第171話 原作に逆らったのは悪役も聖女も同じ~sideミミリア~
私の名前はミミリア=ボルドール。
女神ジュリに選ばれた聖女なんだけど、何故か高い塔の中にある狭い部屋に閉じ込められている。
やることもないから、今はひたすら焼き菓子をたべているわ。
お陰で体重が増えたのか、最近身体が重いの。
そこにエディアルドがクラリスと共に部屋にやってきた。
私は口に入れていた焼き菓子を飲み込んでから、イライラしながら二人に尋ねた。
「悪役二人が私に何の用だっていうのよ。何であんたたちが皆に称えられて、私は狭い部屋に閉じ込められているわけ?」
ずっと塔の中の狭い部屋に閉じ込められている私でも、エディアルドとクラリスが英雄として称えられていることくらい知っているわ。
毎朝、部屋に新聞が届くから。
新聞なんかそれまで読んだことなかったけれど、こんな狭い部屋にずっと閉じ込められていたら、やることなさ過ぎて、新聞を読むことぐらいしかなくなるのよ。
「私が気絶している間に、美味しい所を持っていくなんてズルくない? しかも魔族の被害者である私が何で、こんな狭い部屋に閉じ込められないといけないわけ?」
私の質問にエディアルドは、すっごい冷たい声で答える。
「君は殺人教唆の疑いがある。だからひとまず、ここに軟禁している状態だ」
「さつじんきょうさ? なにそれ」
難しい言葉で言わないで欲しいわ。
前世の時でも、苦手教科は国語だったんだから。
よく読んでいた運命の愛~平民の少女が王妃になるまで~だって、小難しいシーンは飛ばして読んでいたわよ。
エディアルドは溜息交じりに言った。
「信者をそそのかして、クラリスの殺害を実行させようとしただろう?」
「そんなの知らない」
私はぷいっとそっぽ向いた。
素直に「はい、そうです」って答える馬鹿いるわけないじゃない。
それにしても、私が唆したって、どこでバレたのかしら。
信者たちは口が堅いはずだし、神官が私と信者のやりとりを盗み聞きして、エディアルドに告げ口でもしたのかな?
エディアルドは何とも言えない苦笑いを浮かべた。
「まぁ、君ならそう言うと思った。今、信者の行方を捜査しているから、詳しい事情は彼らに聞くことにする」
ふん、信者が見つかったとしても、私がクラリスの殺害を命じたことなんか、絶対しゃべらないわよ。小説でもどんな拷問に対しても、口を割らなかった人たちなのよ?
それよりも気になることがあるので、思い切って私はエディアルドに尋ねてみた。
「ねぇ、あんた私と同じ転生者なんでしょ?」
「……」
魔族との戦いで、鳥かごの中に閉じ込められていた時、エディアルドと交わした会話を私は思い出していた。
「あなた、小説のミミリアは毎日ちゃんと神殿に通い、ジュリ神に祈りを捧げていたって言っていたわよね。それって原作を知っているってことじゃないの」
「そうだよ。俺は君と同じように前世は日本人だった。ちなみにクラリスも前世は日本人で、小説のことも知っていた」
え?
クラリスも?
じゃあ二人は最初っから物語の展開を知っていて、敢えて違う行動をとっていたっていうの?
「なによ……知っていて何で物語の通りに動かないのよ」
「当たり前だろ、俺とクラリスは君と違ってバッドエンドなんだから。死にたくないから物語の通りに動かなかったし、どんな展開になってもいいように様々なスキルを得る努力もした。君はヒロインであることにあぐらをかいて何の努力もしなかったじゃないか」
「転生者なら同じ仲間じゃない!! 仲間なら私を助けてくれたって良かったじゃない」
「都合の良いときだけ仲間扱いしないでくれ。俺の婚約者を殺そうとしていたくせに」
「クラリス……そうよ! 物語を知っているんだったら、何でその悪女をわざわざ婚約者にしたのよ」
物語の内容を知っているのならクラリスがどれだけ悪どい女か、良く分かっていた筈。
それなのに、わざわざそんな女を婚約者に指名するなんて、頭がおかしいんじゃないの!?
「クラリスは物語の中では悪女だったけど、能力はあったし、人一倍努力家だった。俺は小説を読んだ時から、クラリスの方がいい女だと思っていたよ」
「ば、馬鹿じゃない! 努力家でも、その後何をしたか分かっているの!?
ミミリアを殺そうとしたり、魔族と一緒になって国を滅ぼそうとしていたじゃないの」
「それは小説の中のアーノルドがミミリアと恋仲になったのがきっかけだ。アーノルドの心を取り戻す為、自分の地位を守る為に、小説の中のクラリスは鬼になった……それ以前は、真面目で努力家な婚約者だった」
そういえば小説のクラリスに好感を持つ読者は多かった。彼女が自害した時、彼女の死を悼む感想も多かったわね。悪役に感情移入する読者の気持ちなんか、全然理解出来なかったけど。
エディアルドは現実のクラリスの肩に手を置いた。
「実際のクラリスは、悪女でもなんでもない、可愛い女の子だった。まぁ、一目ぼれかな?」
エディアルドがクラリスの方を見ると、彼女は恥ずかしそうに頬を染めた。
ったく、見せつけてんじゃないわよ!!
私はそのムカつく光景に苛々がマックスになる。
「な……何なのよ。可笑しいとは思っていたけど、私のヒロインストーリーがあんたたちのせいで狂ったんじゃないの」
「俺たちがどう動こうが、君自身が物語に忠実に動いていれば、確実に幸せを掴んでいた筈だ。原作のミミリアは贅沢なんかしていなかったし、聖女という地位を鼻に掛けていなかった。魔術の訓練やジュリ神への祈りも熱心だった。物語に反した行動をしているのは君も同じだ」
「煩い……そんなの知らなかったんだもん!!」
「修行シーンや辛いシーンを飛ばし読みしていただけだろ。しかも信者を使ってクラリスを殺そうとするなんて、とんだ聖女様だな。あんたの言葉を信じてクラリスを殺そうとした信者たちの中にも多くの死人が出ているんだ」
「私の為に死ねたんだから本望でしょ?」
だって、小説ではあの人達は聖女の為に命がけで魔族と戦ったのよ?
相手が魔族から、騎士団とクラリスにかわっただけでしょ?
「自分がどんな罪深いことをしたのか、全く自覚がないとは……本当に救いようがないな。俺は君を絶対に許さない」
「別にあんたなんかに許してもらう必要なんかないわ!」
私は怒鳴って、ソファーの上に置いてあるクッションをエディアルドに向かって投げつけた。く……軽々と避けてんじゃないわよ!!
クラリスは複雑な顔で私に問いかける。
「あなたはどうしてそこまで私を敵視するの? 確かにアーノルド陛下が私に求婚したことは不快だったかもしれない。だけど、彼はあくまで私の能力を欲していただけ。本命はあなただったことは分かっていた筈」
「そうね……確かに私は王妃としての仕事は勤まらないし、アーノルドは私の負担を減らすためにあんたに求婚したのかもしんない。だけど、私はあんたの存在自体が目障りだったの! あんたがちゃんと悪役の役割を果たさないのなら、この世界には必要ないって思ったのよ!!」
今度はテーブルの上にあるカップをクラリスめがけて投げつけた。
エディアルドが魔術を唱えたことで、カップはクラリスにたどり着く前に砕けたけど。
「聖女様のお考えは、俺たちの常識では測ることが出来ないようだ」
「……そうみたいね。さようなら、ミミリア。同じ日本人として仲よく出来たら良かったのに残念だわ」
「……」
エディアルドは冷たい目で、クラリスは哀れむような目で私を見てから、部屋を出て行ったわ。
私はクッションをソファーに叩きつけた。
ああああああ、うざい、うざい、うざい、うざい、うざいったらない!!
特にエディアルド、超説教くさいし!! 何、アレ!? 前世、学校の先生でもやっていたわけ?
クラリスはクラリスで、仲よく出来なくて残念って……冗談じゃないわよ! あんたみたいなタイプが一番嫌いなのよ、私は!!
あんたみたいな人がいるから、私はずっと、ずっと比較される。前世の時だってそうだった。私はずっと元カノと比較されて……生まれ変わってからもそんな人生、嫌だったのよ!!