌にプラチナブロンドがよく映えている綺麗なだ。彼女が姉のようにセリオットの面倒を見ているのだろうな。

 王冠を持つ神官はハーディン王国最高齢の神官で、王都の避難施設でずっと被災した人々の世話をしつづけた人。

 人々に一番慕われてきた神官にお願いしたいというエディアルド様の要望で決まったのだ。

 扉が開かれ、エディアルド様がウィストやイヴァン、ゲルドとエルダと共に現れる。

 アーノルド先王の時もそうだったけれど、戴冠式は必ず次期国王が指名した騎士と共に礼拝堂の身廊を歩くことになる。

 エディアルド様は魔族との戦いで共に戦ってきた騎士たちを選んだ。

 もちろんソニアも指名されたのだけど、彼女は私の護衛を全うすることを望んだわ。


 エディアルド様は神官の前に立つと跪き、ジュリ神に祈りを捧げる。

 祈りの言葉を告げたのち、神官が歩み寄り、エディアルド様の頭に王冠を載せる。



 この瞬間、エディアルド様は正式なハーディン王国国王となった。



 その光景を見詰めながら私は不思議な気持ちになる。

 私もエディアルド様も、前世は普通の会社員だったのに。

 生まれ変わった今、王として、そして王妃として生きることになった。


 この国の為に、私たちがどれだけのことが出来るか分からない。

 それでも信頼出来る仲間もいる。

 まだまだ至らない私たちを導いてくれる人たちもいる。

 何よりも女神様が見守ってくれている。

 私はふとペンダントを手にとってそれを見詰める。

 何となくだけどね、今も見守ってくれているような気がするのよね。

 これからも一つ一つ学びながら、今、私たちが出来る事を精一杯やっていこう。


 もう物語の筋書きを気にする必要は無い。自分たちの物語は、自分たちで描いていかないとね。



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