第154話 そして決戦の地へ~sideクラリス~
ガイヴが王城に留まる代わりに、コーネット先輩が攻撃隊の方へ加わることになった。
コーネット先輩は目をキラキラさせ、エディアルド様に尋ねる。
「私が攻撃側に回るのでしたら、あの子たちも連れて行っていいでしょうか?」
「……ああ、かまわないけど、出来れば神殿を破壊するような真似はして欲しくないんだが」
「大丈夫です。僕が育てた子たちですから、よく言うことを聞きますよ」
攻撃隊はさらに二つの部隊に分けられた。
一つは闇黒の勇者と黒炎の魔女、そして魔物たちを操るディノの討伐隊。
エディアルド様とアーノルド陛下、私とコーネット先輩、ウィストとソニア、そしてガイヴ以外の四守護士たち。それからフライドラゴンに乗って戦う竜騎士隊と魔術部隊で構成されている。ロバート元将軍によって鍛え抜かれた精鋭と、イヴァンが引き連れていた実行第一部隊の合同部隊でもある。
もう一つは ジュリアネスで待機する魔物の軍勢と戦う殲滅隊だ。
騎馬隊、歩兵隊、魔術師、竜騎士で構成されている。王室の騎士団だけではなく、クロノム公爵領、シュタイナー侯爵領、ウィリアム侯爵領をはじめ、軍関係の貴族たちの領地から派遣された精鋭たちが集結した部隊。
ただし、殲滅隊の一部は神殿に向かい、デニーロ山を守護する魔物たちと戦うことになっている。
私たちが所属する討伐隊にはさらに心強い味方がいた。
ピーッッ!
ピピーッ!
ピーッッ!
ピピピーッ!
ピピピッ!
コーネット先輩が口笛で呼び寄せたのは、五匹のミニレッドドラゴン。レッドの兄弟たちだ。
可愛らしい小さなドラゴンたちが頭上をパタパタ飛んでいる光景に、騎士達は目をまん丸にする。
「あ……あれは」
「え……レッドドラゴンに似ているけど、それにしては小さいな」
「敵、ではないのだな?」
相変わらず縫いぐるみにしたい可愛さで、つぶらな目がなんとも愛くるしい。
その場にいる騎士の中には、その可愛さに表情を和ませている人もいた。
「小さなドラゴンたちですが、今や千人隊にも等しい戦力に成長しましたから」
甘えてくる五匹のドラゴンを撫でながら言うコーネット先輩にエディアルド様はやや不安な顔に。
「……極力地上に被害が出ないように頼むぞ」
身体は小さいのだけど、この子達が口から火を吹くと周辺は焼け野原になるのよね。
無人島で暮らしていた時も、学校の校庭ほどの小さな島が一つ丸焦げになってしまったことがあった。
ちなみにミニレッドドラゴンたちは他のドラゴンたちよりも飛ぶのが遅いので、兄弟であるレッドの頭や首、尻尾の上に乗ることになった。
「いくぞ」
エディアルド様の一言に、私は頷く。
隣にいるアーノルド陛下も頷いた。
ソニアやウィスト、コーネット先輩やイヴァンやエルダも大きく頷く。
先鋒の騎士達が飛び立ち、私たちもその後に続く。
こうしてエディアルド様率いる討伐隊は、魔族たちの居城になった神殿へ向かうことになった。
◇◆◇
王城周辺に現れる飛行タイプの魔物は、レッドの存在に警戒してか、私たちの前に現れることはなかった。
けれども神殿に近づくと、衛兵役のリザードマンや巨鳥の軍勢がこちらに襲いかかってくる。
レッドの上ではしゃいでいたミニレッドドラゴンたちが飛び立って、小さな口を開けて炎を放った。口から出てきた小さな炎は敵に近づくにつれ大きく広がり、多数の魔物たちの身体を燃やしてゆく。
ピアン遺跡前で、ヴェラッド皇子の軍勢と戦った時よりも、炎の威力が増しているわね。身体は小さいけれど、あの子たちも経験を積んで強くなっている。
ミニレッドドラゴンたちの攻撃により、魔物たちは身体が黒焦げになり、灰となって強風の中にかき消えた。
ミニレッドドラゴンたちの活躍で前方を塞いでいた魔物達がいなくなったので、私たちはスムーズに神殿裏にある広場に着地することができた。
他の騎士たちも着地した時、園庭の中心にある巨木に雷が落ちてきた。
しかも光の稲妻ではない。
黒い、闇の稲妻だ。まるで真っ黒なインクで稲妻が描かれたかのような光景だ。
上空を見げ、私は息を飲んだ。
灰色の雲のキャンバスに影絵が映っている。
ううん……違う。
まるで影絵のように身体が黒い巨大なドラゴンだ。
「ダークドラゴン……」
エディアルド様が呟く。
ドラゴン族は祖先がレギノア大陸に住んでいた魔物と違って、最初から人間が暮らす大陸で共存していた生物だ。
だからディノが放った黒魔石の瘴気の影響を受けることはないのだけど、このダークドラゴンだけは違ったの。
原作の小説に書かれた説明によると、元々は森に住むドラゴンが負の感情を持っていたので、ディノの手によって魔族化されたみたいなの。
小説では王都を半壊させた巨大なダークドラゴンは、ロバート将軍が自分の命と引き換えに倒したの。
だけどこの場にはロバート将軍はいないし、いたとしても、小説のように命と引き換えに倒すような真似はして欲しくないわ。
ヴァオォォォォォォ――――ッッ!!
ダークドラゴンが嘶いた時、コーネット先輩も防御魔術の呪文を唱える。
「ガーディ・シールド!」
直後、私たちは半透明なドームに覆われる。
雷は透明な防御の壁にぶつかり、私たちに届く前に爆発をする。
ドォォォォォォン!!
黒い蛾の羽を持つ人型の魔物の軍団がこっちに向かってきたの。人間と同じように武器を持ち、身体には鎧を纏っている。
ブラックモスナイトと呼ばれる魔物だわ。王都上空に現れたブラックモスと同じ祖先を持つ魔物。
「お前達、あいつらと遊んでおいで」
コーネット先輩はミニレッドドラゴンたちに、神殿に向かってくるブラックモスナイトを食い止めるよう指示を出す。
ミニレッドドラゴンたちは嬉々として立ち向う。
小説だとモブだった先輩は、今、主要人物なみに活躍していた。
ミニレッドドラゴンがブラックモスナイトの軍勢に向かって火を吹く。
ブラックモスナイトの先陣が炎に包まれる。しかし中には素早く炎をかわす者もいて、騎士の一人に斬りかかってくる。
さらにブラックモスの軍団も加勢に来る。多くはレッドドラゴンたちの炎によって灰になるけど、それでも炎をくぐり抜けこちらに襲いかかって来た。
「キャプト・ネット!」
私は呪文を唱え、襲ってきた黒い巨大な蛾を捕縛魔術で捕らえる。ブラックモスたちはまさに蜘蛛の巣にかかったような状態になる。
「クリア・ライトニング!」
エディアルド様が呪文を唱えるといくつもの青白い落雷が、ブラックモスナイトたちを打ち落とす。清浄魔術と攻撃魔術を合わせた混合魔術は、瘴気をまとう魔物達には相当な効果があったようで、加減した細い雷でもすぐに炭化し、風の中にかき消えた。
他の魔術師たちもエディアルド様に倣い、クリア・ライトニングの呪文を唱えたり、状況によって水撃砲魔術や、捕縛魔術を使う。
魔術を使わない騎士たちも、襲い掛かってくる魔物達を次々切り伏せる。
特にウィストとソニアはかなりの早さで敵を確実に仕留め、二人でブラックモスナイトの一隊を一掃してしまう。
ウィストの大剣は伝説の剣を作りだしたロックス一族の末裔、アブラハムさんが丹精込めて生み出した武器だ。
彼が大剣を振るう度に剣が煌めき、鎧ごと敵を切り裂く破壊力がある。
ソニアが手にする雷撃を纏った細剣もアブラハムさんの傑作だ。刃が触れただけで相手を感電させ、戦闘不能にさせる衝撃があった。
アーノルド陛下が剣を抜くと刃から白い輝きが放たれ、それだけでブラックモスは怯んだ。
そして刃に触れずとも、彼が剣を振るっただけで光の雨が降りそそぎ、浄化作用により瘴気に汚染された魔物たちが苦しみ絶命する。
アーノルド陛下自身も剣の威力に驚いているみたいだわ。
「それが勇者の力だ。アーノルド」
戸惑う弟の姿を見かね、エディアルド様が肩をたたき声を掛ける。
アーノルド陛下は少し安堵したような表情を浮かべ頷く。
今のエディアルド様、頼りになるお兄さんって感じね。
魔物の軍勢が不利と感じ取ったのか。
ヴァォォォ……
ダークドラゴンが再び嘶こうと首を仰け反らせた時、レッドが中庭から飛び立ち、ブラックドラゴンに飛びかかってきた。
ドォォォ――――ンッッッ!!
上空で巨大なドラゴンの身体がぶつかり合った。
ロバート将軍じゃなくて、レッドがダークドラゴンと戦うことになるなんて。
レッドが業火を放つと、ダークドラゴンの口から黒い霧が放たれる。それらはぶつかり合うと上空で大きな爆発が生じる。
爆風の強さに吹き飛ばされるブラックモスもいる。
レッドは相手のダークドラゴンの身体に体当たりをし、首に噛みつく。
二頭のドラゴンの戦い、優勢にある魔物たちと騎士達の戦いを見て、エディアルド様はコーネット先輩と背中合わせになるような形の姿勢をとりながら言った。
「コーネット、この場の指揮を頼めるか?」
「いきなり結構な大役をふってきますね」
「いきなり全軍の指揮をまかされた俺ほどじゃないだろ」
「ふふふ、そうですね。この場はお任せを。エディアルド様は、神殿の奥へお進み下さい」
エディアルド様は頷くと、私とソニア、ウィスト。それから四守護士たちを連れ神殿の中に入った。
小説では神殿ではなく、魔族の配下となった貴族の館がディノのアジトになっていた。
勇者アーノルドはミミリアと四守護士たちと共に、そのアジトに乗り込むのだけど。
小説と共通しているのはアーノルドと、四守護士の内三人がいることぐらいね。
だけど今はソニアやウィストもいるし、コーネット先輩やレッドたちもいる。小説の時よりも心強いメンバーであることは確かだ。