第159話 それぞれの闘い~sideエディアルド~
俺は万能薬を口にふくみ、口移しでクラリスに飲ませた。
万能薬が彼女の口の中に入ると、クラリスは反射的にそれをごくんと飲み込んだ。
「……っっ!!」
一瞬で体力と魔力が回復したらしい。
しかも全身は光の雨を浴びている状態、それは体内まで浸透しているようで、吸い込んでいた瘴気もたちまち浄化され、冷たかったクラリスの身体に体温が戻る。
俺とクラリスはまだ唇を重ねた状態だった。
「「……!!」」
お互いに我に返り、瞬間湯沸かし器のごとく顔が熱くなった。
緊急事態とはいえ、皆のいる前でキスをしてしまった。
慌てて唇を離し、俺はクラリスを支えながら立ち上がる。
しかし、気恥ずかしいのも一瞬だけ。
ディノの唸るような声を聞き、すぐに緊張感が走る。
奴は嫌悪露わな表情を浮かべて言った。
「まさか清浄魔術と火の攻撃魔術を合わせるとは」
「偉大なる魔術師、セイラ様が生み出して下さったのよ! あなたを倒すためにね」
クラリスが答える。
大魔術師セイラ・ライネルが編み出した混合魔術は、この戦いの場で大いに役に立っている。
俺も命をかけてこの魔術を伝えてくれた大魔術師に感謝せずにはいられない。
「く……人間如きが小癪な」
「その人間を妻に迎えようとしていたのはどこのどいつだ?」
俺はクラリスを守るように剣を構える。
七色の光沢を放つ白銀色の剣を認めたディノは眉を寄せる。
「その剣は……」
「ドラゴンネストの剣だ。勇者の剣にも負けない切れ味が自慢だ」
「嫌な光を纏っているな」
勇者の剣と匹敵する輝きを持つ俺の剣を見てディノは舌打ちをする。
やっかいだ、とでも思っているのかな?
魔術を無限に吸収し、吸収した魔術の属性に変化する七色魔石。俺の剣は、光の魔術と清浄魔術をたっぷり吸収しているので、魔物や魔族を斬りつけるのにとても有効な武器になる。
「主を傷つけさせるわけにはいかない」
ディノを庇うように立ちはだかったのはカーティスだ。俺は何とも言えない苦笑いを浮かべる。
「お前、コロコロと主が変わるな」
「あなたを主と仰いだことはない」
「お前の心の中ではずっとアーノルドが主だったのだろうが、傍目から見れば、お前は俺からアーノルドに乗り換えて、さらに魔族の皇子に乗り換えたようにしか見えない」
「だ、黙れ! 私は真の主を見つけたんだ!! ディノ殿下は大いなる力を授けてくださった」
俺の言葉にカッと目を見開き、声高に言うカーティス。
そんな彼に剣をつきつけたのは、アーノルドだ。
その表情は、ミミリアの時と同様冷ややかなまま。
「大地を汚染し、人間に害を及ぼす闇の魔術が大いなる力ね。まぁ、魔族側からすれば大いなる力か……君は人間を辞めてしまったわけだね」
「誰のせいでそうなったと思っている?」
「僕が君を追い詰めてしまったことが一因していることは自覚しているよ。だから責任を持って、君は僕が倒す」
あくまで淡々とした口調のアーノルド。
母親に裏切られ、恋人にも裏切られた。そして臣下であるカーティスにまで裏切られた今、怒りと憎しみを通り越し冷ややかな感情しか感じ取ることができなかった。
俺は溜息交じりにカーティスに言った。
「言っておくがカーティス、お前が人間をやめたのは、誰のせいでもない。お前自身の選択だよ。お前は能力不足である自分を認めたくなかった。アーノルドと向き合うことを恐れて逃げ出した。アーノルドと歩み寄ろうと思えば歩み寄ることが出来た筈なのにそれをしなかった」
「う、うるさい!!」
カーティスが俺に向かって斬りかかって来たが、その剣を受け止めたのはアーノルドだった。
「お前は僕が倒すと言っただろう?」
「私があなたにどれだけ尽くしてきたか……」
「うん。今までありがとう。カーティス」
それまで冷ややかだったアーノルドの表情がこの時、眩しいくらい爽やかな笑みに変わった。
さすがは主人公、爽やかな笑みが良く似合う。
だけど笑顔の裏腹、アーノルドは自分を裏切ったカーティスに容赦なく斬りかかる。
躊躇がない連続斬りにカーティスはやや押され後退する。
そんな異母弟に空恐ろしいものを感じつつ、俺はディノと向かい合った。
「これ以上、お前の好きにはさせない」
「エディアルド=ハーディン、城内からは貴様のことを散々愚かしい王子だと嘲笑う声ばかりが聞こえていたが、その姿は偽りだったのか」
「偽りじゃない。馬鹿だった時代もあったからな」
「誰よりも先に、貴様を殺しておくべきだった」
ディノは指を鳴らした。
その音を合図に、祈りの間の両サイドの扉から甲冑を纏った魔物たちがなだれ込んできた。
リザードマンやダークモスナイト、ロックグリズリーなど……。
ソニアとウィストが前に出て、襲いかかってくる魔物達を叩き斬る。
混乱に乗じてディノは俺に斬りかかってきた。
俺は後ろに飛び退き、その剣を避ける。
ディノが次の瞬間、呪文を唱えた。
「ダーク=フレム!」
「クリア・シールド!」
ディノが黒炎の呪文を唱えかけた時、俺もまた清浄防御魔術の呪文を唱えた。
黒炎は防御の壁に阻まれ消滅する。俺は攻撃を食らわずに済んだ。
「クリア・ライトニング!」
今度は俺が光と清浄の混合魔術を唱えた。
清浄魔術が込められた落雷がディノを襲う。ディノもまた防御魔術を唱え、攻撃を防ぐが黒いドームは落雷によって破壊される。
落雷はディノの肩や足を傷つける。
「く……さっきの忌々しい白炎といい、聖女の光以外、我を傷つけることは不可能な筈」
「何でも研究が大事なんだよ。聖女や勇者のようにはいかなくても、限りなくそれに近い力は得ることが出来た」
俺はディノに斬りかかる。剣はすぐに受け流されるが、さらに俺は剣を振り下ろした。
ギィィィィィィィンッッッ……ッッ………ッ!!
剣と剣がぶつかり合う音が今までになく響き渡る。
俺も色んな人間と手合わせしてきたが、腕が痺れるほどの衝撃を覚えたのは初めてだ。
瘴気をまとった漆黒の剣と光と清浄の魔術が込められたドラゴンネストの剣が反発し合っているのだろう。ぶつかった衝撃が強いほど、その反発は大きいものとなる。
剣を交えるたびに手が痺れる衝撃に俺は眉をひそめた。
ここは剣を剣で受け止めるよりも避けた方がよさそうだ。
ディノの剣が何度も弧を描き、俺に斬りかかってきた。
すべての攻撃を避け、俺はディノに向かって剣を突く。しかし、向こうも同じように俺に向かって剣を突いてきた。攻撃の最中、避けきれず剣の切っ先が俺の左肩をかする。
しかし俺の剣も、ディノの右肩を切り裂いていた。
さすが清浄魔術を吸収したドラゴンネストの剣の切れ味はするどく、相手の肩を切り裂くと同時に火傷のような負傷も負わせる。
俺の左肩の傷は幸い浅く、瘴気の毒素に犯される前に光の雨が傷口を浄化してくれた。
この時初めてディノは苦痛を露わにした表情を浮かべる。
そして奴が口を開いたと同時に俺はパッと後ろに飛び退き、その場から離れた。
「ダーク・ライトニング!」
黒い稲妻は俺が今さっきいた位置に落ちて、大理石の床は罅割れ、クレーターのように抉れる。
当たったら無傷ではすまなかっただろうな。
俺はふうっと息をついた。
◇◆◇
一方、アーノルドとカーティスも剣の攻防戦が続いている。
魔術を使わないのは、あいつらの暗黙のルールなのかな? 互角にやりあっているあたり、カーティスも以前より腕を上げているのだろう。
宰相などという大役ではなく、一騎士として相応しいポストを与えておけば、彼も自分の能力を遺憾なく発揮出来た筈なのに。
そんな中、甲高いナタリーの声が祈りの間に響き渡る。
「エディアルド様だけじゃ飽き足らず、ディノ様まで誘惑するなんて!!」
「私は誰も誘惑していないわ。ディノに関しては敵視しかしていないし」
「ディノ様を呼び捨てにするなんて何て無礼な」
「あんたもまぁまぁ無礼だけどね。敬称をつけるならディノ殿下でしょ」
「煩いわね!! お姉様はいつからそんなに説教くさくなっちゃったのよ!!」
……クラリスも前世の頃は、新人の教育に手を焼いていた時代があったらしいからな。説教臭いのは会社員時代の記憶がそうさせているのだろう。
かく言う俺もアーノルドやカーティスだけじゃなく、年上のジョルジュにも、説教めいたことを言ってしまうのだが。
「こんな筈じゃなかった……お姉様もお父様も遠くに行く筈だった。それで私とお母様と、トレッドで幸せになるつもりだったのに!! もう消えてちょうだい! お姉様!!」
ナタリーが叫んだと同時に彼女の身体からどす黒い炎が生じ、まるで触手のようにうねりながらクラリスに襲いかかってきた。
「クリア=フレム」
それに対し紫がかった白い炎を放つクラリス。
ぶつかり合った魔術と魔術は相殺し、その場からかき消えた。
「ダーク・フレム、ダーク・フレム、ダーク・フレム、ダーク・フレム、ダーク・フレム!!……」
ナタリーは続けざま黒炎の呪文を唱える。すると黒炎が弾丸となってクラリスを襲う。
あんな攻撃の仕方があったのか、と思わず感心してしまいそうになる。しかしあの程度の魔術はクラリスの敵ではない。
「クリア・シールド」
清浄防御魔術の呪文をクラリスが唱えると、紫がかったドーム状の透明な壁が彼女を囲む。
飛んできたいくつもの弾丸は透明な壁にぶつかり消滅した。
「生意気……今度はもっと大きい炎でいくわよ」
ナタリーは呟いてから、クラリスから距離を置くために後ろへ飛び退いた。そして再び呪文を唱えかけたとき。
「ギガ・ダーク……」
「ウォーター・ミサイル!」
ナタリーが呪文を言い終わる前に、クラリスは水砲撃魔術の呪文を唱えた。
水砲はナタリーの身体を直撃。彼女の身体は吹っ飛び、真後ろの壁に当たった。
「い、いたぁーい! 私が呪文唱えるの邪魔しないでよ!!」
ナタリーは後ろ頭をさすりながら、ふらふらとした足取りで立ち上がった。
水の砲撃を受け、壁にぶつけられても平然としているあたり、魔族化した身体がかなり頑丈であることがうかがえる。
しかし、立て続けに魔術を使ったことで、かなり体力と魔力を消費したらしく、一度立ち上がっていたナタリーは、もう一度膝をついた。
彼女はまだ魔力のペース配分が出来ていなかったようだ。