第146話 王都帰還③~sideエディアルド~
俺たちはまず情報収集の為、ウィリアム家の商船に乗せてもらい、クロノム公爵がいるアマリリス島にやってきた。
船から下りた俺は、そこで驚きの光景を目の当たりにすることになる。
「「「エディアルド公爵閣下、お迎えにあがりました」」」
「は?」
「「「どうか我々と共に王都へ」」」
「…………」
今まで馬鹿王子とか、無能殿下とか、最近では無人島公爵と陰口を叩かれまくり、無碍にされていたことが多かった俺だが、アマリリス島の港にて、多くの貴族や騎士達に出迎えられたこの状況は一体……。
貴族や騎士達は埠頭に整列して、跪いていた。
俺は訝しげな表情を浮かべ、真ん前に跪く貴族に尋ねる。
「よく、俺がここに来ることが分かったな」
「さる機関から情報を得まして、閣下がこちらにいらっしゃると聞き、お迎えに上がりました」
「さる機関……情報屋ギルドか」
「ええ、まぁ」
貴族は歯切れの悪い返事をする。
王族の行動を、情報屋を通してじゃないと把握できないなんて、恥ずべきことだからな。
俺がアマリリス島に立ち寄るという情報を得た貴族たちは、騎士団を引き連れここに駆けつけてきたそうだ。
貴族たちが前に出て、愛想笑いを懸命に作って俺に媚びてきた。
「我々はあなたこそ王に相応しい人物だと思っております。どうか我らの指揮官として本土に戻って頂きたい」
「そうです、あなたこそ英雄に相応しい。どうか指揮官として前線へ」
「あ、いえいえ、前線とまでいかなくても! どうか、指揮官に収まっていただければ」
「どうか、どうか、我らの王になってくださいませ」
俺にこびへつらっている貴族連中は、全員テレス側の人間だった者たちだ。
馬鹿王子だから、どうせ自分たちのことなど認識していまいと思っているようだけど、残念ながら全員の名前と顔、家柄も覚えているからな。
「いや、俺は所詮無能でハズレ王子だった人間なんで、大したことはできない」
「「「そ、そんなことおっしゃらずにっっ」」」
貴族達は顔を蒼白にして、リンクでもしたかのように声をそろえて言った。
俺は溜息をついてそんな彼らを見下ろす。
「そんなことを言っていたのは、お前らじゃないか」
「い……いや、我々はそのようなことは」
「あんなに聞こえよがしに俺に言っていたくせに、よくそこで惚けられるな? まさか俺の空耳だったとか言いたいのか?」
「――――」
俺がどす黒い笑みを浮かべると、貴族達は顔を真っ青にする。
馬鹿王子だから少しおだてたら、自分たちに従うと思っていたのだろう。俺の冷ややかな反応に相当焦っているな。
小説の中のエディアルド=ハーディンだったら、こいつらの口車にすぐ乗ってしまっていただろうが。
「何故、優秀で有能なアーノルド王がいるのに、わざわざ馬鹿で無能な俺を立てようとするんだ? その理由を馬鹿な俺でも分かりやすく、端的に説明してくれるかな?」
嫌味たっぷりに貴族達に問う今の俺は、小説で言うかなりの悪役顔になっていると思う。
でもまぁ、アーノルドの威を借りて俺の悪口を言いまくっていたこいつらの顔ほど酷くはないと思うが。
すると騎士の一人が堪り兼ねたように声を上げた。
「どうか、どうか……我らをお助けくださいっっ!!」
その声に堰を切ったかのように他の騎士たちも、目に涙を浮かべて、口々に俺に訴えてきた。
「ロバート閣下も……軍事関係の貴族たちも援軍の要請に応じてくれません」
「元宮廷薬師長様も元宮廷魔術師さまも、条件を満たさねば応じられないの一点張りで」
「ですがエディアルド閣下の声があれば」
その時貴族達が目を剥いて、騎士たちに「黙れ!!」と叱咤をする。
騎士達は不満そうに口を閉ざすが、何か言いたげに俺の方をみている。
優秀な人材は次々とアーノルドの元を去ったからな。平和な時代だったら問題なかったのかもしれないが、魔物達が攻めてきた今、王城はとても脆い状態になっているのだろう。
だから一刻も早く、王城を去って行ったロバートをはじめ有能な軍人たちを連れ戻したいのだ。しかしそのロバートらは、王室からの要望になかなか応じてくれないようだ。
そういえば、アドニスは条件付きで有事の時には駆けつける、と言っていたな……。
媚びるような目で俺を見ている貴族、縋るような目で俺を見ている騎士たちを見て、何となく条件が読めてきた俺は、深く息をついた。
「アーノルド陛下と聖女様は何をしているんだ?」
俺はやや苛立つ声で貴族の一人に尋ねるが、そいつはあわあわと口を開閉するだけで、言葉が出てこないようだ。
もう一人の貴族の方も見て見るが、こっちをみないように地面に目をやっている。
その時、不意に空が暗くなった。
見上げると二頭のフライングドラゴンが旋回している。
あれは……四守護士のイヴァンとエルダか。いや、今は将軍イヴァンと副官のエルダだよな。
二頭のフライングドラゴンは同時に港に降り立つ。
騎士達は将軍と副官の顔を見て安堵した表情になる。
二人は俺の前に跪くと、イヴァンの方が口を開いた。
「アマリリス島に近づく魔物の集団がいましたので片付けて参りました」
「こちらにも魔の手が伸びてきているようだな。イヴァン、先ほど騎士達にも問うたのだが、国王陛下はどうしている?」
俺の問いかけにイヴァンははっと目を見開いてから、辛そうに目を伏せて俺に報告をする。
「アーノルド殿下は闇黒の勇者との戦いで負傷し、現在魔術師と薬師とで懸命な治療にあたっております」
「聖女様は?」
「……聖女様は行方が知れません」
絶望的な声音で報告するイヴァンに、「余計なことを言うなっ!!」と別の貴族が声を荒げるが、俺はそんな貴族の頭をばしっと叩く。
「余計なことを言っているのはお前だろ」
「し、しかし、エディアルド閣下は知らなくて良いことまで……」
「は? 指揮官が状況把握していなくてどうするんだ? ああ、そうか。どうやらお前達が必要としているのはお飾りの指揮官のようだな。それなら悪いが他をあたってくれ」
俺はこれ以上、テレス側の貴族達とは目を合わさず、イヴァンの元に歩み寄る。
ロバートに代わって彼が将軍の座を引き継いだことは知っていたけれど、かなり苦労しているみたいだな。
顔にはありありと疲労感がうかがえる。身なりも整える余裕がないのか無精髭がはえていた。
アーノルドが王の器ではないことには、うすうす気づいていたとは思うが、それまで自分を重用してくれた恩義を感じて、今まで尽くしてきたに違いない。
「随分苦境に立たされているみたいだな」
「自分の力が至らぬばかりに」
「お前だけの力じゃどうにもならない事態だからな。イヴァン、それにエルダ。詳しい戦況を聞きたい、ついて来てくれ」
「「仰せのままに」」
俺に従い、イヴァンとエルダが付いてくる。その後を貴族達がぞろぞろと、当たり前のように付いて来ようとするので、一度立ち止まって彼らに告げる。
「お前達の希望通り指揮官にはなってやる」
すると貴族達はぱぁぁっと顔を輝かせる。
中にはお互いに目配せをして、にやっと笑い合っている者もいる。
やはり単純な王子だと思っているのだろうな。
しかし俺は彼らにこの上なく冷ややかな声で命じた。
「指揮官としての最初の命令だ。お前らはすぐこのアマリリス島から出ていけ」
「え……でも、我らも戦況を報告」
「戦況は現場にいる騎士の方が詳しいから必要ない。お前達は邪魔だから帰れと言っているんだ」
「……っっ!!」
茫然として何も言い返せない貴族達を置いて、俺はイヴァン達と共にクロノム邸の門をくぐる。
その後に続くのはクラリス達だ。
貴族の一人が、なおも後から付いて来ようとする。イヴァンが余計なことを言わないかどうか、どうしても気に掛かるのだろう。
そんな貴族の喉元に剣を突きつけたのはウィストだった。
「ぐぬ……平民の分際でっ」
「指揮官の命令に従えぬ者は切り捨てるよう教えられているもので」
「お、俺は伯爵家の息子だ。平民ごときが俺を罰していいと思って……」
「指揮官である俺が許す。ウィストの剣は俺の剣だからな。命令を聞けない人間は斬られても文句は言えまい」
身分を振りかざしてウィストを脅そうとする男に、俺は振り返らぬまま、すかさず言い放った。
その貴族は何も言い返せなくなりその場にへたりこんだ。