第157話 囚われの聖女~sideエディアルド~
俺の名前はエディアルド=ハーディン。
日本で平凡なサラリーマンだった俺は、交通事故に巻き込まれ帰らぬ人に。そして、何故か小説の悪役王子に生まれ変わっていた。
小説の展開通りに行動すると、悪役として死んでしまう可能性が高い。だから常に筋書きとは違う道を歩んできた。
その結果、俺はクラリスという最愛の伴侶と出会い、信頼出来る仲間たちとも出会うことができた。
そして今、小説では敵対するはずだった勇者と共に、魔族の居城と化した神殿に乗り込み、魔族の皇子、ディノ=ロンダークと対峙をしている。
ディノは天井から釣り下がる巨大な鳥かごの上に、足を組んで悠然と座っていた。
その時、鳥かごがガチャガチャと音を立てて揺れる。
閉じ込められているミミリアが格子を揺すったのだろう。
炎の攻撃魔術で身体を焼かれたのか、ドレスがボロボロだ。
肌は黒い炭が付いているくらいで、目立った外傷はない。しかし綺麗なピンク色の髪の毛はチリチリになっていた。
「ちょっと! 私は聖女よっっ!! 私の力が目覚めたら、ただじゃおかないんだから!!」
「うるさいわね!! 私にあっさりやられたくせに何が聖女よ!!」
ミミリアとナタリーの煩い声がキンキンとぶつかり合う。
どうやらミミリアはナタリーの黒炎の攻撃をもろに食らってしまったようだな。
黒炎に焼かれたのに、肌にダメージがないのは、多少聖女の力が発動しているからだろう。
ミミリアは土壇場になって聖女の力を発揮し、白い光を放った。その光とともに彼女の姿は消えた。
小説にもピンチに陥った聖女が土壇場で転移魔術を使うという、似たような描写があったが、恐らくミミリアも小説の時と同様、本能的に転移魔術を使ったのだ。普通の人間や魔族が転移魔術を使うには相当な技術がいるし、魔力の消費量も尋常ではないのだが、それを一瞬でやってのけてしまうのは、やっぱり彼女が選ばれし聖女だからなのだろうな。
ただ転移先が敵の本拠地だったのがいけなかった。ミミリアはそこで囚われの身となったのだ。
……本当に勿体ない。そんな才能に恵まれているのに、才能を生かそうとしないから、鳥かごに閉じ込められる羽目に陥ったのではないか。
「なによ、せっかく神殿の近くまでテレポート出来たと思ったのに、神殿が敵のアジトって何なのよ!? ……ほんとにあそこの神官たちはクズね。女神に祈りを捧げるよりも、お金に走っていたから、魔族に乗っ取られたんじゃない!!」
祈りをさぼっていた自分を思いっきり棚にあげて、今は亡き神官たちに悪態をつくミミリア。
「もう!! やっぱりアーノルドが死にかけなきゃ、私の真の力は目覚めないのね!! あの人には一回死にかけてもらわないと」
あんまりな言葉に、アーノルドはショックを受けている。
ミミリアは下にアーノルド本人がいることにまだ気がついていないようだ。
吹き抜けの天井に吊り下げられた鳥かごはここに降りてくるまで、かなり高い位置にあったからな。俺たちの会話もミミリアの耳にははっきりと聞こえてはいなかったのだろう。
母親といい、恋人といい、女運がなさすぎだろ。アーノルドは周囲から持ち上げられるだけ、持ち上げられて、結局利用されていたんだな。
俺は冷ややかにミミリアに言い放った。
「そういう思考になっている時点で、真の力に目覚めるのは無理だ」
原作のミミリアはアーノルドを心の底から愛していたからこそ、聖女の力を発揮したのだ。自分が覚醒する為に、恋人の瀕死を願うなんて、それはもう愛じゃない。
するとミミリアはようやく俺たちの姿に気づいたみたいだった。
「ちょっと! エディアルド、あんたはちゃんと小説通りアーノルドと敵対しなさいよ!! あんたが小説の通りに動かないから、おかしな展開になったんじゃない!?」
「まずお前が努力しないからだろ。小説のミミリアは毎日ちゃんと神殿に通い、ジュリ神に祈りを捧げていた。普段から魔術を発動できるように魔術の勉強をしていれば、今みたいなことにはならなかった」
俺の言葉にミミリアは目を見張る。
クラリス以外の人物は、俺の言葉に怪訝な顔になる。彼らからすれば、小説のミミリアってどういうことだ? と思うだろうな。
「あ……あなた、今、何て……?」
信じがたい目で俺のことを見ているけれど、生憎今は敵と対峙している最中なので、それに答えてやる余裕はない。
「聖女に選ばれし勇者よ。一歩でも動いたら恋人が死ぬことになるよ」
ディノはアーノルドに向かって揶揄うような口調で言った。そして褐色の指先に黒い炎を纏わせる。
彼が呪文を唱えた瞬間ミミリアが閉じ込められている鳥かごは黒の炎に包まれるのだろう。
しかしアーノルドは俯いたまま何も言わない。
何も言わずに帯剣している勇者の剣の柄を握り、身構えた。
ミミリアがそれを見てヒステリックに叫ぶ。
「何動いているのよ!? 動いたら、私、殺されちゃうのよ!?」
「悪いけどハーティン王国の為に死んで欲しい。君がこれまで手に入れたドレスや宝石は、国民の血税によって購入したもの。税金を納めたことで、生活がままならなくなり死んだ国民もいる。その犠牲に報いるためにも、君は命をかけて国を守らなければならない」
「ば、馬鹿言わないでよ……私は唯一無二の聖女なのよ。何故、平民達なんかのために死ななきゃいけないわけ!?」
つい最近まで自分だって平民だったくせに、平民を見下すとは。何とも立派な聖女様だ。
ミミリアを愛していたアーノルド。
しかし今、彼女に向ける目は絶対零度の冷ややかさがあり、そこにはもうあの頃の愛情はなさそうだ。
まぁ、あんな発言聞いたら百年の恋も冷めるよな。そうじゃなくても、普段から贅沢三昧していたミミリアに不満が溜まっていたのだと思う。
「今、君は言ったじゃないか。追い詰められないと真の力は発揮しないって」
「そ、それは、あなたが死にかけてくれないと」
「僕が死にかける必要性は感じられないな。さっきもナタリーに追い詰められた時、力を発揮したじゃないか。アレをまたやってよ」
小説の主人公である筈の光の勇者は今、凍るような冷たい笑みを浮かべている。彼の心の中は今、氷河期時代を迎えたのだ。
アーノルドは構えていた剣を引き抜いた。
光り輝く剣に、カーティスは眩しそうに目を細める。
その瞬間、鳥かごは黒い炎に包まれた。
ディノが宣言通り、鳥かごに火を付けたのだ。黒炎の鳥かごに包囲されたミミリアは断末魔の叫び声を上げる。
「あぁぁぁのるどぉぉぉぉっっ!!わたしを……わたしを見捨てたなぁぁぁぁ」
恋人だった女性にどんなに怨恨をぶつけられても、アーノルドは表情一つ動かさなかった。
黒い炎に覆われるミミリアの姿は苦痛なのか、怨恨なのか見たこともないくらいに醜く歪んでいた。
しかし次の瞬間。
黒い炎の中から小さな白い光が生まれ、それはみるみる大きくなる。
何と……アーノルドの言うとおり、追い詰められたら聖女の力を発揮したってことか。
小説だとその光は国の隅々まで広がり、街を荒らしていた魔物の軍勢が、その光を浴びたことで姿を消した。そして、ディノや黒炎の魔女、闇黒の勇者の力を削ぎ、負傷していた仲間の傷まで癒やした。
そこは物語の通りになってくれるといいのだけど、残念ながら現実の光は鳥かごを覆う程度にしか広がらなかった。
しかも――――
「何で……身体が熱い……胸が張り裂けそう。何で、何で!?」
身体から聖なる光を放つミミリアの表情は苦悶に満ちていた。
普段から魔術の鍛錬をしていなかった身体だと、膨大な聖女の魔力には耐えられなかったようだ。
「ウォーター・ミサイル!」
その時、クラリスが水砲撃魔術の呪文を唱える。放たれた柱型の水は鳥かごにぶつかり籠を破壊する。そして、燃え盛る黒炎も鎮火させた。
生半可な水の攻撃魔術だと、黒炎を消すことはなかなか出来なかっただろう。しかし、強大な魔力を注いだ水の砲撃と、ミミリアの聖なる魔力の効果もあり、黒炎は瞬く間に消えた。
砲撃によって鳥かごが破壊され、白い光に包まれたミミリアはゆっくりと地面に落下した。黒い炎が鎮火したことで、白い光もまた次第に勢いを失い、やがて消えていった。ミミリアの身体はピクリとも動かないが、呼吸をしているので、辛うじて生きているようだ。
「どうしようもない人だけどね。さすがに人質を見捨てたという状況は後味が悪いから消火させてもらったわ」