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第169話 メリア=ハーディンの糾弾~sideエディアルド~

 母上は表向き、病により重篤であるとされていた。

 テレスをはじめ、取り巻きの貴族たちもその表向きの情報しか知らずにいた。

 もちろん中立派の貴族や、こちらの味方についていた貴族たちにも本当のことは知らせていなかった。敵を欺くにはまず味方から、というのもあるからな。

 母上は重篤どころか、すっかり健康を取り戻している。その事を知るのはごく一部の人間だ。

 だからつかつかと歩く母上の姿を見たテレスや、他の貴族も信じがたい表情を浮かべていた。

 特にテレスはショックが隠せないようで、震えた声で母上に問いかける。


「メ……メリア……何で……」

「あら、テレス。お久しぶりね」

「え……だって……バートンは重篤だって」

「あら、バートンのお手紙、ちゃんとあなたの元に届いていたのね! さっき、そこの踊り子さんがバートンのお手紙を受け取っているって、ドア越しに聞こえたのだけど?」

「……!」


 春の日だまりのような笑顔を浮かべ、メリアは小首を傾げて問いかける。

 テレスは自分の失言に、顔がみるみる青白くなる。

 先程そこの踊り子は、バートンの手紙は自分が受け取ったことを主張していたが、今の発言で、その主張も真実性を疑うものとなる。

 誰が手紙を受け取ったにしろ、少なくともテレスはバートンの手紙を見ていたことが明らかになってしまった。

 母上の姿を見て、相当焦っているな。こんな墓穴を掘るとは。

 テレスはバートンが自分に偽りの報告をしていたことが、かなりショックのようだった。


「うそ……あの男……私を裏切ったの?」

「裏切るって何のことかしら?」

「……」


 笑顔のまま問いかける母上。

 しかしその問いに答えられるわけがないよな。王妃に毒を盛るように主治薬師に命じていたことを言わなきゃならなくなるからな。

 俺は母上に問いかける。


「ところでそこにいる踊り子の女性はご存知ですか?」

「知らないわ。今日が初対面よ」


 暗殺者の女性を見て母上は首を横に振る。

 女性は慌てて自分の胸に手を当てて訴えた。


「お忘れですか!? あんなに尽くした私のことを。貴方のために私は多くの人間を葬ってきたのに」

「知らない人は知らないわ。私が王妃になってから、自称親戚とかお友達は沢山増えたけど、あなたもその中の一人?」

「……くっ……こ、この手紙を私に渡したではありませんか! この筆跡は間違いなくあなたのものです。つい最近、私に送って下さったものです!!」


 なぜ暗殺者が王妃の筆跡だと断言出来るんだ? その場で尋ねても良かったけれど、母上が暗殺者から手紙を受け取ったので、一応様子を見ることにした。

 母上は便せんに書いてある内容を読んで、何故かぽっと顔を赤らめた。


「あら、やだ。私がテレスに出した手紙じゃない。私のお気に入りのオペラの歌詞を紹介したくて書いたものだけど、確か二十歳の時に書いたものだったかしら? テレス、この手紙、二枚目もあったわよね? 二枚目には歌詞の二番を書いていた筈だけど」

「嘘言わないで! 私、そんな手紙貰っていない。二十歳の時に送った手紙が、そんなに真新しいわけがないでしょ!?」

「まぁ、大切にとっておいてくれたのね! この日の為に、大事に保管していたのかしら?」

「違うわよ! 私が受け取ったんじゃなくて、つい最近、そこにいる踊り子が受け取ったのよ!」



 あくまで無邪気な口調で問いかける母上に、テレスははげしく首を横に振る。

 大方そんなことだろうとは思っていたが、バートンの手紙の時と同様、テレス宛てに出していた手紙を、踊り子が受け取っていたことにしたわけだ。


 母上は手紙を俺に手渡した。

 改めて見ると、保存状態も良かったのか、便せんは全く色褪せておらず、二十年以上経っているとは思えない。つい最近もらった、と言われても、これなら誰も疑わないだろう。

 テレスは、母上からこの手紙を受け取った時点で、時間凍結の効果がある保管庫にでも入れていたのだろう。

 この文面は、母上を罪人に仕立てるのにはうってつけの文章だ。いつか使えるかもしれない、と考えていたのだろうな。



「この歌詞だったら調べたら分かるわよ、“許された恋”というタイトルのオペラで歌われているアリアだから」


 前世のようにインターネットがあるわけじゃないから、外国で歌われているオペラの歌詞を知っている人間なんか滅多にいないだろうな。

 もちろんユスティ帝国のオペラは有名だから見に行った貴族もいただろうが、よほど熱心なファンでもない限り、アリアの歌詞まで覚えている人間はいないだろう。

 俺だって一度、あのオペラは聴いているが、アーノルドが手紙を読んでいる時点では、既視感を感じただけで、それがオペラの歌詞であることはなかなか思い出せなかった。

 母上はつかつかとテレスの元に歩み寄りその顔を覗き込んだ。



「テレス=ハーディン。あなたが紹介してくれた主治薬師は本当に素晴らしかったわ。彼が処方した薬の中に毒を盛られているなんて全然分からなかったもの」

「な……なにを……」

「あなたの主治薬師が皆話してくれたわ。あと私に処方したお薬? あれも分析済みなの。少しずつ飲んで蓄積されることで死ぬ毒なんて良くできているわよね」



 天真爛漫、世間知らずだと言われていた母上。物腰の柔らかい喋り方だが、かつて友と呼んでいた相手を糾弾していた。

 テレスは首を横に振り、震えた声で否定をする。


「わ、私が親友のあなたを殺すわけがないじゃない! 何かの間違いよ」

「何かの間違いであることを願っていたけど、残念だわ。あなたが紹介してくれたバートンが、これから全部、話してくれるわ」

「バートン!? か、彼はこの裁きの場には出られない筈よ!」

「あら、どうして?」

「……っっ」


 母上の問いかけにテレスは黙り込んだ。

 理由を言えば、自分が呪術師を雇いバートンに呪いを掛けたことを言わないといけないからな。

 その時バンッと扉が開かれ、騎士によって連行された黒フードの男と、バートンが姿を現す。

 ただでさえ真っ青なテレスの顔は、完全に顔色を失い真っ白になった。

 母上はバートンの方へ顔を向け、にこりと笑って言った。


「ねぇ、バートン。さっき私に教えてくれたこと、皆に話してくれる?」

「は……ははは……はい。私は、そこのテレス妃殿下に命じられ、王妃様に毒を盛っておりました」

「嘘よ!!」


 どもりながらも、自白をするバートンに、テレス妃はヒステリックに叫ぶ。

 母上はとっても優しい笑みを呪術師の人間にも向ける。


「ねぇ、あなたも何かお話しすることがなくて?」

「は、はい! 私はテレス妃の依頼で、バートンに呪いを掛けました。この場で自白をさせない為です!」

「嘘よ!! 嘘よぉぉ!!!!」


 テレスは自白する二人を血走った目で睨み付けながら首を横に振る。

 しかしバートンも呪術師もテレスの方を見ることはなく、俯いて自分の罪状を語りはじめた。

 それまで息を吹き返していたテレス側の貴族たちは、まるで通夜のように静まりかえる。

 母上はテレスの肩にそっと触れて、ふわりと笑いかけて言った。



「バートン達の嘘を証明するには、徹底的に裏付けをする必要があるみたいね。あなたが無実である証拠や証言が出てくることを願っているわ」

「――――」


 母上はそう告げると、すっとテレスの肩から手を離し、踵を返して歩き出した。穏やかな笑みに一瞬だけ陰りが見えたが、俺は気づかなかったふりをする。

 母上の背中に向かって手を伸ばすテレスだが、振り返ることのない母上にがくりと肩を落とした。

 母上が裁きの間から立ち去ると、アーノルドが口を開いた。


「いずれにしても、あなたは王太后としての責務を放棄し、城内の家臣や王都に住む国民達を見捨てて、真っ先に逃げた。もはや王太后と名乗る資格はない。そんなあなたの根回しによって国王になった僕もまた、王である資格はないと思っている」

「あ……アーノルド」

「母上を北の塔の部屋へお連れしろ」

「北の塔って……罪人や捕虜を収容するところじゃない!」

「一番快適な部屋をご用意しますのでご心配なく。もっともあなたが国王暗殺の主犯であることは確定しましたから、程なくして地下牢に移動することになりますけどね。次は処刑台の上でお会いしましょう」

「………………っっ!?」


 テレスは騎士たちに引きずられるように連行される。

 彼女は髪を振り乱し、金切り声を上げ、アーノルドに呪詛を吐き捨てる。


「私がどんな気持ちであなたを育てたのか……全部、全部、全部、あなたのためにしたことなのに、どうして私を裏切るのよ!? この親不孝もの!! エディアルドに何を吹き込まれたの!? そんな愚かな男の言葉を真に受けて破滅するのはあなたよっっ!!」

「僕はもう破滅済みですのでご心配なく」

「破滅済みって何なのよ!? あなた、今はまだ玉座にいるじゃない!! それを自分から放棄しようとしているだけでしょ!! この無責任!! 恩知らず!!」

「母親が悪鬼だと分かった時から、僕の心は破滅していましたよ……まぁ、破滅して良かったと思っていますけどね。あなたの血塗られた手で用意された玉座に座り続けるなら、死んだ方がマシですから」

「――――――――っっ!!」


 辛辣な息子の言葉に、絶句するテレス。

 裁きの間の扉が開かれ、彼女はそのまま引きずられながら退場する。


「嫌よ、嫌よ、嫌よ、せっかく生まれ変わったのに、なんでまた処刑台に立つことになるのよ!!嫌よ、いやぁぁぁぁぁぁ!!」


 扉越し、ヒステリーを極めた叫び声が聞こえてきた。

 テレスの言葉に傍聴席の貴族たちは顔を見合わせたり、首を傾げたりする。


「生まれ変わりって何のことだ? ?」

「もはや気が触れてしまったのだろう。全く同情はできないが」

「それよりも見て見ろ。さっきまで活きが良かった者どもが、今にも死にそうな顔をしているぞ」



 傍聴席からは疑問の声や、冷ややかな声、テレスの取り巻きだった貴族たちを嘲笑する声など様々だ。

 今この場でテレスの言葉を理解出来るのは俺だけだろうな。

 テレスはユスティ帝国が生み出した稀代なる悪女、キアラ=ユスティの生まれ変わりだ。キアラは一千人もの人間を殺した罪により、公衆が見ている前で斬首刑に処された。

 テレスは前世と同じ末路を辿ることになる。


 近々、テレス妃の取り巻きの貴族たちの粛清も始まる。

 良くて辺境地や鉱山での労働、最悪な場合は処刑になるだろう。

 鋼鉄の宰相であるクロノム公爵よりも厳しいアドニスの主導で行われるからな……あいつだったら、全員死刑もあり得るけど。


 それにしてもテレスは、俺や母上よりもアーノルドに対しての恨みの方が深かったようだな。彼女からすれば、息子に裏切られたという気持ちが大きいのだろう。

 先に裏切ったのは、瀕死の息子を置いて愛人と逃げていたテレスなんだけどな。そのことは思いっきり棚に上げて息子に対する恨み節を吐きまくっていた。



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