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第168話 踊り子の選択~sideエディアルド~

“名も無き踊り子”

 

 暗殺者として育てられた彼女には、そもそも名前というものがなかった。

 捜査の手を逃れるために長い間、路上生活を送っていたので、今は髪の毛もごわつき、痩せこけてしまっているが、父上が夢中になっていただけに、綺麗な顔立ちをした女性だ。

 彼女はシャーレット侯爵領内にあるスラム街で、物乞いをしている所を、クロノム家が放っていた密偵によって捕らえられた。

 国中に張り巡らされたクロノム家の捜索網から、彼女も逃れることができなかったのだ。

 親に捨てられ、暗殺者として生きて行くしかなかった踊り子に、同情する気持ちがないわけじゃない。

 この後の受け答えによっては情状酌量の余地はある、というのが、俺とアーノルドの共通の認識だ。


 テレスは鬼のような形相で踊り子に圧を与えている。

 踊り子はその圧から逃れるように、床の方を見詰めていた。

 テレス側の貴族であろう弁護官が、ドヤ顔でアーノルドに手紙を渡す。


「こちらはこの者が先代国王の王妃、メリア妃殿下から頂いたお手紙です」


 アーノルドはうなずいてから席を立ち、弁護官から手紙を受け取った。

 花模様が描かれた可愛らしい封筒だ。

 見た目はまだ真新しい便せんだ。母上の趣味っぽい封筒ではあるな。

 アーノルドは封筒からピンク色の便せんを取り出し、声を出して読みあげた。


『私はあの人を愛しております。

 心の底から愛しているのです。

 できることなら、死ぬときも一緒でありたい。

 だからもしも私が死んだ時には、

 あなたがあの人を殺して欲しい』


 ……ん?

 どこかで聞いたようなフレーズだな。

 踊り子は震えた手を握りしめ、声高に訴える。



「こ、この手紙が私の元に届いたのです。メリア様は今、重篤の状態。だから私はメリア様の願いを叶えるべく、国王陛下を暗殺したのです」



 踊り子の顔は極度の緊張により、引きつった笑みを浮かべていた。

 テレスは密かにニヤリと笑っている。

さらに弁護官が切なる表情を浮かべ、アーノルドや、その場にいる傍聴人たちに訴える。


「この通り、この暗殺者はメリア妃殿下の忠実なる僕。ですから、メリア妃殿下が重篤だという報告を聞き、主の願いを叶えるべく暗殺を実行したのです」


 傍聴人である貴族たちはどよめく。

 まぁ、確かに手紙の内容を聞けば、母上が踊り子に父上の暗殺を命じたように聞こえなくもない。


「まるで詩のように聞こえるのだが」

「詩をうたうように、踊り子に国王の暗殺を命じたってことか?」

「あの王妃様ならあり得る。少々夢見る乙女のようなお方でしたから」



 テレス妃の取り巻きだけじゃなく、中立派を名乗っている貴族が、ここぞとばかりに母上を夢見る乙女扱いをしているな……あいつの顔はよく覚えておこう。

 傍聴席がざわついているのに気を良くしたテレスは声高に言った。



「先王の暗殺の首謀者はメリア=ハーディンです!! そんな悪女の息子を国王にしても良いのですか!? あの女は、子供じみた自分の夢を叶えるために、先王を死に追いやったのですよ」


 彼女の訴えに、テレスの取り巻きだった貴族達が息を吹き返したかのように騒ぎだした。


「何て酷い話だ!」

「やはり愚かな親だからこそ、愚かな子が生まれたわけだ! エディアルドを王にすべきではない!」

「テレス妃殿下をただちに釈放するんだ!!」

 

 テレスの取り巻きだった貴族たちは、自分たちの立場が逆転した、と信じて疑っていないようだな。

 ま、自称中立派の貴族もあぶり出せたから丁度良かった。

 俺は表情を一つも動かさないまま、踊り子を見下ろした。

 そして静かに問いかける。


「君は嘘をついていないんだね?」

「は……はい……」

「今の証言に後悔はない? 罪悪感は?」


 俺は踊り子に問いかける。

 この問いかけの答えによって、彼女の運命は決まることになる。

 暗殺でしか生きることができなかった可哀想な踊り子。

 今、俺はそんな彼女に挽回のチャンスを与えている。

 この場でテレスの罪状を白状してくれたら、処刑だけは免れることができる。長いこと刑に服すことにはなるが、彼女の改心次第では出所も可能だ。

 しかしあくまで偽りを言い続けるのであれば、残念ながら処刑を免れることはできない。

 踊り子は目を見開いたまま、考えているようだった。

 もし、良心の呵責があれば、彼女は事実を告げるだろう。

 踊り子は俺の顔を、そしてテレスの顔を交互に見る。

 そして目を伏せてしばらくの間、黙り込んでいた。

 テレスが血走った目で踊り子を見ている。彼女の言葉に自分の人生が掛かっているからな。

 どれほどの沈黙が続いたか分からない。

 全員が踊り子の言葉に耳を傾けていた。

 短い時間の間に踊り子が選択したのは、次の答えだった。


「罪悪感とは何のことでございましょう? ……私は本当のことを言っただけです」


 周りに聞こえるよう、はっきりと答える踊り子。

 テレスが嬉々とした表情を浮かべている。そして取り巻きの貴族たちも、嬉しそうな表情を浮かべた。

 踊り子はテレスに付いた方が自分にとって有益だと思ったのだろう。追い詰められているテレスに大恩を売れば、その謝礼はいくらになるか……そう考えると、彼女はテレスに付く方が得だと考えたのだ。

 大金を手に入れた薔薇色の人生を想像したのか、踊り子の口はまるで三日月のようにつり上がっていた。

 俺はそんな踊り子を冷笑する。


「そうか……残念だよ」

「……!?」

「君の死刑は確定した」


 

 俺の言葉を聞いた踊り子は、この時自分が選択を誤ったことに気づいたのだろう。

 先ほどの答えを撤回しようと口を開こうとするが、もう遅い。

 罪のない母上を主犯にしたてようとした時点で、名も無き踊り子の運命は決まってしまった。


「あ……いえ……今のは嘘……」


 踊り子が何か言いかける前に、俺は「母上、どうぞこちらへ」と言った。

 玉座の右手にある王族専用の扉が開かれる。

 俺はテレスの目がこれ以上になく見開かれたのを見た。

 彼女にとっては信じられない光景だ。

 現れたのは重篤どころか、健康そのものなメリア=ハーディンその人。

 傍聴席はざわつく。


「メリア妃殿下は重篤ではなかったのか」

「むしろ顔色も良いし、肌の艶も……いや何でも無い」

「そ、それでは先ほどの暗殺者の証言とは矛盾しているではないか」



 貴族達の言葉を聞いた踊り子は狼狽する。

 このままでは、自分の嘘がばれると思ったのか、彼女はとんでもないことをいいだした。


「そ、そのメリア様は偽物です!! 私はメリア様が重篤であるという手紙を、主治医から受け取っていました!! だから暗殺を実行したのであって。証拠の手紙もあります!!」


 弁護官は慌てた様子で俺にバートンの手紙を差し出す。

 テレスに渡していたバートンの手紙を、そこの踊り子に渡していたという設定にしたわけだな。

 俺は敢えて、手紙の内容を踊り子に見せて問いかける。


「そもそも重篤だったら、まだ死んでないじゃないか。母上の手紙には死んだ時に殺してくれって書いてあるのに、死ぬ前に国王を暗殺するのはおかしいじゃないか。忠実なしもべなら、主の生死ぐらい確認してから、暗殺を実行するだろう?」

「……っっっ!?」



 暗殺者の女性の額から、玉のような汗が噴き出る。

 俺の問いかけに、皆が納得する答えを言わなければならないのに、何も答えられないようだな。

 それまで息を吹き返していたテレスの取り巻きたちは、雲行きがあやしくなり、顔を蒼白にしている。


 踊り子は横にいる弁護官に助けを求め、縋るような目を向けるが、肝心の弁護官は目をそらしていた。

 言っておくが、俺は弁護官も許すつもりはないからな。

 後で徹底的にテレスとの関係を調べ上げてやる。

 踊り子は俺の問いかけに対し、何か良い言い訳を考えようと口を動かすが、なかなか良い理由が見つからないようだ。

 それまで不敵な笑みを浮かべていたテレスの顔から血の気が引く。

 母上はそんな親友の姿を、にこやかに笑って見ていた。



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