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第174話 戴冠式①~sideクラリス~

 私はクラリス=シャーレット。

 ただ今、王城敷地内にあるサミュエルド礼拝堂の控室にいます。

 この礼拝堂は、病弱で神殿を訪問することが出来なかった三代目国王サミュエルドが、女神ジュリの祈りの場として立てた建物。

 煉瓦造りの堅牢なその建物は、清浄魔術がかかった大きな魔石が柱に設置されていた為、魔物を寄せ付けず、怪我した兵士や使用人の入院施設として使われていた。

 怪我人がすべて回復した後は、神殿に代わる祈りの場として改装し、エディアルド様の戴冠式もそこで行われることになった。

 まだまだ、復興の最中なので、派手な戴冠式というわけにはいかないけれど、上位クラスの魔術師や、薬師、そして魔族との戦で最も活躍した実行七部隊の第一部隊を警備として配置し、ユスティ帝国皇子、セリオット=ユスティやトニス共和国の首相など、友好関係を結んだ国の代表者を招待した。

 魔族の襲来によってハーディン王国が疲弊している姿を見せぬ為にも、強力な騎士や魔術師、薬師がいること、そして強大な軍事国家と経済大国であるトニス共和国が友好関係にあることをアピールする必要があった。


 ハーディン王国の領土を少しでも自分側のものにしようと、虎視眈々ねらっていた周辺諸国は、軍事国家であるユスティがハーディン王国と友好関係を結んだことに、かなりの衝撃を覚えたみたい。




 私はシンプルな紺のロングドレス、エディアルド様も紺の布地に金糸の刺繍がほどこされた衣装に身を包んでいる。

 控室のソファーに腰掛けていたエディアルド様は、戴冠式当日だというのに、テーブルの上に平積みにされた資料にずっと目を通していた。

 ふと彼の顔が曇ったので、私は首を傾げた。


「どうしたの? エディー」

「新しいボルドール男爵からの報告書だ。なかなかのやり手でな、今度財務官として働いて貰うことになっている」


 へぇ、ミミリアには激甘だったボルドール男爵に、そんな優秀な親戚がいたんだ。

 あ、でもボルドール男爵自身も貿易商として有能だったわ。仕事が有能な人がプライベートでも有能とは限らないものね。


「ミミリアは実家には戻らずに、新たなボルドール男爵を懐柔しようとしていたみたいだ。彼女がボルドール男爵に送った手紙がこいつだ」


 報告書と一緒にあった手紙を手渡されたので読んでみると、自分を養女として迎えて欲しい事、ユスティ帝国の社交界に参加したいから、一緒に連れて行って欲しいといった内容の手紙が書かれていた。

 しかもヴェラッド皇子を紹介して欲しいとまで書いてある。


「ミミリアは一応外伝も読んでいたみたいだな。ヴェラッドは聖女を手に入れる為にハーディン王国に戦争を仕掛ける男だからな。あいつを味方にしようとしたんだろ」



 ミミリアは外伝の展開を逆手にとって、ヴェラッドと手を組もうとしたわけね。

 でも、そのヴェラッドは兄弟である皇子たちの殺害の首謀者として、とっくに処刑されている。

 私は手紙をエディアルド様に渡しながら言った。


「……ミミリアはヴェラッドが廃嫡され、処刑されたことは知らなかったの?」

「外国の情報なんか興味なかったのだろう。ミミリアは、ユスティ帝国はまだ原作通りのままだと思い込んでいた」




 エディアルド様は溜息をついて、手紙をテーブルの上に置いた。

 もしヴェラッドがまだ生きていたとしても、ミミリアが彼と知り合うことは永遠になかったでしょうね。


 ミミリア=ボルドールが何者かによって磔にされ、殺されたのが発見されたのは、今から半月前のこと。

 ボルドール男爵の報告書は発見当時の状況やその後始末について書かれたものだった。事件はボルドール領内で起こったことだったから。


 よほどの恨みを買っていたのか、身体中に沢山の刺し傷があったという。

 ミミリアの亡骸は神殿があった山頂に運ばれ、歴代の聖女が眠る墓地に埋葬された。

 どんなに酷い聖女だったとしても、聖女は聖女。

 決まった場所に埋葬されるの。これは女神ジュリに、現聖女が死んだことを知らせるという意味合いもあるらしい。

 ちゃんと聖女が死んだことを知らせないと、次の聖女が生まれないかららしいの。

 今度、この地に生まれてくる聖女様は、まともな人であって欲しいと願わずにはいられなかった。


 ◇◆◇


 元王太后であるテレス妃は、国王暗殺の主犯として斬首刑に処された。

 彼女は処刑台に上ってもなお、「これは冤罪よ! アーノルドを呼びなさい、メリアを呼びなさい! 私を助ける筈だわ!」と喚いていたらしいけど、刑は予定通り執行された。

 ハーディン国民の憎悪の眼差しを受けながら、刑に処されたテレスの表情はこの上ない恐怖に満ちていたという。


 母親の処刑を見届けてからアーノルド国王は退位し、王座をエディアルド様に明け渡した。そして公爵の地位に就き、大叔父にあたる神官長が治めていた神殿近くの領地、リセル領を治めることになった。

 前神官長が治めていた時代、リセル領の中心都市は裏組織のねぐらになっていた程に治安が悪かったみたいだけど、魔物の襲撃により、都市はほぼ壊滅。

 裏組織の重鎮たちも魔物に殺されたか、生き残ったとしてもアドニス先輩の指揮のもと、宮廷捜査隊によって拘束されたらしい。


 アーノルド=ハーディン公爵は神殿の再建や領地の再建に力を注ぐ一方、神官になるべく厳しい修練を積むことになる。



 イヴァンとゲルドは神殿に仕える騎士、聖騎士団としてアーノルドに仕えることになった。

 ガイヴは十年後、冒険者として様々な経験を経て、聖騎士団の一員となったわ。

 アーノルドは、その後、治癒に優れた神官として活躍し、異例の早さで神官長の座に就任した。

 若き秀麗な神官長に憧れ、女性信者が増えたみたいだけど、本人は当分誰とも付き合うつもりはないみたい……まぁ、女性不信にもなるわよね。


 エディアルド様は王位に就いたと同時に、王都の復興、軍事の見直し、同盟国との連携等を急ぐように臣下達に指示を出した。

 魔族に攻められ弱体化したハーディン王国を狙う諸外国は多い。少しでもつけいる隙を与えぬようにするためだ。

 特に国境の警備を強化し、戦後のどさくさにまぎれ不法入国しようとする外国人の取り締まりを強化した。

 完全に元に戻るのには時間が掛かるけれど、徐々に復興事業も軌道に乗りつつあった。

 私はふと尋ねた。


「エディー、ミミリアを殺したのは、信者だったというのは本当?」

「確固たる証拠と証言を得たわけじゃないが、恐らく犯人は信者たちだ。ボルドール男爵の報告書によると、ミミリアの殺害現場近くにある礼拝堂で、何人かの信者たちがミミリアを殺したことを懺悔していたそうだ……その信者たちは、その後、罪に耐えきれなくなったのか自殺したらしい」

「だけど、何故信者たちが? あんなに聖女様を崇めていたのに」

「君の活躍を知った信者たちは、君こそが本物の聖女だと思うようになった。そうなると君の殺しを唆したミミリアは偽の聖女として、信者達の憎しみを買うようになっても不思議じゃない」

「……」


 今、エミリア宮殿には、定期的に信者達からのお布施が送られてくる。お金や特産物、民芸品など。

 信者たちは私が聖女だと思っているらしい。

 実際、壊れた神殿を見に来た信者の中には、女神様の力添えによって、聖女の力を得た私がエディアルド様と共に、怪物を倒した光景を見ていた者もいたらしい。


 それから私を悪女だと思って攻撃をしてきた時、信者の代表である長老は白い炎の魔術を使っている私を見て、聖女だと思ったらしいの。白い炎は聖女しか使えない魔術だから。

 だけどね、よーく見ると私が使う炎はうすい紫がかっていて、純白ではないのよ。それでも見た目は殆ど白炎だから、長老たちはそれを見て、私が本物の聖女だと思い込んだみたい。


 長老は、私を殺そうとしたことを謝罪し、自分の命を捧げるので他の信者たちは許して欲しい、と訴えたわ。

 ミミリアに騙されていたということもあり、実行犯である信者たちは死刑を免れたみたいだけど、その代わり神殿建設の重労働に携わることになった。衣食住は保証するけれど、ほぼただ働きなの。

 だけど信者たちは、女神ジュリのために働くことができるのが嬉しいみたいで、喜んで働いているわ。


 ただ一部の信者たちは、建設工事の際事故で亡くなったわ。

 その中にはミミリアに仕えていた女性信者、ワンザもいた。彼女は柱の原料となる岩石の下敷きになっていたらしい。


「長老の話によると亡くなったのは全て、信者の中でも特に妄信的で凶暴な狂信者と呼ばれる人間たちだ。ミミリアを殺したのもそいつらだそうだ。盲信がすぎると、神様も信者のことがウザいって思うのかもしれないな」

「ミミリアは一応、本物の聖女だったわけだし、あんな風に殺したから、バチがあたったのかな?」

「さぁ? ミミリアに女神の加護があったとは思えないが、寄ってたかって一人の人間をめった刺しにする行為は、女神から見ても不快だったのかもしれないな」




 エディアルド様はふうっと息をついてコーヒーを一口飲んだ。

 私はその横顔を黙って見詰める。ふと思い出すのは、彼がミミリアに言った言葉だ。


 “自分がどんな罪深いことをしたのか、全く自覚がないとは……本当に救いようがないな。俺は君を絶対に許さない”



「エディー……ミミリアが狂信者達に殺されたことに、あなたも関わっているの?」


 思い切って私は尋ねてみた。


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