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第158話 魔皇子の求婚~sideエディアルド~

「我の炎を消すとは」


 黒炎は瘴気と強大な魔力によって引き出される魔術だ。上級魔術師でも完全に消し止めるのは難しい。

 ましてや小説のラスボスが放った黒炎だ。

 聖女の力も多少加わっていたとはいえ、クラリスはディノが放った炎を完全に消し止めた。

 ディノはこの時初めてクラリスの姿を認めたのだろう。面白そうな目でクラリスを見詰めた。


「貴様がクラリス=シャーレットか……なるほど、ナタリーが嫉妬するわけだな。震え上がる程美しく、それでいて魔力も聖女と匹敵するほど有している」


 ナタリーはディノの言葉を聞いて、悔しそうに唇を噛む。

 クラリスは本来聖女と戦う為に生まれてきた存在だ。故にそれに対抗しうる魔力を持っている。

 ディノのギラついた目がクラリスに向けられ、俺は嫌な予感がする。


 ディノは地上に降り立ち、教壇に歩み寄った。

 そこには神官長の生首がオブジェのように置かれている。

 生首の頭をディノが掴むと、神官長の目や、鼻、口から黒々とした瘴気があふれ出てきた。


「本当に、この首はいい空気を滲ませてくれる。生前、よほどの悪行をかさねていたのだろう。業が深い肉体はいい瘴気を放ってくれる」


 一応、あの生首を置いているのに理由はあったのか。

 周りの黒霧はしだいに深くなり、視界が悪くなる。

 瘴気の黒霧が立ち込める中、両サイドの扉から巨人の魔物が二頭現れる。

 身長二メートルは優に越え、肌は灰色、頭には羊の角に似たアモン角を持つダークオーガが現れた。

 二頭とも棍棒を持って身構えている。

 

「クリア・シールド」


 神官長から滲み出る瘴気を吸わないよう、クラリスが清浄魔術と防御魔術の混合魔術を唱える。

 俺たちの周囲のみは澄んだ空気に包まれる。


「そんな女神の力に汚染された場所にいないで、こっちへ来るんだ」


 魔族からしたら、清浄魔術の方が汚染されたものなのだろうな。

 ディノがクラリスに向かって手を差し伸べる。

 まさに小説のワンシーンが再現されたかのよう。

 小説では聖女ミミリアに心を奪われたディノは、自分の元にくるようミミリアに手を差し伸べるのだ。

 その聖女役がクラリスになってしまった。


「クラリス様に近寄らないで!」


 すぐさまソニアがクラリスの前に立ちはだかり、ディノに斬りかかる。

 俺やウィストも剣を引き抜き加勢しようとするが、それを妨げるように、ダークオーガ達が立ちはだかる。

 二頭は俺とウィストめがけ、同時に棍棒を振り下ろしてきた。

 トゲがある鉄の棍棒だ。あれにまともに当たったら身体が潰れてしまうだろう。

 俺とウィストは後ろに飛び退いて避ける。

 


 ドガッッッッッ!!



 棍棒は大理石で出来た床を破壊する。

 くそ……こいつらが邪魔してくるのも厄介だが、もっと厄介なのは視界が悪くなってきていることだ。


「エディアルド、覚悟!」


 カーティスの奴が俺を呼び捨てで呼んでから、剣を振り上げ斬りかかってくる。

 しかしその剣を受けたのは、俺の前に出てきたアーノルドだ。

 カーティスは唸るような声を漏らす。


「あなたがその男を庇うとは」

「庇ったわけじゃない。お前の相手は僕だからだよ」


 しばらくの間、二人の剣の押し合いが続く。

 光の剣と闇の剣。

 ぶつかり合うことでより輝く勇者の剣と、より淀みが増す闇黒剣。

 二人は引くことなく睨み合いが続く。


 一方ディノは瘴気を纏った黒色の剣でソニアの剣を受け止めた。

 カーティスが持つ闇黒剣よりも、濃度の濃い瘴気が纏わり付いた剣だ。

 キンッ、キンッッと剣と剣がぶつかり合う金属音が響き渡った。

 雷撃をまとった細剣は触れただけで相手に電気ショックを与える効果がある筈だが、ディノには通じないようだな。

 しかもディノの剣もまた黒い雷撃をまとった剣に変化する。

 剣と剣がぶつかり合ったその瞬間、バチッ!という衝撃音と共に火花が散る。

 打ち合う度に、聞こえる衝撃音と飛び散る火花。

 攻防戦は見たところほぼ互角だが、ディノの表情に余裕が見られるところからして、向こうがソニアの動きに合わせている感がある。

 ソニアが両手で剣を持ち振り上げた時、ディノの口元がつり上がる。



「ダークウェイブ=ショック!」


 呪文を唱えたのはナタリーだ。

 彼女がディノの援護に回っていたのだ。

 直後、衝撃波がソニアを襲い、その身体を吹っ飛ばした。彼女の身体は神殿の壁に叩きつけられる。


「ソニアちゃん!!」


 ウィストがソニアの名を呼ぶ。

 幸い彼女はすぐに起き上がり後頭部をさすった。

 俺はオーガに向かって呪文を唱える。

 

「クリア・ライトニング!」


 青い落雷が二頭のオーガに直撃する。

 大ダメージをくらったオーガたちがふらついているところ、ウィストが剣を横に薙ぎ二頭の首を同時にはねた。


 アーノルドがカーティスを突き飛ばし、勇者の剣を天井に掲げると、祈りの間に光の雨が降り注ぐ。

 黒霧の濃度が次第に薄くなり視界が良くなる。

 しかし霧が晴れた時、ディノの手がクラリスの首を捕らえていた。

 いつでも首を絞めつけることができる状態に俺の動きは止まる。

 それをいいことにディノはもう一方の左手をクラリスの腰にまわし、自分の方にひきよせてきた。


「近くで見ても美しい……決めた。お前は我の妻にする」

「だ……誰が!!」


 クラリスは抵抗し、彼の抱擁から逃れようとするが、ディノの身体から黒い霧があふれ出て、それは蔓のような形になって彼女の身体を拘束した。

 クラリスの白くて細い手、そして足にからみつく黒い蔓。

 それが胴体や頭部にもからみつき身動きひとつ取ることができない状態にさせられる。


「ディノ様、そのような女、ディノ様が相手にする価値もない……」


 ナタリーが抗議しかけるが、ディノは爬虫類のような黄色い目を見開き、彼女を睨みつけた。

 無言の圧にナタリーはビクつき、それ以上の言葉が言えなくなる。

 

「近くで見れば見るほど美しい。お前なら美しく強い魔族を産み落とすことができるだろう」


 腰に手を回していた左の手がクラリスの頬に触れる。

 指先は頬から唇に。


「い……いや……っっ!」


 クラリスの顔がみるみる青ざめる。ディノに触れられた嫌悪感もさることながら、濃い濃度の瘴気を吸ってしまったからだろう。

 

 くそ……今すぐアイツを殺してやりたい!


 この剣でその脇腹をぶっ刺してやりたいが、下手に動くとクラリスの首をへし折られる可能性がある。

 魔術を唱えてもクラリスを巻き添えにする可能性がある。

 ソニアはナタリーが動かぬよう彼女に剣を向け、ウィストはいつでも俺のサポートができるよう後ろで剣をかまえている。


「ははは、ディノ様はクラリス嬢をお気に召したようだ」


 可笑しそうに笑うカーティスに、アーノルドも唇を噛みしめる。クラリスの方も気になるが、対峙するカーティスに隙を与えるわけにもいかず、構えを解けずにいた。


 光の雨はまだ降り注ぎ、瘴気を薄めていた。

 清浄な空気が瘴気の濃度より濃くなりはじめた時、ディノは忌々しそうに顔を歪める。

 


「クリ……あ……ふれ……む!」


 その時、クラリスが切れ切れの声で浄化魔術と炎の攻撃魔術を合わせた呪文を唱える。

 清浄な炎によって、邪悪な攻撃を浄化し焼き尽くす混合魔術だ。

 この魔術は残念ながらクラリスしか習得することができなかった。

 大魔術師、セイラ・ライネルの書によると、クリア・フレムは女性しか使うことが出来ないらしい。何故なのかは不明らしいが、俺やコーネットはどんなに頑張ってもクリア・フレムを習得することができなかった。


 詠唱する声は切れ切れだったが、薄い紫がかった白炎は彼女に絡みつく黒い蔓を瞬く間に燃やし、そしてクラリスの首を掴むディノの手にも燃え移る。


「く……」


 表情をゆがめ、苦痛に耐えかねたディノはクラリスの首を離し、その身体を突き飛ばした。

 尻餅をつくクラリスの元に駆け寄った俺は、彼女を抱き起こす。

 瘴気を吸い込んだ弱った身体で魔術を使った為か、彼女の身体は冷え切っていて、ぐったりとしていた。

 しかも自身が放ったクリア・フレムの炎にも触れてしまい。手足には痛々しい火傷が。

 クラリス、君という人は……

 涙が零れそうになる。

 彼女は俺たちの足手纏いになることを拒み、自身も魔術の攻撃を受けると分かってあの場で呪文を唱えたのだ。

 ソニアとウィストがディノから俺たちを守るかのように立ちはだかり剣をかまえる。

 

 今すぐ治してやるからな、クラリス。

 

 俺は胸ポケットから万能薬の瓶を取り出し、彼女の唇に飲み口を当てるが、唇はぴくりとも動かない。

 俺は万能薬を口にふくみ、口移しで飲ませることにした。



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