第147話 王都帰還④~sideエディアルド~
ロビーに入ると、迎えに出てきたクロノム公爵が両手を広げ、娘に抱きついてきた。
「デイジーーィィッッ!! 会いたかったよ!! 無事に帰ってきてくれて、嬉しいよ!!」
「お、お父様、苦しいですわっっ」
……娘をきつく抱きしめむせび泣く、子離れできていないこの男が、国内では鋼鉄の宰相と呼ばれているのだから、信じられないな。
ちなみにアドニスは苦笑いを浮かべ、「僕も一応息子なんですけどね……」と控えめに主張している。
「デイジー、怪我はないかい? 怖い目には合っていない? 悪い男に声を掛けられていたりしないだろうねぇぇぇ」
「もう、お父様。ご心配には及びませんわ。悪い方達も時には役に立ちますのよ。私が開発した新作の爆弾の実験台になってくださいましたし」
「そ……そうか。それならいいんだけど」
極度の心配性なクロノム公爵も、娘が想像以上に頼もしくてドン引きしている。
ヴェラッドとの戦いの時も、ビー玉爆弾で敵が可哀想になるくらい返り討ちにしていたもんな。 感動の(!?)親子の再会もそこそこに、俺たちはすぐに会議室へ移動する。
会議室には既に母上が来ていて、俺の姿を認めるなり走り寄って来た。
「エディー……!!良かった、無事に戻ってきてくれて」
「母上、ただ今帰りました」
俺を抱きしめる母上。
クロノム親子ほどきつい抱擁ではなく、軽いハグだけどな。普通はそんなものだ。
だけど嬉しそうな母上の表情を見て、俺もほっとした気持ちになる。
気のせいか以前よりも母上の目つきが少し険しくなっているような気がする。父上が亡くなってから、彼女なりに思い悩み、色々考えてきたのだろう。
「エディー、来たばかりで疲れているとは思うけど、これから話さなくてはいけないことが沢山あるの」
「母上、分かっております。その話を聞く為にここに来たのですから」
クロノム公爵がテーブルの議長席にあたる場所に腰掛け、母上がすぐ側の上手に座る。俺は母上の向かいに座り、隣にはクラリスが腰掛ける。
あとは身分の順に座る。護衛としてドアの前に立つソニアとウィスト。イヴァンとエルダは席には座らずテーブルの前に跪く。
「大体のことは手紙で把握していると思うけど、ハーディン王国は今、魔物の軍勢との戦が繰り広げられている。イヴァン君、説明してくれるかな」
クロノム公爵は跪くイヴァンに説明を求める。
「国王陛下は敵の不意打ちを受け重傷。聖女様は行方が知れません。城内に残っていた人間の半数は殺され、生き残った者の多くは重傷です。辛うじて難を逃れた宮廷魔術師や宮廷薬師が現在懸命に治療にあたっています」
アーノルドが不意打ち?
人間の気配がない魔族が相手とは言え、不意打ちを食らうなんて、周囲に気を配る余裕がなかったということか。
魔族の襲来に相当動揺していたのかもしれないな。
イヴァンは辛そうな表情を浮かべながらも、淡々と報告を続ける。
「生き残った使用人の話によると、陛下に重傷を負わせたのは闇黒の勇者と名乗っていたそうです。そして聖女様は、黒炎を操る魔族の女性と戦い、姿を消したとか……自分が陛下の元にかけつけた時は、闇黒の勇者と黒炎の魔女は姿を消していました」
「闇黒の勇者と黒炎の魔女が本当に現れたわけだ」
イヴァンの報告に、クロノム公爵が呟くように言った。
悪役二人の登場は小説の通りになってしまったのだ。最も悪役を担う役者は違う人間になってしまったが。
「王城は常に清浄魔術がかかっている。魔族化した人間は、魔族と同様清浄な空間には長くいられないから、一度撤退したのだろう。闇黒の勇者と黒炎の魔女はどこに潜伏しているのか分かるか?」
俺がイヴァンに尋ねると、彼は不快そうに眉間に皺を寄せ、苦々しい口調で答えた。
「神殿です」
「神殿? いやいや、あそこは一応女神の加護があって、一番清浄な場所だった筈じゃないか。魔族や魔物は近づけない筈だろ」
神殿の柱にはめ込まれた魔石によって神殿内は常に清浄化を保っていた筈だし、神官達が毎日のように祈りを捧げることで、女神の加護が宿るとされている聖なる場所だ。
そんな場所が魔族の巣窟になるなど有り得ないのだが。
するとクロノム公爵が苦笑いを浮かべた。
「つい最近馬鹿神官長が、神殿の魔石を取り出して高値で売ってしまったからね。しかも他の神官たちも普段から祈りも捧げずに、私腹を肥やすことに命をかけていたからねー。実際は負のオーラが満ちていて、瘴気も生み出しやすい空間になっていたんだろうね。当然、女神の加護なんか得られないから、魔族が攻めてきても神官たちに反撃する力もなかっただろうし。真面目な神官たちも、とっくに神殿を見限って去っていったから」
メイドが持ってきたコーヒーに角砂糖を入れながらクロノム公爵は飄々とした口調で話す。
「多分、神殿にいた人間はもう生きていないだろうね。今、祈りの間には黒炎の魔女と闇黒の勇者が我が物顔で座っている筈だよ」
神殿の腐敗っぷりは相当なものだとは分かっていたが、まさか魔族の潜伏場所になってしまうとはな。
クラリスは恐る恐る手を挙げる。クロノム公爵がどうぞと促したので、彼女は意を決したようにイヴァンに質問をする。
「その黒炎の魔女は誰なのか分かっているのですか?」
「はい……その分かっております」
イヴァンは床に目をやり、なんとも複雑な表情で頷く。
その様子だけで、もう誰が黒炎の魔女なのか分かってしまった。俺たちの知らない人間だったら、あんな表情は浮かべない。
クラリスは震えた声でイヴァンにもう一度問う。
「黒炎の魔女は誰?」
「それは……ナタリー=シャーレット侯爵令嬢です」
――――やっぱりな。
ナタリーがディノに攫われた時点で確信はしていたけどな。
でも心のどこかで、魔術の才能がないナタリーをディノが見限らないかな……って期待していたんだよな。
クラリスは何とも悔しそうな表情を浮かべている。あの時ディノを止めることができなかった自分の無力さを痛感しているのだろう。
クロノム公爵はそんなクラリスに同情の目を向けながらも淡々と説明をする。
「魔族が使う闇の魔力というのは、嫉妬心や劣等感、憎しみなど負の感情を強く抱いている人間程、威力を発揮するみたいなんだ。ナタリーは聖女に嫉妬し、姉である君には劣等感を抱いていた。とんでもない闇を内に抱えていたってことだね」
なるほど、小説の中のエディアルドはアーノルドに劣等感を抱いていたし、悪女のクラリスも聖女に嫉妬していた。ディノは負の感情が強い二人を選んでいたわけだな。
今の俺やクラリスは負の感情なんかまるでないから、ディノに選ばれることはなかったわけだ。
俺はふと気になって口を開いた。
「イヴァン、闇黒の勇者は誰なのか分かっているのか?」
するとイヴァンは辛そうに目を伏せる……まさか、闇黒の勇者も俺がよく知っている人間だというのか?
クロノム公爵も哀れむような眼差しを俺に向けている。君も大変だよね、と言わんばかりに。
イヴァンが堅く目を閉じて、苦しげな声を漏らした。
「闇黒の勇者は、カーティス=ヘイリー伯爵です」