第161話 悪役王子とダークドラゴン~sideエディアルド~
俺たちが肖像画の廊下を通り過ぎ、次の扉を開けると丁度、オークやオグレスたちを倒したイヴァンとエルダ、ゲルドたちがこちらに駆け寄って来た。
イヴァンが先だって逃げて行くナタリーとカーティスに戸惑いながら、ミミリアを横抱きにして走っていたアーノルドに声を掛ける。
「陛下、これは一体……」
「何も言うな。とにかく今は神殿を出るぞ!」
地震のように揺れ、倒壊しつつある神殿を見てイヴァンたちの表情に緊張が走る。
三人もようやく状況を把握し、同時に頷くとアーノルドの後に続く。
ロビーに続く扉を開けると、そこでは魔物と騎士達がまだ戦っている最中だった。
「総員退避!!」
魔物と戦っていた他の騎士たちに俺は声をかける。
アーノルドも全員に聞こえるよう退避の声を上げる。
騎士達はそれを聞き、魔物との闘いを中断し、外へ逃げることに専念する。
一方、状況を把握出来ていない魔物は逃げる騎士を追いかけたり、後ろから攻撃しようとするが、そういった輩は、ウィストやソニア、三守護士たちが始末をする。
しかしこのペースでは、大勢の騎士たちが一度に脱出するのは時間がかかる。このままだと、俺たちが脱出する前に神殿がくずれてしまう。
「エディアルド様!?」
驚いて俺の名を呼ぶクラリスに、「すぐに戻る」と告げてから、俺は祈りの間へ戻ることにした。
壁や天井はピシピシと罅が割れ、落ちてくる瓦礫の数も次第に増えてくるが構っている場合じゃない。
祈りの間の扉を開くとディノはもうすぐ両サイドの壁に届きそうなくらい身体がふくらんでいた。
時間凍結魔術が効くかどうか分からないが、とりあえず唱えてみるか。
「フリーズ・ムーヴ」
ディノに向かって時間凍結の魔術を唱える。
一時的に対象者や対象物を停止させる魔術だ。
しかし対象者の魔力が上だったら効かない。案の定、ディノの巨大化は止まっていないし、猛獣のような咆哮まで上げだした。
こうなったら奥の手だ。
以前、コーネットから婚約祝いに貰った発明品だ。
薔薇の蔦を模したデザインのブレスレットだ。
こいつを身に付けたらピンチの時、攻撃魔術の威力は百倍になるといったか。
あんまりこのアイテムは使いたくないし、攻撃魔術以外でも効くのか分からんが、今、ピンチなのだから発動してくれることを祈る。
俺はブレスレットを身に付け、もう一度時間凍結の呪文を唱えた。
『フリーズ・ムーヴ!』
まるでマイク越しにしゃべっているかのごとく声が拡張した。
徐々に大きくなっていたディノの身体だが、次の瞬間。
「――――――――」
動画の一時停止のようにディノの動きが止まる。
よし、効いた!!
攻撃魔術以外でも効いた!!
あ、時間凍結もある意味、敵に対する攻撃になるから効いたのか?
相手の魔力が自分より上回っていたら効かない時間凍結の魔術も、ブレスレット効果によって、ディノの動きを一時的に止めることに成功した。
しかし、その効力がいつまで続くか分からない。
俺は再び神殿の出口に向かって走り出した。
とにかく神殿から外に出ることが最優先だ。
崩れる瓦礫や、襲い掛かってくる魔物を倒しながら俺たちは何とか神殿を脱出することができた。
しかし外もまだ闘いの最中だった。
神殿の上空では二頭のドラゴンたちの死闘が続いている。
レッドとダークドラゴンは互いの身体を何度もぶつけ合っていた。
一方、神殿裏の広場は、騎士と魔物の軍勢の戦いの決着がつき、騎士達が勝利をおさめていたものの、魔術師たちは防御魔術を唱え、騎士達は上空のドラゴンたちの闘いを見守りながら身構えている状態だった。
ドォォォォ――――ンッッッ!!
すさまじい爆破音が響き渡った。
レッドの炎とダークドラゴンの黒炎がぶつかり合い、大きな爆発を起こしたのだ。
魔術師たちが予め防御魔術を唱えていたので、爆風に巻き込まれなくて済んだが、彼らの魔力もあとどれくらい保つかわからない。
コーネットが俺の元に駆け寄る。
「この場は危険です。神殿の中へ」
「残念だが神殿はもっと危険な状態だ」
俺は神殿の方を顎でしゃくる。
コーネットは、徐々に倒壊してゆく神殿を見て目を見開く。
「一体何が……」
「ラスボスが巨大化している最中だ」
「らすぼす?」
おっと思わず前世で使っていた用語をコーネットに使ってしまった。
俺は詳しい説明はとりあえず後回しにし、上空を見上げて呟いた。
「すぐにでもダークドラゴンを倒さないと」
「しかし、どうやってあんな大きな魔物を……」
「コーネット。転移魔術は対象物を転移させることも出来たよな? ということは俺をレッドの背中の上に転移させることも出来るのか?」
「それくらいお易い御用ですが……エディアルド様、まさか」
「ああ、俺が仕留める」
「……!?」
コーネットは目をまん丸にする。
ダークドラゴンと俺を見比べてから、もう一度尋ねる。
「本気ですか?」
「お前だったら、こんな時に冗談が言えるか?」
「……本気のようですね」
コーネットはズレ掛けていた眼鏡をかけ直し、ふうっと息をつく。
そして苦笑交じりに言った。
「貴方には驚かされることが多い」
「そうか?」
「ええ。だからこそ、面白そうだと思って、あなたに付いて行くことにしたのですけどね。本当に良いのですね?」
「ああ、頼む」
転移魔術は自分や対象物を瞬間移動させる魔術だ。上級魔術師クラスであれば使用できるものの、移動距離によって魔力の消費が変わるし、むやみに使うとすぐに魔力が枯渇する。
かなり危険を伴う魔術なので、習得するのにも資格が必要な危険魔術に認定されている。
俺もいつかは習得したい魔術であるが、残念ながら危険魔術を取り扱う資格の試験は来年なので、まだ習得できていなかった。
「インセキャン・ルーヴ」
コーネットが掌を俺に向け、転移魔術の呪文を唱えた。
瞬時にして俺の身体は地上からレッドの背中の上に移動する。
ドラゴンの背に跨がったことはあるが、さすがに立ったことはない。
移動の時のスピードだったら振り落とされているだろうが、今はダークドラゴンと対峙しているので、その場で羽ばたいている状態だ。
身体強化魔術によって、体幹も超人並になっているからこそ出来る芸当だけどな。
振り返ったレッドは。自分の背中の上に立つ俺の姿を見て、嬉しいのか尻尾をふりふりしている。
一旦、距離をとっていたダークドラゴンがこっちに向かって突進してきた。レッドと戦い続けて疲労しているのか、飛び方に勢いがない。
その様子を見て俺はレッドに囁く。
「レッド、少しの間目を閉じてろ」
レッドが目を閉じたのを確認してから俺は閃光魔術の呪文を唱える。
「ギガ=フラッシュ」
俺自身目を閉じていたので、瞼越し光がおさまったのを確認してから目を開ける。すると目がくらんだのか頭を横に振り、どうにかして目を開こうとするが、瞼がなかなか開けずにいるダークドラゴンの姿があった。
近くで見るとレッドよりもまだデカい。
こんな奴と良く戦ってくれたよな、レッドは。
ダークドラゴンが首を振るのを止め、強引に目を開こうしている瞬間を見計らい、俺は両手で剣を持ち、レッドの背から跳躍し、ダークドラゴンの頭上に飛び乗った。
小説では深手を負いながらもロバート将軍はドラゴンの眉間に剣を突き立てたのだ。
俺はすぐに眉間から剣を引き抜き、跳躍してレッドの背中に戻った。
「――――――――――――っっ!!」
ダークドラゴンは大きく目を見開き、口をひらいた。
その表情のまま、固まった状態になる。
ダークドラゴンは声を上げる間もなく絶命したのだ。
こっちに突進してきた時点で、ダークドラゴンは、かなり弱っていたからな。レッドがこいつとしばらくの間戦ってくれたお陰で、難なく仕留めることができた。
ダークドラゴンの巨体はそのまま落下し、大きな音を立てて地上に叩きつけられる。
広場で戦っていた騎士たちは歓声を上げる。
「す……すごい……」
「あのドラゴンを一撃で」
「エディアルド公爵、万歳!」
俺はレッドの背中に跨がると、一度上空を旋回し、神殿の様子を見てみる。
まだ時間凍結の魔術が解けていないのか、ディノの巨大化がすすんでいる様子はない。
早くこの場から離れないと――――
俺はレッドの手綱を引いて、地上に降り立った。
「とにかくここから離れよう……」
俺がクラリスたちにそう言いかけたとき、建物が崩れる音が響き渡った。
神殿の方を見ると、ディノの身体が再び大きくなりはじめ、ついに神殿の天井を突き破ったようだ。
屋根からは奴の顔が突き出た状態だ。
くそ……時間凍結の魔術が解けたか。
今はこの場に居る全員が神殿の倒壊に巻き込まれないよう、少しでも遠くへ離れなければ。