第163話 女神様、悪役達を招待する①~sideクラリス~
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……ふと気がつくと、目の前にエディアルド様の顔があった。心配そうに私を覗き込む顔がそこにある。
「エディー」
「クラリス、よかった気がついて」
安堵の溜息をつくエディアルド様に、私は何度か瞬きをした。
どうやら彼の腕の中で気を失っていたみたいだ。
エディアルド様に支えられながら、私はゆっくりと上体を起こし、立ち上がった。
え……? ここはどこ?
私たちは真っ白な空間の中にいた。
山の風景もなければ、建物の風景もない。
空もなければ雲も無い。
真っ白な虚空だ。
まさかついに死んじゃったってこと? ?
ここはあの世だったりする?
「気がついたようね」
私とエディアルド様以外の声が空間に響き渡った。
声がする背後を振り返ると、そこには眼鏡をかけ、パステルグレーのスーツに身を包んだ女性が立っていた。
「あなたは……?」
『こんにちは。私はジュリよ』
「ジュリって……ま、まさか女神様!?」
私は慌てて跪いた。
ここはどこなのか? あの世なのか?
あの怪物はどうなったのか? 気になることは色々ありすぎるけれど、創造神と名乗る存在を目の前にして、私の頭の中は真っ白になってしまった。
エディアルド様も流石に戸惑いながらも跪いている。
すると彼女はコロコロと笑って手を横に振った。
『そんなに畏まらなくたっていいわよ。あなたの前世では私はただの一作家だったんだし』
「「え……!?」」
私とエディアルド様は同時に驚きの声を漏らしていた。
確かに今、目の前にいる女性は二十代半ばくらいの会社員……いや、会社員というよりは、やり手の女社長のイメージかな。とても女神様といういでたちではない。
「あ……あの……先ほどまで私たちは魔族と戦っていたのですが……やはり死んでしまったのでしょうか?」
『死んでいないわよ。今、あなたとエディアルドの精神だけ、私の部屋に呼び寄せているのよ。肉体は眠った状態よ』
彼女は指で宙に円を描く仕草をすると、目の前にテーブルと椅子が現れ、さらに有名食器メーカーのお皿の上に、ケーキやマカロン、サンドイッチなど前世でみかけたお菓子がならぶ。
いつの間にか温かい紅茶も淹れられていて、私たちは女神様に勧められるまま席につくことになる。
真っ白だった空間は次の瞬間、無数の桜が咲き誇る山々を見渡すことが出来るテラス席に変わる。
日本のどこかのカフェを模したのだろうか。
何だか懐かしい。
桜を見るのは本当に久しぶりだ。
ジュリ神は紅茶を一口飲んでから話し始めた。
『今、あなたたちが住んでいる世界は、私が創造した世界なの。魔術やドラゴン、魔物と人間が暮らす世界が造りたくて造ったのよ』
そ、そんな軽いノリで世界を創造しているの!?
ちょっと複雑。
ジュリ神はマカロンをパクッと一口食べてから、ふう、と溜息をつく。
『でもね、私がそういった世界を創るたびに、闇の神が魔族を投入してくるのよね」
「闇の、神ですか?』
『うん。友達なんだけど、悪戯好きなの』
友達……闇の神と言うから、裏ボス的な、強大な敵かと思ったら、創造神の友達なのね。ちょっと吃驚したわ。
『魔族が混ざったら、世界が荒れちゃって収拾が付かなくなる。だから私は魔族と人間族の住む場所に境界線をつくったの』
まるで模型でもつくるようなノリで世界創造のことを語っている。
女神様にとって私たちの住む世界を創るというのは、そういう感覚なのだろう。
『だけどね、何百年か一度に必ず境界線を脱走する魔族が出てくるのよ。だから私はその魔族対策として、選んだ人間に特別な力をあたえることにしたの。それが聖女と勇者よ』
「……」
『代々の聖女と勇者は素晴らしい物語を繰り広げてくれたわ。その様子が楽しくて、私は物語として書き留めるようになったの。それで別世界で人間として暮らし、私が創造した世界を小説として発表することにしたの。これが吃驚するほどヒットしちゃって、嬉しかったわ』
神様も自分が書いた物語がヒットすると喜ぶんだ?
そういえば運命の愛~平民の少女が王妃になるまで~という話の作者の名前って、綾小路樹理だったわ。
まさか神様が書いているとは思わなかった。思い返すと感想欄はすごく熱狂的読者さんが多くて、そういったファンは信者って呼ばれていたけど……女神パワーがそうさせていたのかしら?
女神は紅茶に砂糖を入れ、くるくると混ぜながら更に語った
『ただね、運命の愛~平民の少女が王妃になるまで~という話は、物語の方が先に生まれたの。私が考えた物語の設定に合わせてミミリアとアーノルド、クラリスやエディアルドをこの世界に誕生させたわ。彼らが物語の通りに動くか実験してみたかったの』
じ、実験……つまり私たちは実験台だったんだ。
神様からすれば私たち人間なんてそんなものだよね。
どんな理不尽なことでも、さすがに創造神には逆らえない。私とエディアルド様は引きつった笑みを浮かべていた。
だけど、それで納得がいったわ。
物語の設定通りの部分もあれば、そうじゃない部分もあるのは、家族構成や生まれた環境などの設定自体は小説の通りでも、その後キャラがどう生きるかは自由にさせていたってことね。
小説では地味な装いだったヴィネは、華やかないでたちを好む美人になっていたし、ミミリアのことが好きになる筈だったジョルジュは、そんなヴィネを愛するようになったり。コーネットやデイジーが惹かれ合うのも、小説には書かれていなかったわよね。ソニアとウィストが密かに想い合っていることも。
ジュリ神は頬杖をついて溜息交じりに言った。
『ところが闇の神がまた悪戯をしてきて、勇者の母親となる女の身体に悪女の魂を入れてきたの』
「悪女の魂、ですか」
『ユスティ帝国だったかしらね。キアラ=ユスティという名の、皇妃だった女の魂よ。前世では随分と極悪なことをしていたみたい』
「「……」」
キアラ=ユスティは、確かにテレスに似た所があったけど、まさか生まれ変わりだったなんて。
前世のことを考えたら、今世の所業はまだ可愛い方なのかな……本人も反省して(?)むやみに殺すことは自制していたのかも。
「ああ、それでテレスはユスティ帝国の使者が来た時、仮病をつかってまで会うのを拒んでいたのか。前世のこととはいえ、自分を処刑した国の人間とは関わりたくなかったのだろうな」
エディアルド様がぽんと膝を打って言った。
女神様も彼の言葉に頷く。
『ええ……彼女はユスティ帝国の国民達に憎悪の目を向けられながら、ギロチンにかけられたの。その恐怖は生まれ変わってからも、ずっと心にのこっていたみたいね』
そういえば、キアラ=ユスティのオペラでも、国民の憎悪の眼差しを一身に受けながら斬首刑にされたシーンがあったわ。
ユスティ帝国の人々の多くは、褐色の肌で、髪の毛は金髪や銀髪が特徴だったものね。
キアラの記憶を持つテレス妃は、ユスティ帝国民の特徴をもつ人間の顔を見ただけでも、トラウマが蘇っていたのかもしれない。
エディアルド様は腑に落ちない表情を浮かべる。
「あなたが創造神なのであれば。悪女の魂がテレスの中に入った時点で、その存在をなかったことにすることは出来なかったのですか?」
『一度生み出した人間をなかったことには出来ないわ。神様同士のルールでそういう決まりになっているの』
神様同士のルール?
神様って一人や二人じゃないのね。色んな考えの神様がいるだろうから、それなりの規制が必要になるのは分かるけど。
『勇者には揺るがない正義の心を植え付けておいたから、簡単に悪の道には走らないとは思っていたけれど、あんな悪女に育てられた勇者が、どう育つのか不安はあったのよね』
揺るがない正義の心……基本的には母親思いだったアーノルド殿下だったけど、テレス妃の言うことをすべて受け入れていたわけじゃなかったものね。
テレス妃にとって、アーノルド陛下はかなり扱いにくい息子だったのかもしれないわね。だから、自分の言うことを素直に聞くカーティスを間者として、エディアルド様の側に置くようにしたのかな?
母親に裏切られ、恋人に裏切られ、親友にも裏切られて、本来なら闇堕ちしてもおかしくないのに、彼の中の正義の心がそれを押しとどめていたのか。
その揺るがない正義感が間違った方向にいったこともあったけれど、本人も反省しているみたいだし、最終的には一緒に戦ってくれたものね。
女神様はさらに話を続けた。
『だから保険としてもう一人の勇者候補となり得る人材を作ろうと考えていた……ところが、闇の神は悪女の魂を転生させただけじゃ飽き足らず、堕落した魂を聖女に転生させたのよ』